第551話 ”ダンジョンマスター”だって現実逃避したくなることはあるのだ

 藍大達は茂の用事を済ませて八王子ダンジョンの7階に来たが、このフロアは最初から扉があった。


「八王子ダンジョンは7階が最上階だったのか。もう1つ上の階があるかもって思ってたんだが」


「恐らくDPが足りないのであろうな。八王子ダンジョンはリニューアルしたことでDPの余りがないのだ。そうでもなければ主君のパーティーが来るとわかってボス部屋を剥き出しのままにするはずがないぞ」


「海底ダンジョンのフォルネウスが悪足搔きして1階増やしてたっけ?」


『ワッフン、ご主人パワーで強化された僕が一撃で終わらせたフロアだね』


「そうだな」


 リルのドヤ顔が可愛いので藍大はリルの顎の下を撫でる。


 撫でられたリルは嬉しそうに喉を鳴らした。


「とにかくここの”ダンジョンマスター”は吾輩達と戦って生き残るしかないのだ。窮鼠猫を嚙むなんて言葉もあるから気を付けた方が良いぞ」


「了解。油断せずに行こう」


「じゃあ、私が開けるね」


 サクラが<幾千透腕サウザンズアームズ>でボス部屋の扉を開き、藍大達はその中へと入る。


 部屋の中で藍大達を待っていたのは巨大な瑠璃色の蛤だった。


 その蛤は貝殻を固く閉じており、中がどうなっているのか全くわからない。


「ブラド、これどう思う?」


「これはあれである。貝殻の中に籠ることで吾輩達という強敵にダンジョンを侵略された現実から逃げてるのだ」


「”ダンジョンマスター”が現実逃避かよ」


「”ダンジョンマスター”だって現実逃避したくなることはあるのだ」


 ブラドの言葉にはいつになく重みがあった。


「『”ダンジョンマスター”も大変だね~』」


「騎士の奥方とリルよ、他人事のように言うが吾輩にそう思わせるのは其方達なのだぞ?」


 呑気な感想を述べる舞とリルに対してブラドはジト目を向ける。


 舞は素の力でダンジョンの壁を破壊できるし、リルはどんなに頭を捻って宝箱を配置しても見つける。


 ”ダンジョンマスター”どころか”アークダンジョンマスター”にとっても天敵なのは間違いない。


 ちなみに、サクラも<運命支配フェイトイズマイン>を使えばダンジョンのマップを無視するレベルで破壊できるから天敵と言える。


 それでもサクラには天敵である自覚があるから、ブラドを刺激しないようにするだけの優しさがあったので黙っていた。


 ブラドがジト目を続けている間、藍大は蛤の正体をモンスター図鑑で調べていた。



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名前:なし 種族:シン

性別:雌 Lv:95

-----------------------------------------

HP:3,000/3,000

MP:2,500/2,500

STR:2,500

VIT:3,000

DEX:2,500

AGI:2,000

INT:2,500

LUK:2,000

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称号:ダンジョンマスター(八王子ダンジョン)

   自宅警備員

アビリティ:<蒸気吐息スチームブレス><氷結吐息フリーズブレス><千雨槍サウザンドランス

      <竜巻爪トルネードネイル><剛力滑走メガトングライド><分裂学習スプリッドラーニング

      <自動再生オートリジェネ><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:引き籠り

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 (シンって蜃だろうけど、”自宅警備員”の方が気になって仕方ねえ!)


 藍大が注目したのはシンの名前よりも称号欄にある”自宅警備員”だった。


「皆に共有しとく。目の前の蛤はシンLv95。今の見た目はあんなでもドラゴン型モンスターだ」


「蛤がドラゴンなの!?」


『蛤味のドラゴンかも!』


「食べ応えがありそうであるな」


 食いしん坊ズが藍大の調べた結果を聞いてコメントすると、蛤の中から声が聞こえて来る。


「拙者を食べても美味しくないでござる!」


「拙者やござるなんて口にする引き籠りとはまたテンプレだな」


「テンプレ上等でござる! ベタを舐めたら駄目でござる!」


 引き籠ってる割には自己主張の激しい”ダンジョンマスター”らしい。


「主、ああ言ってるけどシンって食べられるの?」


「モンスター図鑑によれば食べられるってさ」


「それなら大丈夫! 藍大なら美味しく料理してくれるよ!」


『どんな料理になるか楽しみ!』


「味が気になるのだ」


 食いしん坊ズの食欲がどんどんエスカレートするので慌てたシンの貝殻が少しだけ開く。


「落ち着くでござる! その溢れんばかりの食欲を抑えるでござる!」


「私の食欲は止まらないよ」


『僕も!』


「吾輩もである」


 食いしん坊ズが今にも攻撃を仕掛けそうになると、貝殻がガパッと開いてシンの本体が貝殻から飛び出す。


 その姿は群青色の東洋型のドラゴンであり、尻尾の先端に瑠璃色の蛤がくっ付いている。


 守りに徹するなら貝殻の中に閉じこもっていた方が良いはずだが、今は少しでも自分を大きく見せて藍大達を怯ませたいというのがシンの気持ちである。


 しかし、藍大達を直接目にしてシンはその恐ろしさを理解した。


「あばばばばば・・・」


 ”アークダンジョンマスター”が敵にいるという事実で身が竦む。


 それだけでなく、舞とサクラ、リルから感じられる強者としての風格や藍大から感じられるゲンの強さにシンの頭はまともに働かなくなったようだ。


 その様子を見れば藍大達もなんだこいつと思うようになる。


「馬鹿っぽく振舞って俺達を油断させるつもりか?」


「敵を前にして私達が油断する訳ないのに」


「私達が油断すると思ってるならめでたい頭してる」


『シンは混乱してるよ』


「ふむ。やるなら今の内であるな」


 ブラドがそう結論付けた瞬間、シンは一瞬黙ってから覚悟を決めた顔になって口を開く。


「あんまりでござる! サボってた分本気出したら裏ボス連合がボスをリンチするなんて横暴でござる! 働きたくないでござる!」


「最後のは自分の欲望じゃね?」


 シンの言い分を聞いて藍大は思わずツッコんだ。


 気づけば自分達にこの部屋まで攻め込まれていたことを嘆くのは良いとしても、シンが働きたくないなんてことは藍大達にとって知ったことではないからだ。


「食べられたくないでござる! ずっとぐーたらしていたいでござる! ただただ惰眠を貪りたいでござる!」


『わかる』


 (ゲンさんや、そこで共感しないでくれ)


 ”怠惰の王”であるゲンはシンのだらしなさ全開の言葉に共感していた。


「これ以上シンの駄目っぷりを聞いても仕方ないし、そろそろ戦おうか」


「待ってほしいでござる! 拙者降参するでござる! 命だけは助けてほしいでござる!」


 藍大がいい加減シンの話に飽きて来たので戦おうとすると、シンが平伏して命乞いした。


 これには藍大も反応に困る。


「どうする? 戦う前に降参した相手を倒すのって後味悪くない?」


「テイムする~? 食べてみたかったけどテイムするなら我慢するよ?」


「敵意は全く感じられない。仮に奇襲を仕掛けられても完封できる自信がある」


『僕も戦う前に降参した相手を食べるのは良くないと思う』


「吾輩も優月に降参したシンを倒したなんて話せないのだ」


 藍大達はシンが無抵抗でテイムされるならそれを受け入れる方針を決めた。


「シン、お前がおとなしくテイムされるなら倒さないでやるがどうだ?」


「拙者はテイムされるでござる! 従魔になるので命だけは助けてほしいでござる!」


「決まりだな。サクラ、念のため抑えといて」


「は~い」


 口約束だけではリスクがあるので、藍大はサクラに<幾千透腕サウザンズアームズ>でシンを取り押さえてもらってからテイムした。


『シンのテイムに成功しました』


『シンに名前をつけて下さい』


 藍大はノータイムで名前を口にする。


「モルガナと名付ける」


『シンの名前をモルガナとして登録します』


『モルガナは名付けられたことで強化されました』


『モルガナのステータスはモンスター図鑑の従魔ページに記載され、変化がある度に更新されていつでもその情報を閲覧できます』


『詳細はモルガナのページで確認して下さい』


『おめでとうございます。逢魔藍大が2体目の”ダンジョンマスター”の使役に成功しました』


『初回特典として神葡萄しんぶどうの種が逢魔藍大の収納リュックに贈られました』


 モルガナのテイムが終わり、藍大達は当初の目的だった八王子ダンジョンを踏破した。


 この結末は藍大達にとって予想外だったけれど、無益な殺生は藍大達の好むところではないからこれで良かったのだろう。

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