第550話 目立たない方の等々力と覚えてくれ

 翌日、エルとブラドだけが交代したメンバーで八王子ダンジョンにやって来た藍大達だったが、茂に呼び止められて茂の部屋に移動した。


「茂、用事ってなんだ?」


「これを見てほしい」


 茂が収納袋から取り出したのは宝箱である。


「宝箱じゃん。未開封なのか?」


「おう。昨日、探索班が遠征したダンジョンで見つけて持ち帰って来たんだ。それで、藍大達に転職の丸薬を引き当ててもらえるよう交渉してほしいって探索班全員から俺に連盟の依頼が来たんだ。報酬として3,000万円の用意もある」


「だってよサクラ」


「やってあげても良いよ。DMUには主達がお世話になってるし」


「それは助かる」


 茂は探索班からしつこいぐらいに交渉よろしくと言われたけれど、藍大達に宝箱の開封を無理強いするつもりはなかった。


 こんなことで藍大達との関係を悪くしたくないからだ。


 ところが、サクラがいつも夫がお世話になっていますと奥さんらしい物言いをしてくれたので感謝した。


 サクラが引き受けても良いならば藍大が断る理由はない。


「探索班が希望する転職先はテイマー系冒険者だろ?」


「ああ。可能ならば既出じゃない職業技能ジョブスキルが良いと言ってた」


「それって亜人型モンスター専門か爬虫類型モンスター専門のどっちかってことになるな」


「そうなる。どっちが良いとかは特にないらしい。俺個人としては爬虫類型モンスターをテイムできる方にしてほしい」


「その心は?」


「亜人型モンスターをテイムできる方だと”リア充を目指し隊”が何言って来るかわからん。くだらないことで恨まれてトラブルになるような事態は避けたいんだ」


 藍大は茂の言い分に納得した。


 ”リア充を目指し隊”の非リア冒険者達からサクラ達のような亜人型従魔をテイムした探索班員が恨まれるようなことは避けたい。


 そうであるならば、爬虫類型モンスターをテイムできる職業技能ジョブスキルの方がトラブルになる可能性は低くなる。


 茂の考えはもっともだが、くだらないことと言ったのを”リア充を目指し隊”のメンバーに聞かれなくて本当に良かっただろう。


 彼等はモテたいがために冒険者として実力をつけ、リア充になったメンバーを全力で追放して挙句の果てにはクランマスターが”ダンジョンマスター”にジョブチェンジした。


 もしも今の発言を聞かれていたら、彼等が茂に猛抗議するのは間違いない。


「わかった。じゃあ、爬虫類型モンスターのテイマー狙ってみる」


「「よろしくお願いします」」


「任されました」


 茂と藍大に頼まれたサクラが宝箱の蓋を開けると、その中にはフラスコに入った丸薬があった。


『やったね! 転職の丸薬(鱗操士りんそうし)だよ!』


 リルはサクラが手に取ったアイテムを鑑定して結果を告げる。


 茂も同じタイミングで鑑定していたけれど、リルが発表したいだろうと思って黙っていた。


 藍大も茂がリルに譲ってくれたとすぐに気づき、アイコンタクトで感謝の意を伝えた。


 それから調べてくれたリルの頭を撫でる。


「教えてくれてありがとな、リル」


「クゥ~ン♪」


 リルは藍大の役に立てて嬉しそうにしている。


 爬虫類型モンスターはいずれも鱗に覆われたモンスターであることから、鱗操士という職業技能ジョブスキルのようだ。


 では、鱗のあるドラゴンもテイムできるのかと言えば、それは竜騎士と従魔士の特権だった。


 探索班の依頼に成功したので報酬の話を進め、それが終わると茂はスマホを取り出す。


「それじゃ等々力を呼ぶか」


? 麗奈の今の苗字は山上だぞ?」


「わかってるっての。探索班には等々力競技場の方の等々力って班員がいるんだ。その人が昨日の探索で宝箱を見つけたから、転職の丸薬は等々力の物ってことさ」


「そーいうことか」


 藍大が納得したところで内線によって茂が探索班の等々力なる人物を呼び出した。


 その人物は呼び出してから3分と経たずに茂の部屋にやって来た。


「失礼します。等々力です」


「どうぞ」


 名乗ってから入って来たのは藍大達が以前座談会をした際、従魔の貸し出しをしてもらえるのかと質問して来た女性だった。


「皆さん、お久し振りです! 改めて自己紹介しますね! 等々力沙耶29歳、盾士! よろしくお願いします!」


「目立たない方の等々力と覚えてくれ」


「酒を飲むと荒れる轟の方は山上になったんだし、その区別は要らなくないか?」


「ですよね! 芹江さんってば酷いんです!」


「必死に目立とうとしてるのがかわいそう」


「かわいそうって言わないで下さい!」


 サクラにポツリと言われて沙耶は抗議した。


 藍大は自分の口の前に人差し指を立ててサクラの方を向き、それ以上言ってはいけないと首を横に振る。


 サクラも藍大に言われたらそれ以上は言わない。


「等々力、とりあえず転職の丸薬を飲めば?」


「そうですね。では、いただきます」


 茂に促されて沙耶は転職の丸薬(鱗操士)を飲んで転職した。


 転職した沙耶は期待した目で茂の方を向く。


「安心しろ等々力。ちゃんと鱗操士に転職できてるから」


「ありがとうございます! 逢魔さん達も本当にありがとうございます!」


「いえいえ、良かったですね」


 藍大はサクラが宝箱を開けたのを隠すために代表して返事をした。


 誰が宝箱を開けたのかという話題にならぬように茂が話題を変える。


「等々力は爬虫類型モンスターをテイムできるようになった訳だし、どんなモンスターをテイムしたいとか希望はある?」


「ヒ〇カゲ推しだったのでパイロリザードをテイムしたいです」


「パイロリザードとヒ〇カゲの見た目は全然違いますよ?」


「冷静に考えて二足歩行の蜥蜴っていないじゃないですか。だから良いんです」


 沙耶に拘りがあるのかないのかいまいちわからないから、藍大はどのように言葉を返すか悩む。


 その様子を見て茂が沙耶を現実に引き戻す。


「そうは言ってもパイロリザードはシャングリラダンジョンの”掃除屋”だろ。他に出現したって情報はないぞ?」


「そうなんですよね。心優しい”ダンジョンマスター”が私にプレゼントしてくれたら嬉しいんですけど」


 沙耶は流し目でブラドを見るけれど、ブラドにその気はない。


「吾輩は”アークダンジョンマスター”なのだ。それもわからぬ者にプレゼントなんてあり得ぬのだ」


「自業自得だな。俺も転職の丸薬を手に入れる段階までは協力するが、それに加えて図々しく強い従魔をプレゼントしてくれと頼めん」


 茂は沙耶に味方しなかった。


 沙耶がブラドのプライドを傷つけたのが悪いと思っているだけでなく、藍大達は今日の探索で変化のあった八王子ダンジョンを踏破できるかもしれないのだから道草なんてさせていられない。


 折角転職できたにもかかわらず、今のままでは理想だけ語って現実の見えていない役立たずになってしまうと沙耶は焦って謝る。


「ブラドさん、本当に申し訳ございませんでした。どうかこの出来損ないにアドバイスをいただけないでしょうか?」


「吾輩に言われてもテイマー系冒険者じゃないので知らぬぞ。管轄外である」


 ブラドの断り文句はもっともだ。


 ”アークダンジョンマスター”として保有するダンジョンに希望するダンジョンに召喚ことはできるけれど、テイマーについて詳しい訳ではない。


 優月に従魔をプレゼントする時は優月のことを気に入っているから色々考えたが、自分の称号を間違うような愚か者にブラドがそんな労力を割くはずがないだろう。


 ブラドが膨れているのを見てその背後から舞が忍び寄って抱き締める。


「止せ、何をするのだ!」


「ブラドが落ち込んでると思ったからハグしてみた~」


「落ち込んでないぞ! だから離すのだ! 主君、助けてほしいのである!」


「まあまあ。今のは舞の気遣いなんだからちょっとぐらいな」


「・・・3分間だけだぞ」


「は~い」


 ブラドも手段はどうあれ舞が自分を気遣ってくれているのはわかったので、3分間だけは文句を言わずに抱き締められることにした。


 藍大は沙耶をかわいそうに思ったので少しだけアドバイスする。


盾役タンクが欲しいならVIT高めのシールドトータス、攻撃役が欲しいなら奇襲の得意なシャドウバイパーが良いと思います」


「魔王様! ありがとうございます!」


 ブラドに嫌われてしまった自分にアドバイスをくれたので、沙耶の中で藍大に対する好感度が急上昇した。


 沙耶は藍大に貰ったアドバイスを基にパーティー編成できる従魔をもっと調べるべく、茂の部屋から退出した。


「とりあえず、もうダンジョンに向かっても良いよな?」


「勿論だ。呼び止めて悪かったな」


 藍大達は茂の用事が終わったので、気持ちを切り替えて八王子ダンジョンに移動した。

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