第539話 胃薬タイムなので30秒待って下さい

 藍大達がシャングリラダンジョンでユノのレベリングをしている頃、茂はDMU本部の本部長室に呼び出されていた。


「芹江さん、国内の魔熱病罹患者は完全に回復したと考えて良さそうですね」


「そうですね。トップクランの薬士とDMUの職人班が提供した特効薬が効いており、今も魔熱病で倒れている冒険者は記録上いなくなったと思います」


「記録上というのはどういうことでしょうか?」


「魔熱病になったのに報告せず、治ったことも報告しない者がいるかもしれませんからそう申し上げました。もっとも、魔熱病に罹患したことを隠していた場合にはペナルティを与えると告知していたのでそんなケースはないと思いますが」


「人間は完全に理屈だけでは動きませんからね。あの老害共とかまさにそれです」


「そうですね」


 冒険者資格を持った超人達が現れて4年目の今、一般人の中には冒険者が優遇され過ぎていると抗議する過激派も一定数いる。


 過激派が反冒険者団体を立ち上げ、そこに元DMU老害四天王も関与しているとわかってからは志保も彼等の汚職の数々を公開して吊し上げた。


 暗にこんなクズに踊らされて平気なのかというメッセージの意味もあった訳だが、反冒険者団体は志保の一手を受けて内部分裂した。


 DMUでやらかした汚職を反冒険者団体でもやらかしていないか調査した者がおり、案の定やらかしていたことが発覚して老害四天王とそれに与する者達が警察に捕まった。


 反冒険者団体も組織のガンを抱え込んでいたくないという考えは一般的な団体と同じらしい。


 そのガンは思ったよりも進行しており、反冒険者団体は活動資金の激減や構成員同士が疑心暗鬼になることで機能不全に陥った。


 これにより、反冒険者団体はDMUや冒険者達にとって脅威ではなくなったのだ。


 だからこそ、志保もピリピリせずに茂と話せている。


「冒険者も聖職者ではありませんから、力を得て増長する者がいないとは断言できません。ですから、冒険者の気持ちを引き締める意味では反冒険者団体の主張も全部が全部間違いだとも思いません。第二第三の反冒険者団体が現れないように私達が気を付けなければなりませんね」


「その通りですが、”楽園の守り人”が頂点にいる日本で増長しても滑稽ですよね」


「それは言えてます。リルさんもルナちゃんも最強のモフモフですし」


「吉田さん、そういうことを言ってるとリル達に避けられますよ」


 茂のジト目を受けて志保は咳払いした。


「失礼しました。さて、国内の魔熱病対応はひと段落しましたが、問題は国外ですね」


「特効薬のレシピは開示しましたよね? 世界中の冒険者が動けないままだとまたスタンピードが頻発しそうですから」


「開示しましたが素材を集めるのに苦戦中のようです。日本から素材を輸入したいといくつかの国のDMU本部から連絡がありました」


「DEXとINTだけが1,500以上のモンスターの魔石とイビルアイオルタの涙腺、ピエロマジシャンの血が必要なはずですが、どれを集められないんでしょうか?」


「ダンジョンを支配してる国は罹患者全員分の特効薬を作るにはDPが足りないらしいです。ダンジョンを支配できない国は素材となるモンスターを見つけられないと聞いてます」


 ここに来てブラドのダンジョン経営講座を受講できていないテイマー系冒険者が追い込まれている。


 上手くDPを稼げていないせいで今はDPがカツカツなようだ。


 それ以外の国に至ってはスタンピードをようやく鎮圧できたところで魔熱病が流行ってしまい、このまま魔熱病罹患者がダンジョンの間引きをしないと再びスタンピードが起きる。


「このままだと板垣総理が人道的支援とか言い出しませんか?」


「あり得ます。こういう事態であの人は押しに弱いですから、余計なことを言い出しかねません。後で釘を刺しておきましょう」


 覚醒の丸薬の輸出という点でやらかした板垣総理は駄目な方で信頼されていた。


「よろしくお願いします。元凶のC国はどうなんですか?」


「C国はどうやら生存する大半の国民が魔熱病に罹患してるようです」


「そうでした、あの国は無理矢理一般人を覚醒させてましたね。どこからの情報ですか?」


「旧NK国に逃げた親日派のDMU職員からの情報です。C国から旧NK国に脱した勢力の中にも魔熱病に罹患して苦しむ者もいるそうで、日本に助けてほしいと連絡がありました」


「もう返事を済ませたんですか?」


「いえ、まだです。いくらC国を脱したとはいえ元C国民は警戒すべき対象ですから」


「賢明な判断です」


 その時、志保のスマホに1件のメッセージが届く。


 送って来たのはA国のパトリックだった。


 パトリックから届いたメッセージを見て志保の眉間に皺が寄る。


「何事ですか?」


「麒麟僧正が戦える者を集めてブエルに挑み、返り討ちに遭ったそうです。A国のディラン本部長がC国に潜入させてた密偵から入手した情報をすぐに送ってくれました」


「王浩然本部長が亡くなりましたか。それってヤバくないですか? ブエルは”大災厄”からもっと不味い称号を手に入れてるかもしれません」


「もう1体の”大災厄”、グシオンについての情報はありませんでしたか?」


「グシオンは旧NK国方面に逃走したそうです。競り合ってたブエルの急激なパワーアップを察して負ける前に逃げたのでしょう」


「賢い”大災厄”とは困ったものですね。これは旧NK国がグシオンに乗っ取られるかもしれません」


 志保から聞いた情報を基に茂は自分の予想を述べた。


 レラジェがT島国に敗走した後、C国ではブエルとグシオンが勢力争いを続けていた。


 吐血のバレンタインでブエルが優勢だったが、それに加えて実力者である浩然達を倒したことでグシオンはブエルに勝てないと判断したのだろう。


 それでも”大災厄”のグシオンならば、逃げた先にいる弱者を虐げる可能性は高い。


 そこまで考えての茂の発言である。


「日本に影響がありそうです。芹江さん、逢魔さんに連絡してもらえますか?」


「わかりました」


 茂は本部長室を出て自分の執務室へと戻る。


 志保から聞いた情報で胃が痛くなっていた茂が胃薬を飲もうとした時、職人班の梶がやって来た。


「芹江さん、量産に成功した! また俺達はすごい物を作ってしまった!」


「胃薬タイムなので30秒待って下さい」


「お、おう、すまん」


 茂が責任ある立場としてストレスに悩まされているのは職人班でも有名な話だから、梶は茂が薬を飲むのを邪魔しない。


「すみません、お待たせしました。量産ってことは属性武装の話ですよね?」


「そうだ! ゴッドハンドの作った属性付与の触媒がすごかった! あれのおかげで簡単に属性武装ができたんだ! 持って来たから見てくれよ!」


 梶は人工収納袋から完成した武器や防具を取り出して空いている机に並べる。


 茂は順番に鑑定してどれもちゃんと属性武装になっていることを確認した。


「おめでとうございます! これで今後は属性武装の注文も問題ありませんね!」


「おう! だがとっておきがまだ残ってるんだ! こいつを見てくれ!」


 梶はこれからが本番だと言わんばかりの表情で分厚い本を取り出した。


 茂はそれを見てバトルグリモアが加工された魔導書であることを一目で見抜いた。


「生産職でも戦えるとかすごくないですか!?」


「だろ!? 俺も魔術士が使えるだけになるかと思ったんだが、色々試したらなんかすごいのできた!」


 職人班が作成した魔導書はタレントオブマジシャンと名付けられており、MPを消費すれば誰でも<火球ファイアーボール>と<水壁ウォーターウォール>、<風矢ウインドアロー>、<岩弾ロックバレット>のいずれかを使えるというものだった。


 戦う手段を持たない生産職の冒険者がこの魔導書を持てば、四大元素の魔法系アビリティを使って戦える。


 職人班が奈美の作った四大元素の属性付与の触媒をバトルグリモアと一緒に加工したことで完成した逸品である。


「これが量産できたら良いんですけど、これだけ売ったら生産職同士が揉めそうですね」


「それな。でも、完成させたことは後悔してない」


 キリッとした表情で梶に言われてしまえば茂は困ったように笑うしかない。


 ひとまずタレントオブマジシャンは市場に出さずに茂が志保に扱い方を相談することで落ち着いた。


 梶が満足そうに部屋を出て行った後、藍大に電話することを思い出して慌ててスマホを取り出した。

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