第537話 しょうがないですね。ちょっとだけですよ

 2月24日の土曜日、Web会議から1週間が経過すると三原色クランと白黒クラン、DMU職人班の作成した魔熱病の特効薬が中小クランや無所属冒険者に行き渡った。


 それによって日本国内の魔熱病患者の治療は大幅に進み、治った者から休んでいた分の稼ぎを取り戻さんとダンジョン探索に復帰した。


 ネット上にあったブエルの動画は全て削除され、個人でダウンロードしたものもすぐに削除するようにDMUのホームページで指示が出た。


 不法に所持していた場合は冒険者資格を剝奪するとなれば、好き好んで隠し持つ者はいない。


 海外でも魔熱病の特効薬のレシピは日本のDMU経由で広められ、”ダンジョンマスター”を使役するテイマー系冒険者のいる国から患者達が復帰した。


 C国は特に魔熱病患者の被害が多いようだが、厄介事を何度も引き起こす国に手を差し伸べる国はなく、旧NK国に逃げ延びた者達も含めて放置されている。


 それはさておき、今日は”ブラックリバー”のクランマスターである重治が藍大を訪ねて来た。


「初めてシャングリラに伺いましたが、ここはなんというかウチのクランとは時間の流れが違いますね」


「そうなんですか?」


「はい。ウチはクランハウス内が忙しないですから、”楽園の守り人”のゆったりとした空気に包まれると不思議な感じがします」


 ”ブラックリバー”は三原色クランの領域に踏み込むべく、常に成果を競い合ったりダンジョン探索の打ち合わせや反省会を行っている。


 それに対して”楽園の守り人”の102号室では会議に次ぐ会議なんてないし、もっと成果を出そうという動きがない。


 言ってしまえば大家族の家そのものだから、同じ経営者として重治は自分と藍大が全然違うと感じたらしい。


 ちなみに、”ブラックリバー”とよく比較される”ホワイトスノウ”は白雪が忙しく、クランのメンバーは白雪に報いようと必死なのでこちらも忙しなかったりする。


「そうかな? ご飯の時は全然違うよね」


『そうだね。奪い合いにはならないけどすごい賑やかだよね』


「主君の料理は美味いので皆が少しでも多く食べようと必死なのだ」


 食いしん坊ズのコメントに重治は苦笑した。


 それもそのはずで、自分のクランの日常の風景が食事の様子と一緒にされれば複雑な気持ちになるだろう。


 そんな重治に藍大は助け舟を出す。


「北海道と東北地方の間引きはなんとかなりそうですか?」


「はい。魔王軍を派遣していただきましたので、普段よりもむしろ早いペースですね。ありがとうございました」


「いえいえ。日本でスタンピードを起こさないようにするには全国の冒険者の力が必要ですから。困ったことがあったら言って下さい。とは言ってもなんでもかんでも頼られると困ってしまいますが」


 正直に言えば、伊邪那美のおかげで日本ではスタンピードが起きることはない。


 それでも、その事実を公にすることで日本の冒険者が堕落してしまわぬように藍大と茂が手綱を握っている訳だ。


 ”大災厄”が日本に来たり魔熱病の被害を受けるなどのトラブルが起きても、トータルで見れば順調に国内のダンジョンの探索が行われている。


 今は不人気なダンジョンの踏破を進め、素材的に美味しいダンジョンだけを残す方針だ。


「わかっております。全て逢魔さん達に頼ってしまっては俺達の存在意義がありません。今日という日で学べることを学び、明日以降に繋げてみせます」


「張り切るのは良いことですが、あまり肩に力を入れ過ぎないようにして下さい。では、本題に入りましょうか。黒川さん、今日はダンジョン経営と新しい従魔候補の相談で良いんですよね?」


「その通りです。よろしくお願いします」


「ブラド、ダンジョン経営の部分は任せた」


「よかろう。俺理論よ、植物園ダンジョンの構成を聞かせるのだ」


 藍大からバトンタッチされたブラドは重治に現状を訊ねた。


「植物園ダンジョンは植物型モンスターだけが出現します。どの階層も時間帯は昼間で固定されてますね。植物型モンスターは薬品の素材になりますから、素材の売却を狙った冒険者達がリピーターになってます」


「縛りという点では十分であるな」


「ちょっと待つです」


 偶然飲み物を取りに来たメロが重治とブラドの話を聞いて待ったをかけた。


「メロ、どこが気になるんだ?」


「マスター、植物型モンスターを植物と別に考えちゃ駄目です。受粉して増える種類もあるですから、鳥型モンスターや虫型モンスターも加えるべきです」


「ふむ、言われてみればエルフの奥方の言い分も一理あるのだ。鳥型モンスターや虫型モンスターを受粉の手助けとなるように配置すれば、結果的にコストとなるDPも減るのである」


「それは盲点でした。モンスターと既存の生物を分けて考えてましたね。メロさん、ご指摘いただきありがとうございました」


「メロは植物のプロだな。頼りになるよ」


「植物のことならお任せです」


 メロは藍大達に褒められてドヤ顔になった。


「メロさん、もしお時間があるならもう少し詳しくお話を伺いたいのですが、いかがでしょうか?」


「しょうがないですね。ちょっとだけですよ」


 そう言いつつメロは嬉しそうに藍大の隣にくっつくように座った。


 普段は仲良しトリオのストッパーになることの多いメロだが、大義名分を得れば藍大に甘えるチャンスを逃さないスナイパーでもある。


 舞と反対側に座り、舞にハグされるリスクを減らしつつ藍大に甘えられるポジション取りをするあたり、メロもやり手と言えよう。


「そうなるとエルフの奥方よ、時間帯についても階層によってずらした方が良いか?」


「そうです。植物の中には夜にしか花を開かない種類もあるです。回収する植物型モンスターの素材の質を高めたいのなら、夜に咲く植物型モンスターと夜行性の鳥型モンスター、虫型モンスターを夜の階層に配置すべきです」


「ごもっともです。戻ったら至急対応します」


 メロの意見を聞いて重治はそれを取り入れない方が損だとすぐに受け入れた。


 その他にも植物園ダンジョンについて相談して納得できる案が完成すると、話題は重治の新しい従魔候補に移る。


 メロは重治の従魔の話には興味がなかったので、大地達の待つ部屋へと戻った。


「黒川さんはどんなモンスターをテイムしました? サボは先週のWeb会議で見せていただきましたが、それ以外については存じ上げません」


「今はサボ以外だと植物園ダンジョンを管理するハイトレントのトーレスだけです。今後従魔を拡充する予定ですが、直近で必要とするのは後衛の従魔ですね」


「後衛の植物型モンスターは多いと思いますが、サボと同じく移動できるモンスターが良いですか? それとも固定砲台として用がある時だけ召喚しますか?」


「できれば移動できる方が助かりますが、絶対に固定砲台は嫌ということもありません。それと、バフ系かデバフ系アビリティを会得してると嬉しいです」


 重治へのヒアリングを終えて藍大と舞、リル、ブラドの意見が一致して頷き合う。


「ザックームが良いと思います。デバフ系アビリティと魔法系アビリティを会得してますし、育てれば進化する可能性が残ってますから」


「ザックームとは多摩センターダンジョンの3階に出るモンスターでしたよね?」


「その通りです。俺の記憶では天井にぶら下がってましたけど、ザックームって動けるんでしょうか?」


「ザックームのままでは固定砲台なのだ。だが、従魔にすれば薬品の素材になる果実も分けてもらえるから戦闘以外でも役立つのである」


「それは魅力的ですね」


 重治はモンスターの外見よりもその能力を重視しているらしく、ザックームをテイムすることに抵抗の意思を示さなかった。


「私達が多摩センターダンジョンに行った時は”希少種”がおりませんでしたが、”希少種”がいれば私の把握するよりも優れたアビリティを会得してる可能性があります」


「なるほど。それでは、この後サボを連れて多摩センターダンジョンに行ってみます。”希少種”が出るまで逢魔さんにお付き合いいただく訳にもいきませんから、今日はここで失礼します」


「わかりました。気を付けて行って来て下さい」


 藍大は重治にも自分のペースがあるのだろうと判断して彼をシャングリラから送り出した。

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