第527話 鬼! 悪魔! キャサリン!

 藍大が近づくにつれてCN国のDMU本部長は何をされるのかわからず怖くなって来た。


 心を折られて実力行使ありでリーアムを引き抜かれてしまうのかと恐れたのだ。


 そんな彼の心の内なんて知らない藍大は普通に話しかける。


「リーアム君を日本に迎え入れる代わりに私が持ってる転職の丸薬(調教士)を2つ差し上げましょう。勿論、今すぐにリーアム君が日本に来ればCN国が混乱するでしょうから、引継ぎをした上で日本に来てもらうという条件でいかがでしょうか?」


『良いじゃないか! 私も調教士になれるしリーアムもマナと一緒になれる! おまけにもう1人調教士になれるならみんなが幸せになれる! 私は賛成だ!』


『シンシア!?』


 自分が意見を言う前にシンシアが乗り気な回答をしたのでCN国のDMU本部長は勝手に話を進めないでほしいという思いからシンシアの名前を呼んだ。


 しかし、シンシアはモフラーである自分が調教士になれると知って止まる気がまるで感じられない。


『これはチャンスなんだ! リーアムが真っ当な相手と結婚できるし、トータルで考えたらCN国にメリットが大きくなるように魔王は条件を提示してくれてる! 下手な欲をかかずにこれで手を打つべきだ! 他の国にこのチャンスを奪われたいのか!?』


 (誰が真っ当だって?)


 シンシアの発言の中で真奈は真っ当な人間だという点に藍大は引っ掛かった。


 超弩級のモフラーで公の場でネタに走る人物のどこが真っ当だろうか。


 藍大が心の中でそんな風にツッコミを入れていると、CN国のDMU本部長は他の国に転職の丸薬(調教士)が流れることを恐れて覚悟を決めた。


『あぁ、もう! わかりました! 東洋の魔王の条件でお願いします!』


「ありがとうございます。吉田本部長、丸薬2つはDMUが買い取って下さい。その後の処理は任せますが構いませんね?」


「わかりました。後のことはお任せ下さい」


 転職の丸薬(調教士)は茂の査定によれば1粒3,000万円するから、2粒で6,000万円だ。


 急に6,000万円の出費が発生することになったが、6,000万円でリーアムを日本に迎え入れられるならば安いと判断して志保は頷いた。


 模擬戦第一試合はリーアムのプロポーズで中止となり、藍大達を除く日本の参加者とCN国の参加者は別室で今後のリーアムの話をするために訓練室を退出した。


 その他の国の参加者達は藍大ならまだ他にも転職の丸薬(調教士)を持っているのではないかと期待を込めた視線を向けるが藍大はそれを無視する。


 志保達が訓練室を出てから3分とかからず茂が訓練室に現れ、志保の代わりに模擬戦の司会を引き継ぐ。


「お待たせして申し訳ございませんでした。ここから先はビジネスコーディネーション部長の芹江が進行します。模擬戦第二試合を行いますのでE国のグレース=エバンズさんとA国のミスタ=マーティンさんは1階に降りて下さい」


 案内に従ってグレースとミスタが1階に降りていく間に藍大は茂に声をかける。


「急な代役お疲れ」


「それな。嫌な予感がしてたからこの2日間はいつでも中断できる仕事しか手を出さないようにしてた」


「用意周到かよ。やるじゃん」


「この予想は外れてほしかったんだがなぁ」


「俺に言われても困る。プロポーズしたのはリーアム君だし、日本にリーアム君を迎え入れてほしいって頼んで来たのは吉田本部長なんだから」


「まったく、藍大がおとなしくしてるのに吉田さんが無茶するとはね」


「茂の胃が休まる時はないな」


「それ以上は言うな。さて、模擬戦の司会だな」


 グレースとミスタが1階に降りて準備を終えたとわかったため、茂は藍大との話を切り上げる。


『【召喚サモン:パラル】【召喚サモン:メタリカ】』


 グレースは定位置に着いてすぐに2体のスライムを召喚した。


「どっちも”融合モンスター”じゃん。あの子、ちゃんと融合して戦力を強化してたのか」


 藍大があの子と言ったのはグレースが年下だったからだ。


 事前に閲覧した参加者の資料で知った年齢から考えると、グレースはキャサリンと同い年である。


 藍大がグレースに興味を持ったと思ったのかキャサリンが藍大に近づく。


「グレースは以前お話ししたシュールストレミングドッキリを仕掛けて来て私に仕返しされた友人です。運良く粘操士に転職できた子なんですよ」


「あぁ、キャサリンさんが土下座させた人ってあの子ですか」


『ちょっとキャサリン! 私のいない所で魔王様に変なこと話さないでよ!』


「貴女は模擬戦に集中しなさい。さもなくばもっと愉快な話をしますよ?」


『鬼! 悪魔! キャサリン!』


 グレースの悪口に自分の名前が入っていたため、キャサリンは剣を抜こうとした。


 しかし、藍大の前であることを思い出してどうにか苛立ちを抑え込んだ。


 グレースのことはさておき、パラルとメタルカはどちらも”融合モンスター”で藍大の気を引いた。


 パラルはエレメントスライムという四大元素の魔法系アビリティを会得しているスライムだ。


 元々はファイアスライムとウォータースライム、ウインドスライム、アーススライムの4体だったが、1体に融合して今のエレメントスライムになった。


 メタリカはコイルスライムという種族で雷魔法系アビリティと防御系アビリティを使用するスライムである。


 融合前はエレキスライムとメタルスライムであり、融合した今は盾役を担っているようだ。


 ところで、グレースの対戦相手であるミスタはと言えば表情には出さないが内心冷や汗ザーザーだった。


 何故ならば、第2回国際会議で行った模擬戦で従魔を連れた司との戦いで失禁したことを思い出したからだ。


 従魔を連れた冒険者を見ると身構えてしまうようだ。


 グレースとミスタの準備が整ったのを見て茂はよろしいと頷いた。


「模擬戦第二試合始め!」


『パラル、よろしく」


 パラルはグレースの指示を受けて発生の速い風属性魔法系アビリティをミスタの方に放つ。


 ミスタはそこそこMPをつぎ込んだ魔力防壁を創り出し、パラルの攻撃を防いでみせる。


 司の時はフェイント込みでやられて失禁したが、今回はそういったフェイントもなく正面からの攻撃に備えるだけで良いとミスタは油断していた。


『メタリカ、左右ががら空きよ』


『クソッ、数的不利か!』


 ミスタは自分の見通しの甘さに嫌になりつつ、慌てて自分の左右に魔力壁を創り出す。


 自分の前方と左右に壁を作って攻撃を防いでいる内に現状を打破する作戦を考えたが、残念ながら思いつかなかった。


 反撃に出ようとしてもパラルかメタリカのどちらかに攻撃されてしまい、攻撃と防御を両立させようとしたらどこかでミスが起きそうだった。


 今グレース達の攻撃を防げているのも守備に集中しているからである。


『パラル、強いのやっちゃって』


 パラルは<螺旋水線スパイラルジェット>でミスタの壁を貫通した。


『危なっ!? クソッ、降参だ!』


「そこまで! 第二試合、勝者はE国のグレース=エバンズ!」


 ミスタの降参宣言を受けて茂が勝負の決着を知らせる。


 ミスタは2回もビビって漏らしたくはないから早々に降参したのだ。


『やはりテイマー系冒険者は侮れんな』


『CN国は転職の丸薬(調教士)を2つも手に入れたんだよな』


『帰国したらダンジョン探索に励まねば』


 観戦していた参加者達は改めてテイマー系冒険者の強さを知った。


 ミスタの魔力壁は決して脆くなく、この訓練室にいる参加者の半分は貫通させられなかっただろう。


 決してミスタが雑魚な訳ではないのだ。


 そうじゃなければ国際会議に連続して参加できまい。


 模擬戦を終えたグレースはキャサリンが自分の恥ずかしいエピソードを盛って話されたらいやだと思い、慌てて2階に戻って来た。


 彼女の予想は外れ、キャサリンはそのようなことなんてせずにE国のDMU本部長のいる場所に戻っていた。


 グレースはホッとしてE国の2人が待つ位置に帰った。


 その後、残りの参加国の冒険者達の模擬戦も着々と昇華されて昼休憩の時刻になった。


「サクラとリル、頼んだ」


「は~い」


『任せて』


 昼休憩のタイミングで転職の丸薬(調教士)について各国が話をしようと近づいて来る前に藍大達はその場から離脱した。


 代行した仕事が一段落して茂が部屋に戻ると、藍大達に迎え入れられて顔が引き攣ったのは予定調和と言えよう。

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