第525話 それでは神様の話をしましょう

 国際会議2日目、午前は意見交換の時間である。


 最初のお題はテイマー系冒険者だ。


『日本はテイマー系冒険者が多過ぎる。去年から2人も増えてるじゃないか。我々にも転職の丸薬が手に入ったら売ってくれても良いじゃないか』


『その通りです。私達にももっとチャンスを下さい』


『ピンチに手を差し伸べてくれても良いのではないですか?』


 そう切り出したのはA国のDMU本部長のパトリックであり、それに続いたのはD国とF国のDMU本部長だ。


 これはパトリックが日本に転職の丸薬を売ってもらえるようD国とF国に根回しした結果である。


 T島国のDMU本部長もパトリックから話を持ち掛けられていたが、日本に覚醒の丸薬を売ってもらっているのだからこれ以上続けて臨むと鬱陶しがられるとその話に乗らなかった。


 無論、気持ちとしてはこの話に乗りたいのだ。


 それでも日本との関係性を悪化させればT島国は日本に見放されると考えて動かないことを選んだ。


 パトリック達の要請に対してサクラが口を開く。


「第1回国際会議で主にマウントを取ろうとして返り討ちにされたらプライドも捨てるんだね」


『ぐっ』


 パトリックは唸るしかなかった。


 第1回国際会議の時はまだパトリックが現役の冒険者としてこの場にいた。


 あの頃は自分が世界最強だと思って藍大を力で捻じ伏せてやろうとしていたが、ゲンの力を借りた藍大に力で負けて逃げた。


 そして、力で負けたA国が日本に抗議するしかできない現状をサクラに嗤われて唸った訳だ。


「自分達で宝箱から引き当てた。自力でも手に入れられると証明したのにまだ他国頼みなんて恥ずかしくないの?」


『ぐぬぬ』


「CN国にフルカスを押し付けるのに労力を割くならA国内のダンジョン探索に力を入れなよ」


 (サクラが今日は容赦ないね)


 藍大はパトリックなんてどうでもいいと思ってたけれど、サクラがここぞとばかりにパトリックの指摘されたくない部分を突くのを見て戦慄した。


「クゥ~ン」


 リルもサクラを見てハラハラしたのか藍大の膝の上でプルプルと震えていた。


 藍大はそれを見てリルの頭を撫でて落ち着かせる。


『素晴らしい。よくぞ言ってくれた』


『サクラのおかげで胸がスッとした』


「綺麗なお姉さんは最高だぜ」


 その一方でCN国の参加者全員がサクラに拍手している。


 よっぽどA国に対して我慢をしていたのだろう。


 D国とF国の参加者は黙っていたが、ここで美鈴が気になったことを口にした。


「あの、転職の丸薬って作れないんですか?」


『日本のゴッドハンドなら作れませんか?』


『そうだ、ゴッドハンドなら作れるだろう』


『ゴッドハンドが作った物を売ってくれ。そうすれば安全だ』


『私達の国にもお願いします』


 (君のような賢い同級生は嫌いだよ)


 奈美が転職の丸薬(調教士)を作れるのは”楽園の守り人”と茂、志保の秘密だ。


 その秘密を根拠なく探り当てる流れを作った美鈴に藍大はムッとしてサクラが言うよりも先に口を開いた。


「勝手に期待して話を進めないでくれませんか? 他力本願なのは変わらないんですね。いつからこの会議は”楽園の守り人”に集る会議になったんです? あぁ、最初からでしたね」


「流石は主。私が言うよりも先にズバッと言ってのける」


『ご主人は言う時は言うもんね』


『グッジョブ』


 普段は黙っているゲンも一緒になって褒めるあたり、今の話の流れはサクラ達従魔にとってかなり不愉快だったようだ。


 藍大が口を開いたことで大会議室は一瞬にして静まり返った。


 藍大を怒らせて自国に災難を招きたくないからだ。


 C国とR国が”大災厄”を日本に押し付けた後、その仕返しを受けたことは公的には偶然だとされているが藍大を怒らせて報復されたと思う者も少なからずいる。


 証拠がないので決して公の場ではそんなことを言えないが、プライベートの場で何を言っても記録に残らない。


 記録に残らなければ藍大の耳に入ることもないから、藍大は海外では静かに恐れられているのである。


 そこでソフィアが藍大に話しかける。


『ランタ、落ち着いて下さい。これでは建設的な話ができなくなります』


「ソフィアさん、今日は最初から建設的な話ができてない訳ですが、何か代わりのお題はありますか? ”楽園の守り人”だけが集られる話が続くなら時間の無駄なので帰りますけど」


『それでは神様の話をしましょう』


 その瞬間、いきなり宗教の話でもする気なのかと大会議室がざわついた。


 西洋の聖女と呼ばれるソフィアが新しい宗教の開祖になろうとしているのではと言い出す者までいた。


『藍大よ、I国の小娘の話をしっかり聞いておくのじゃ』


 (伊邪那美様がそう言うってことはI国にも顕現したか)


 藍大は伊邪那美のテレパシーが聞こえたことにより、伊邪那美と同じような存在がI国に現れたことを確信した。


「神様ですか。良いでしょう」


「逢魔さん、信じるんですか?」


 藍大がソフィアの話を聞く態度になったのを見て真奈が訊ねる。


 真奈にとっては藍大が神の話なんて信じないと思っているらしい。


 藍大も伊邪那美や伊邪那岐がいなければ聞く耳を持たなかったかもしれないが、一緒に食事をする神が存在する以上ソフィアの話を聞く価値があると考えている。


「ダンジョンなんてファンタジーが常態化した世界ですよ? いないとも限らないじゃないですか」


「なるほど。決めつけるのは良くないですもんね。わかりましたモフ神様」


「誰がモフ神様ですか」


 真奈がボケるので藍大はツッコミを入れた。


 藍大達日本勢が話を聞くという態度になれば、その他の国もそれに従わざるを得ない。


 ここで話を拗らせて藍大が大会議室から出て行ってしまえば、国際会議が成立しなくなってしまうと思ったのだろう。


 その場が静まり返るとソフィアが再び口を開いた。


『先日、私の夢にローマ神話で知られるオルクス様が現れました。そのお姿は子供の石像であり、私のこれまでの活動を評価していただき加護を授かりました』


 ソフィアの言葉を聞いてリルが<知略神祝ブレスオブロキ>で確かめて頷く。


『ご主人、あの人の称号に”オルクスの巫女”があるよ』


「ありがとう、リル」


 リルの働きに感謝して藍大はリルの頭を撫でた。


 そのやり取りからソフィアの話が戯言ではないとわかり、参加者達の表情が一気に真剣なものに変わる。


『リルさんのおかげで皆さんにも信じていただけたようですね。ありがとうございます。それで、私が皆さんにお伝えしたいのは覚醒やテイマー系冒険者への転職だけが強くなることではないということです』


 ソフィアの発言に応じたのはE国のキャサリンだった。


「それは自国の神の力を借りろということですか?」


『その通りです。オルクス様曰く、世界に散る神々は現代にいたるまで力を失い続けてきました。ですが、その神々をお助けして力を取り戻せれば国を守ることができるそうです』


「西洋の聖女、貴女はオルクス様の巫女になってどんな力を手に入れたんですか? 私の記憶が確かならば、オルクス様とはローマ神話で死神ですよね? 施療士と死神では扱う力のベクトルが真逆ではありませんか?」


『そんなことありませんよ。生と死は表と裏のような関係です。オルクス様の加護を頂いた私は生物を死から遠ざける力により、各種回復能力の出力が大幅に向上しました。とはいえ、そんな私でも敵わない方がここにいらっしゃるようですが』


 ソフィアの視線の先にいるのはサクラである。


 ソフィアはオルクスにサクラが強力な回復系アビリティを会得していることを知らされているらしい。


 <生命支配ライフイズマイン>のことまではバレているのかわからないが、藍大は面倒なことをしてくれたと心の中で舌打ちした。


 キャサリンはサクラがどんな力を持っているか気になったけれど、それ以上に人に力を与える神の存在の方が気になったのでそちらを優先する。


「西洋の聖女、E国の神の状況はわかりますか?」


『申し訳ございません。オルクス様の力もそこまで回復しておりませんので国外のこと全てはわかりません。神話にまつわる場所をお探し下さい』


「そうさせてもらいます」


 キャサリンと同様に他の参加者達も国際会議が終わったら神探しを始めるつもりらしく、次のプログラムの時間までの間はずっと神の話が続いた。

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