第523話 事件は現場で起きたんじゃない。会議室で起きたんだよ

 日本の後はCN国、E国、I国、A国、D国、F国、TN国の順番で発表が行われた。


 各国の発表が終わると昼休憩に入り、午後はモフランドの視察なので各国は現地までタクシーで移動することになっている。


 藍大は別行動すると事前に言ってあるので、サクラとリルを連れて昼休憩の時間は質問攻めになる前に茂の部屋に逃げ込んで持参した弁当を食べている。


「あのさ、毎度毎度なんで俺の部屋に来るんだ?」


「そう固いこと言うなよ。国際会議中はここが数少ないオアシスなんだから」


「俺の部屋を憩いの場扱いするなっての」


「まあまあ。場所代として国際会議の話をするからさ」


「全くしょうがねえな」


 茂はやれやれと首を振っているものの、国際会議に藍大が参加する時点でこうなることは予想していた。


 それゆえ、藍大の弁当に負けないように千春の作った弁当を持参している。


「んじゃ、早速共有するか。真奈さんがやらかしたぞ」


「どんなタイミングで何をしたんだよ?」


「日本の発表で吉田本部長からバトンタッチされた後だ。諸君、私はモフモフが好きだって演説してからモフランドの説明を始めた」


「何してんだよあのモフラー経営者」


「今回の一件で二つ名が向付後狼さんから向付後狼少佐になると確信した。ついでに言うと、ディオン姉弟と流されやすい冒険者がモフモフコールしてた」


「そんな国際会議聞いたことねえよ」


『事件は現場で起きたんじゃない。会議室で起きたんだよ』


「お、おう。リルも大変だったな」


 疲れた様子のリルに茂は同情した。


 常識的に考えて国際会議でモフモフ好きの演説が始まるなんて予想できないし、それに流されてモフモフコールが起きるのも予想外だろう。


「俺もやらかしてる自覚はあるけど真奈さんには負けるんじゃないかと思った」


「張り合わんでよろしい。他の国の発表はどうだった? 日本の次はCN国だったんだよな?」


「おう。CN国はリーアム君が頑張ってるって感じだった」


 CN国の発表で特筆すべきはリーアムの従魔が”アークダンジョンマスター”になるまであと2つという所まで来ていることだ。


 日本ではブラドに続いて多くダンジョンを管理するのが”魔王様の助っ人”のルシウスであり、管理しているのは2ヶ所なのでブラドと大きく差ができている。


 1ヶ所ダンジョンを管理するだけでも十分な稼ぎを出せるから、無理をして複数のダンジョンを管理する者は少ないからだ。


 ブラドが管理するダンジョンの数は9ヶ所あるが、その中でも力を入れているのはシャングリラダンジョンと道場ダンジョン、多摩センターダンジョンの3つである。


 どのダンジョンでもDPを稼げるように管理するのは大変だけれど、ブラドはその辺を上手くやっている。


「俺も少し資料に目を通したけど、ダンジョンを3つ支配下に入れたんだから大したもんだよな。いや、CN国の場合は彼しかダンジョンを支配できないし、支配できれば景気が良くなるから本人が乗り気じゃなくても支配下に入れろって言われるか」


「多分そうだと思う。でも、リーアム君が嫌がってる感じはしなかったから、CN国の為政者とリーアム君の関係は悪くないんだろうよ」


「その点、藍大と板垣総理の中は微妙だもんな」


「仲良くする理由も従う理由もないじゃん」


「主を利用しようなんて許さない。その兆候を感じ取ったら私が身の終わりをプレゼントする」


「落ち着こう? 頼むからここでそんなことしないでくれ」


 サクラの不穏な発言で茂のストレスが急激に増える。


 自分の余計な発言のせいで板垣総理の政治生命が終わってしまうと思ったら、折角美味しく食べていた弁当から味が消えて来た。


「サクラ、それは最終手段だから簡単にやっちゃ駄目だぞ。うっかりやっちゃって日本の政治が大混乱になったら困る。テイマー系冒険者が日本で生きやすいのは今の政治体制があってこそだから早まらないでくれ」


「は~い」


 サクラが頷くと茂は心底ホッとして藍大に助かったと合図をした。


 この話題が続くと危険だと判断し、茂は話題を午前中の報告に戻す。


「E国の報告は気になる点があったか?」


「参加者の粘操士がダンジョンを1つ支配下にいれたらしい。そのおかげで復興が順調に進んでるって話だ」


「テイマー系冒険者が1人いるのといないのじゃ違うんだな」


「それな。I国はテイマー系冒険者がいないのによくやってるよ。よっぽどソフィアさんの影響力が強いんだろうぜ」


「あの女の力なんかよりも私の方がすごいもん」


「勿論だとも。サクラの<生命支配ライフイズマイン>に敵うはずないさ。頼りにしてるぞ」


「フフン」


 サクラが胸を張るのは当然だ。


 サクラと二次覚醒しただけのソフィアを比べれば圧倒的にサクラの勝利である。


 ソフィアが回復しかできないのに対し、サクラは攻撃や支援もできるのだから。


「I国は西洋の聖女が倒れたらおしまいだからなぁ。まあ、それでもどうにかしてるんだから冒険者の水準は低くないんだろう」


「それは言えてる。しかも、クダオみたいに馬鹿なことをする冒険者も出してないんだから統制もしっかりできてるな」


「そうだ、”ダンジョンマスター”になった冒険者を抱えるA国とD国、F国はどうよ?」


「いずれもテイマー系冒険者に憧れた冒険者が”ダンジョンマスター”になっただけだ。国の言うことを聞けば飴を与え、歯向かえば鞭を与える方針なのは何処も一緒だった」


「大丈夫なのかそれ? いつか”ダンジョンマスター”がキレて身の丈に合わないモンスターを召喚した結果、クダオみたいに地位を乗っ取られて殺されるんじゃね?」


「あり得る。日本と違ってそうなった場合はスタンピードが起きる可能性だってあるんだから、A国とD国、F国は慎重に対応するでしょ」


 藍大の意見に茂も納得して頷いた。


 スタンピードが起きれば”大災厄”が現れる可能性も生じる。


 参加国はどの国もなんとか”大災厄”を倒したところなので、再び”大災厄”の相手をしたくないと考えるのが自然である。


 そうであるならば、スタンピードを起こさせないためにも”ダンジョンマスター”になった冒険者への対応は慎重になるだろう。


「ところで、T島国の発表はなんか気になることあった? 黄さん喋った?」


「茂ってば黄さん大好きかよ」


「浮気は千春が悲しむ」


『千春を泣かせるのは駄目だよ』


「違うから! 知り合いが喋ったのか気になっただけだから! 絶対に浮気じゃないから!」


 藍大とサクラ、リルのジト目を受けて茂は全力で抗議した。


 初参加のT島国は冒険者の代表として藍大と茂の高校時代の同級生である黄美鈴が出席していた。


 だからこそ、茂は何か喋る機会があったんじゃないかと気になって訊ねたのだ。


「特に喋ってなかった。いや、叫んでたぞ。真奈さんの演説でモフモフって」


「それで良いのか黄さんや」


 真奈の演説で流されていた冒険者の中に美鈴がいたと聞いて茂は呆れた表情になった。


 どうせ国際会議に参加したのならネタに走らず真面目に参加しろと思いたくなるのは何もおかしいことではない。


「あぁ、思い出した。質疑応答の時に”楽園の守り人”のクランハウスに乗り込んだことでA国にチクチク言われてたわ」


「DMU本部長が言ってたのか?」


「違う。なんかチャラそうな金髪。最終的には口説いてマッスルオブステイツにしばかれてた」


「そいつはミスタ=マーティンだ」


「前回の国際会議で司を女だと思ってナンパしたのってあいつかぁ」


 茂の話を聞いて藍大は得心がいった。


 質疑応答のやり取りからミスタが司をナンパする姿は容易に想像できたからだ。


「そうそう。てか、司と模擬戦で防壁に自信があるから攻撃してみろって勝負を仕掛けた話は聞いてないのかよ?」


「パンドラからは失禁ナンパ野郎だったとしか報告されてない」


「死ぬかと思って漏らしたのは事実だと聞いてるけど、失禁ナンパ野郎は止めてやれよ。いくらなんでも憐れだ」


「敵に容赦しない方針なもんでね。さて、そろそろ時間だからモフランドに行くわ。邪魔したな」


「もうそんな時間か。リル、心を強く持つんだぞ」


『頑張る。ご主人と一緒だから耐え切ってみせる』


 茂はこれから向かう場所が地獄と感じているリルにエールを送り、リルは藍大にぴったりとくっついて応じた。


 リラックスできる昼休憩の時間を終えて藍大達はモフランドへと移動した。

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