第522話 諸君、私はモフモフが好きだ

 CN国のディオン姉弟と交流した後、藍大達は指定された席に着いた。


 A国は初回も第2回も冒険者がやらかしたため、会議が始まるギリギリに会場入りした。


 早めに到着して他の国と絡むから余計な問題が起きると考えて消極的な対応を選択したようだ。


 参加予定者が全員着席したのを確認すると、志保が定刻になったことを確認してから開式の挨拶のために立ち上がる。


「皆様、今年も新年早々からお集まりいただきありがとうございます。本日から2日間行われる会議が有意義な時間になるよう進行にご協力下さい。これより第3回冒険者国際会議を始めます」


 前回9国だった参加国は今回8ヶ国になった。


 参加国がまた少なくなったけれど、前回C国とR国から得られた情報は大したものではなかったから参加しようがしまいが影響は大きくない。


 むしろ、C国から独立して日本から支援を受けるT島国の方が有益な情報を提供してくれそうだとすら残り6ヶ国は思っていたりする。


 今回の国際会議も各国の現状共有から始まるが、トップバッターは例年の如く日本からだ。


 スタンピードが起きなくなってから久しく、他国から”大災厄”がやって来ても難なく切り抜けて来た日本の発表は注目されている。


 現存するダンジョン数と踏破ダンジョン数の推移が反比例になっていることと三次覚醒した冒険者数の推移を見れば、どの国の参加者も羨ましそうな目をしていた。


 順調な情報だけ開示して不都合な情報をひた隠しにすると探りを入れようとする国が出てくるため、志保はクダオの一件について開示する。


「日本のとあるクランでクランマスターだった者が”ダンジョンマスター”になりましたが、召喚したモンスターに寝首を掻かれました。別の冒険者が寝首を掻いた”ダンジョンマスター”を倒して事件が終結しましたが、この場に参加された皆様の国にもそのような冒険者がいると聞いておりますのでご注意下さい」


 志保の忠告に渋い表情をしたのはA国とD国、F国というテイマー系冒険者を最近獲得した3ヶ国である。


 I国は西洋の聖女の声掛けのおかげでテイマー系冒険者がおらずとも”ダンジョンマスター”になろうとする者がいなかった。


 しかし、A国とD国、F国の”ダンジョンマスター”になった者達は自分がテイマー系冒険者になれないならば”ダンジョンマスター”になれば良いと考え、それを実行してしまったのだ。


 今のところ3ヶ国では召喚したモンスターに寝首を掻かれていないものの、”ダンジョンマスター”になった冒険者の態度が急に大きくなっており、その国のDMUとの関係は悪化している。


 このまま自体が進めば、日本のクダオのようにやらかして自滅する者が出てくるかもしれないから該当の3ヶ国の参加者達は志保の話を真面目に聞いていた。


「日本ではモフラー冒険者が自棄になって”ダンジョンマスター”になることを防ぐため、画期的な取り組みによってそのストレスを解消した事例があるので紹介します。赤星さん、お願いします」


 ここで真奈のターンになる。


 真奈が国際会議に招待された理由には彼女が調教士であること以外にモフランドの説明をすることも含まれている。


 立ち上がった真奈がマイクを握ると、参加者達の注目を一斉に浴びる。


「諸君、私はモフモフが好きだ」


 静まり返った大会議室に真剣な真奈の声が響いた。


「諸君、私はモフモフが好きだ。諸君、私はモフモフが大好きだ」


 今度は崇拝するものとしての熱量をもって言葉を口にし、大事なことだから2回連続で言った。


 参加者達は真奈のスピーチに戦慄しつつも先が気になったので黙っている。


「撫でるのが好きだ。触り心地が好きだ。眺めるのが好きだ。集めるのが好きだ。語るのが好きだ。お手入れが好きだ。匂いを嗅ぐのが好きだ。進化させるのが好きだ。アビリティが好きだ。自宅で、街中で、公園で、他所の家で、クランハウスで、DMUで、砂浜で、森林で、山頂で、ダンジョンでこの地上で戯れられるありとあらゆるモフモフが大好きだ」


 半数が困惑する視線を向ける中、一部のモフラーと熱に浮かされた者達は目を輝かせている。


「諸君、私はモフモフを望む。諸君、私の話を聞く参加者諸君。君達は一体何を望む? 更なるモフモフを望むか? 顔を埋めたくなるようなモフモフを望むか? おはようからお休みまで共にしてくれるモフモフを望むか?」


「『『・・・『『モフモフ! モフモフ! モフモフ!』』・・・』』」


「よろしい。ならばモフモフだ」


 (国際会議でやりやがったよあのモフラー)


 藍大はやり切った表情の真奈を見て戦慄していた。


 サクラとリル、ガルフも同じ表情である。


 モフラーとノリの良い冒険者が騒ぎ出すのを手で制した後、真奈は咳払いしてから本題に入った。


「私のモフモフに対する思いを聞いて下さりありがとうございました。私は”レッドスター”のサブマスターを務める赤星真奈です。弓士から調教士に転職し、今ではモフモフの集まるモフランドというカフェを経営しております」


 真奈がモフランドの説明をしながらスクリーンに映る資料を変えていくと、愛くるしい従魔達の写真に変わった。


「『モフモフ~!』」


 叫んだのはディオン姉弟だ。


 CN国のDMU本部長は恥ずかしさで頭が沸騰しそうになっている。


 藍大達はCN国のDMU本部長に同情するけれど、同情だけでは誰も救われない。


 真奈からバトンタッチして志保が残りの報告を終わらせると、待ちに待った質疑応答の時間だ。


 各国の参加者達がこぞって手を挙げる。


 最初に当たったのはディオン姉弟の弟であるリーアムだ。


「真奈、モフランドは素晴らしい取り組みだ。僕も真似して良いかな?」


「良いとも!」


 真奈はとびっきりの笑顔で応じた。


 限られた質疑応答の時間で最初の質問がこれかと苛立ち、他の参加者達は次の指名を視線で急かす。


 2番目に当てられたのはD国のDMU本部長だった。


『フラウ・ヨシダ、日本で”ダンジョンマスター”になった冒険者は何が原因で”ダンジョンマスター”になろうとしたのでしょうか? D国ではテイマー系冒険者に憧れた者が我々の制止を無視して”ダンジョンマスター”になってしまったのですが、日本のケースについて詳細をお聞きしたいです』


 この質問は志保にとって答えたくない類の質問だった。


 それでも、日本と同じ事態が起きる前に防げる国がいるならばと笑われる覚悟を決めて返答する。


「本件の冒険者はリア充になるために”ダンジョンマスター”になりました。日本では亜人型の従魔と結婚できますから、テイマー系冒険者になれなくとも”ダンジョンマスター”になれば亜人型モンスターを侍らせられると考えて”ダンジョンマスター”になりました」


『その発想はなかった』


『富や名声じゃなくて彼女欲しさですって?』


『探索先進国の発想はクレイジーだ』


 参加者達は予想外の回答に感想をぽろぽろと漏らしていく。


 D国のDMU本部長は困った表情のまま追加質問をする。


『では、寝首を掻いた召喚モンスターとは亜人型モンスターだったのですか?』


「”ダンジョンマスター”の地位を奪ったモンスターはアリオクという女型の亜人型モンスターでした。また、寝首を搔いたとお伝えしましたが、正確には元”ダンジョンマスター”の男性と彼が召喚した別の女型モンスターをアリオクが捕食しました」


『なるほど。一歩間違えればアリオクが”ダンジョンマスター”の地位を奪ったことを知らずにスタンピードになる未来もあったんですね』


「その通りです。結果的にアリオクは早期に討伐されましたが、元”ダンジョンマスター”の男性の死を上手く偽装されたら大変なことになっていたかもしれません」


『そうですか。D国もそのような冒険者が出ないよう注意します。テイマー系冒険者になれないことだけが”ダンジョンマスター”になろうとする動機ではないとわかりましたので、これを放置はできますまい』


 D国のDMU本部長の発言にF国のDMU本部長とA国のパトリックも頷いた。


 ある程度まともな感覚の持ち主ならば、やらかした者の思考を予想することは難しい。


 それゆえ、やらかした者の思考を知ることができた今、貴重な事例を無視する訳にはいかないのだ。


 真奈の突発的な演説や答えにくい質問もあったが、持ち時間を経過したため日本の発表はこれにて終了となった。

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