第521話 ガルフで来た
1月6日の土曜日、藍大は朝からサクラとリル、ゲンを連れてDMU本部に来ていた。
「藍大、おはよう。丁度外に迎えに来たところだ」
「サクラがそのタイミングを教えてくれたんだ。その後リルがここに連れて来てくれた」
「ドヤァ」
『ワッフン♪』
「俺の行動読まれてんの? 普通に怖いんだけど」
「まあまあ。寒いのに外で待たなくて済んだと思えば良いじゃん」
「それもそうか」
茂は真面目に考えても意味がないと判断してこの件について考えることを止めた。
その瞬間、リルがビクッと体を震わせた。
『ご主人、天敵が来るよ』
「だろうな」
そんなやり取りの直後に向こうの方から声が聞こえて来た。
「あけましておめでとうございまぁぁぁぁぁす!」
声の正体は”レッドスター”のサブマスターである赤星真奈だった。
藍大達の前で真奈を乗せたガルフが止まり、カッコ良く飛び降りた真奈はニヤリと笑った。
「ガルフで来た」
「知ってます。新年早々ボケかまさないで下さいよ。ガルフが呆れてますよ」
「ワフ」
「ガルフ、お疲れ」
『毎度のことだけどガルフも大変だね』
「クゥ~ン」
ガルフはわかってくれるのは貴方達だけだと藍大とリルに甘えた。
「ガルフ、もっと私に甘えてくれても良いんだよ?」
「・・・アォン」
『甘えなくても甘やかすくせに何言ってるんだかって言ってるよ』
「だってほら、私がモフランドに行こうとすると微妙な顔するじゃない。あれって私が他の従魔に取られるのは嫌だけど、先輩として後輩の前では甘えたりしないってことじゃないの?」
「ワフワフ」
『後輩達がストレスで倒れないか心配だけど、後輩達の分まで自分がモフられるのも疲れるから後輩達には申し訳ないけどモフランドに連れてっただけだって』
「嫉妬してない・・・だと・・・」
真奈が衝撃の事実を知ったようなリアクションをしたが、藍大達はそりゃそうだろうと頷いた。
「寒いんで中に入りましょう」
「芹江さん、最近私への扱いが雑じゃないですか?」
「気のせいです。というよりも時間が押してるので早く行きますよ」
「あっ、はい」
茂がイラついていると気づいて真奈はおとなしくなり、藍大達は応接室へ案内される。
それから1分も経たない内に本部長の志保が応接室にやって来た。
「皆さん、あけましておめでとうございます」
「「「あけましておめでとうございます」」」
『おめでと~』
「ワフ」
「今日はモフモフ2倍デーですか。モフ比べさせていただいても?」
『なんか嫌だ』
「アォン」
「何やってんですか吉田さん」
リルとガルフを見てもどちらもモフモフしたいと思った志保はその欲求に忠実だった。
リルとガルフに嫌がられて茂にジト目を向けられた志保はオホンと咳払いして切り替えてみせる。
「失礼しました。改めて今日と明日の国際会議はよろしくお願いします。赤星さんとガルフさんは初参加だけど緊張してなさそうですね」
「友人や新たな同志と出会えると思えば緊張することなんてないですよ」
今日この場に藍大達が集まっているのは第3回国際会議に参加するためだ。
今回はとある事情から各国のDMU本部長と共に参加する冒険者は2人まで認められており、日本は藍大の他に真奈が選出された。
舞や”楽園の守り人”のメンバーではなく真奈が選ばれた理由はいくつかあるが、その中でも主な要因は彼女が調教士だからである。
「それは心強いですね。確認ですが、赤星さん達には2日目の模擬戦で戦ってもらいますがよろしいですか?」
「問題ありません。モフラーがただモフってるだけじゃないと知らしめてみせましょう」
(モフってるだけじゃね?)
そう思った藍大だったけれど、話の腰を折るのは良くないと感想は胸の内にしまっておいた。
過去2回の国際会議では模擬戦が行われてきたが、いずれも”楽園の守り人”のメンバーが相手の面子を丸潰れにするレベルで狩ってしまった。
それゆえ、他の参加国からどうか”楽園の守り人”以外の冒険者を模擬戦で出してほしいと要請があった。
これも真奈が国際会議に参加する理由の1つである。
”楽園の守り人”の傘下のクランから誰かが模擬戦に出ても不満が出そうだったので、親楽派で実力のある真奈の存在は丁度良かったのだ。
「期待しております。さて、念のため今回の国際会議についておさらいしましょう。参加国はどこかご存じですよね?」
「日本以外はCN国とA国、E国、I国とそれから・・・」
「後はD国とF国、T島国でしたっけ?」
「その通りです。前回の会議で刺客を送り込んだことから、C国もR国も国際会議に参加できなくなりました」
志保の説明に補足をするならば、C国人とR国人は日本に帰化した人以外日本に出入り禁止となった。
帰化を選んだ者達もC国とR国のスパイでないと証明できなければ強制送還しているため、日本にしてはかなり強気な対応だと言えよう。
もっとも、C国もR国も呼べばまた余計なことをしでかすに違いないだけでなく、国内が大荒れで司令塔と貴重な戦力を外国に派遣できないだろうが。
『僕にとってはCN国の参加者も危険なんだけど』
「よしよし。リルには指一本触れないようにしてやるからな」
「クゥ~ン」
CN国代表として参加するのは自他共に認めるモフラーのディオン姉弟だ。
真奈だけでも勘弁してほしいのにシンシアとリーアムまで揃うなんてリルからすれば地獄としか言いようがない。
憂鬱そうなリルの頭を藍大が撫でれば、リルは頼りにしていると藍大にじゃれつく。
そんな藍大とリルのやり取りを見て真奈はガルフをモフり、志保はモフれる相手がいなくてしょんぼりしている。
「そろそろ時間です。翻訳イヤホンを着けて会場に向かって下さい」
「わかりました。逢魔さん、赤星さん、行きましょう」
茂に言われて気持ちを引き締めた志保は藍大達を連れて大会議室へと向かった。
大会議室には既に参加予定の半数が来ており、日本勢を見つけてディオン姉弟が駆け付けた。
『マナ、待ってたぞ!』
「真奈、ガルフをモフらせて!」
「良いよ!」
「アォン!?」
マジでかとガルフが衝撃を受けた次の瞬間にはディオン姉弟にモフられていた。
2人がモフるのを見て真奈がそれに加わると、ガルフは観念して時間が経つのを耐える姿勢になった。
その姿を見てリルの尻尾は股下に巻き込まれている。
『ご主人ヤバいよ。天敵が3人だよ。あれは駄目だよ。ヤバ過ぎるんだよ』
「よしよし。怖くない。俺がいるから大丈夫だぞ」
「クゥ~ン」
リルは小さくなって藍大に飛びつき、藍大はリルをキャッチして優しく撫でてあげた。
『リルもモフりたいぞ』
「リル君、モフらせてくれ!」
リルの声に反応したディオン姉弟に対し、藍大がリルを庇うのと同時にサクラが前に出た。
「リルをモフりたければ私を倒してみなさい」
(サクラさんマジかっけえ)
堂々とした口調で言い放つサクラはとても頼もしかった。
ここでリルを庇えば自分の評価が上がって藍大から褒めてもらえるという打算もあるが、藍大がリルを心配しているようにサクラも弟分を心配しているのだ。
運命すら支配するサクラを倒せるはずがないので、ディオン姉弟はそれ以上リルに近づけない。
『未だかつてないぐらい力が欲しい』
「フルカスと戦った時なんかよりももっと力が欲しいって思った」
(強くなろうとする動機が不純じゃね?)
強くなりたい理由は人それぞれだとわかっているので、藍大は抱いた感想を口にしなかったもののポーカーフェイスではいられず苦笑していた。
そこに他の国の参加者と喋っていたCN国のDMU本部長が慌てて駆け寄り、藍大達にペコペコ謝ってから2人を引き摺って自席に戻って行った。
「実はCN国のDMU本部長って強い?」
「あの姉弟を引き摺って動けるぐらいには強いんでしょ」
『あの人には天敵2人から目を離さないようにしてもらわなきゃ』
藍大達はCN国のDMU本部長に興味を抱いた。
その一方で真奈は消耗していたガルフにマッサージを施していた。
「ワ、ワフ」
『ガルフがご主人とサクラに今度は自分のことも助けてほしいだって』
「約束はできないけど善処しよう」
「主とリルの次で良ければ考えとく」
「クゥ~ン」
『それでも良いからお願いしますって言ってるよ』
まだ国際会議は始まっていないにもかかわらず、ガルフはモフラー3人に囲まれてモフられたことで参ってしまったらしい。
今日と明日はガルフにとって優しくない2日間になることは想像に難くない。
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