第512話 冒険者ボーイ、私の前に跪くのデース

 翌日の金曜日、藍大は朝から舞とサクラ、リル、ゲンと一緒にシャングリラダンジョンにやって来た。


 ブラドに地下15階の増築を終えたので挑んでほしいと頼まれたからである。


 地下15階の舞台は日没間近の長城であり、パッと見ただけでは左右の壁と天井がない。


 城壁の底は光が届いていないせいで見えず、空を飛べないと不利なのは間違いなかった。


「シャングリラの外に出なくても観光できるのは良いよな」


「だよね~。お出かけ気分が味わえるってポイント高い」


「蘭達が大きくなったらダンジョンでピクニックするのも良いかも」


『ピクニック!? お弁当も必要だね!』


『昼寝・・・』


『ダンジョンは行楽地じゃないのだ!』


 藍大達の発言を聞いてブラドがテレパシーで訴えるのは当然だろう。


 ダンジョンとはモンスターと戦ったり宝箱や貴重なアイテムを探す場所だ。


 それを行楽地扱いされればブラドだって異議を唱えたくなる。


 百歩譲って楽々とクリアされるのは仕方ないとしよう。


 だが、のんびりピクニックまでされてしまったら”アークダンジョンマスター”としての自信を失ってしまう。


 ブラドは自分のプライドを守るために異議を申し立てたのだ。


「ブラドが怒ってるからピクニックは駄目だな」


「そっか~。ピクニックなら優月も楽しめると思ったんだけどな~」


『むぅ、それは・・・』


 (プライドはどうしたブラド)


 優月を持ち出されてブラドが悩む声が聞こえて藍大は苦笑した。


 ブラドが優月に甘いのはわかっているが、自分の拘りと優月を天秤にかけてグラつく程だとは思っていなかったからである。


 それはさておき、藍大達は長城の一本道を進んで行く。


 そんな藍大達を長城から落とそうと両側から翼の生えた白い車輪が接近する。


 その白い車輪は結晶のようで、体には無数の目の模様が刻まれている。


「ソルティネLv100。体が塩でできたオファニムフレームだ」


「調味料? 確保しないと」


 サクラが<透明千手サウザンドアームズ>でソルティネ達を捕まえて長城の地面に叩きつける。


「叩き割ってやる!」


「待った! リル、止めてくれ!」


『わかった!』


 動けないソルティネ達を粉砕しようとする舞を見て、藍大はリルに舞の動きを封じさせた。


 攻撃の邪魔をされた舞は暴れる。


「離せリル!」


「塩が飛び散ったら回収できなくなる! ロスした分だけ料理に仕える塩が減るぞ!」


『駄目だよ! 僕達が食べる分が減っちゃう!』


「・・・ごめんなさい」


 藍大とリルの言葉で頭が冷えた舞は戦闘モードのスイッチが切れて謝った。


「舞に戦うなとは言ってない。全力で殴って塩を飛び散らせないでほしいだけなんだ」


「じゃあ軽~く殴れば良い?」


「そんなことできるのか?」


「できるはず。多分」


 舞の言葉を聞いても不安は解消されなかったけれど、藍大は最初から駄目だと決めつけたくないので頷いた。


「わかった。そっと倒してみてくれ」


「そっとだね。やってみる」


 舞は最も近くにいたソルティネをゆっくり叩いた。


 その直後、叩かれた場所に罅が入って割れた。


「マジかよ」


「馬鹿力」


『すごい』


 あまり力を入れていなかったはずなのにソルティネの体は2つに割れた。


 それでもソルティネのHPは残っていたので、藍大は舞に追加で指示を出した。


「舞、同じぐらいの力で両方とも殴ってくれ」


「は~い」


 舞は戦闘モードに入ることなく部位破壊したソルティネを叩いて倒した。


「舞がヒャッハーしないでモンスターを倒した!」


『おめでと~!』


「ありがと~!」


 舞は藍大とリルをまとめて抱き締めた。


「明日は雪が降るかもしれない」


「そんなことないもん」


「それぐらいのことをしたんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ。他のもお願い」


「は~い」


 舞はサクラに言われて押さえつけられているソルティネ達をどんどん叩いて倒した。


 もしも舞が全力でソルティネを殴ってしまったら、ソルティネの体は粉々になって吹き飛び、回収できる量がごっそり減っただろう。


 そう考えると落ち着いた舞が三発で倒したのは正解だった。


 ソルティネの倒し方がわかれば後は作業のようなもので、ソルティネと遭遇したらサクラが押さえつけて舞が叩くのをひたすら繰り返した。


 ソルティネが出現しなくなるまでにこの先1年は買わなくても済むぐらいの塩を回収できた。


「舞が手加減できたおかげでいっぱい塩が手に入ったな」


「頑張らないように頑張った」


「どゆこと?」


『深く考えちゃ駄目だよ』


「確かに」


 舞の迷言にサクラは首を傾げたが、リルのアドバイスを聞いてなるほどと頷いた。


 サクラと話していたリルだったが、ピクッと反応して空を見上げると警戒態勢になった。


『空に敵がいるよ!』


 リルの声に応じて舞とサクラが藍大を守るように構える。


 藍大達を見下ろすのは白いペガサスだった。


『冒険者ボーイ、私の前に跪くのデース』


「ペガサス違いだろ!」


 藍大はツッコむのと同時にペガサスのステータスを確認した。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:ペガサス

性別:雄 Lv:100

-----------------------------------------

HP:3,000/3,000

MP:4,000/4,000

STR:3,500

VIT:3,000

DEX:3,000

AGI:4,000

INT:3,500

LUK:3,000

-----------------------------------------

称号:掃除屋

   到達者

アビリティ:<賢者ワイズマン><翠嵐砲テンペストキャノン><大気圧潰エアプレス

      <翠嵐鞭テンペストウィップ><剛力突撃メガトンブリッツ><翠嵐鎧テンペストアーマー

      <反射壁リフレクトウォール><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:嘲笑

-----------------------------------------



 (こいつに嘲笑されるの腹立つ)


 藍大はペガサスの備考欄を見てイラっと来た。


 ところが、藍大よりも苛立っている者がいた。


 リルである。


『これは僕に喧嘩売ってるよね』


『狼ボーイ、翼のない犬っころは地べたを這いずれば良いのデース』


『ご主人、こいつは僕がやる』


「任せた」


 いつもの愛らしさはどこかに消え、強者としての風格を放ったリルを見て藍大はこの戦闘をリルに預けた。


 ペガサスはリルに向かって<翠嵐砲テンペストキャノン>を放とうとしたが、その時には既にリルの姿を見失っていた。


『どこに行ったのデース?』


『君の上だよ』


「ヒヒッ!?」


 <賢者ワイズマン>のテレパシーで喋る余裕もなく、ペガサスはリルの<風精霊砲シルフキャノン>で地面に叩きつけられた。


 リルは追撃の手を緩めることなく、ペガサスが起き上がる前に<仙術ウィザードリィ>でペガサスの体を地面に押さえつけてからその上に着地した。


『う、動かないのデース』


『さっきはよくも身の程を知らないことを言ってくれたね?』


『空の王者が舐められたら終わりなのデース』


『”風聖獣”の方が上だから。バイバイ』


 リルは冷たく言い放って<神裂狼爪ラグナロク>でペガサスの首を刎ねた。


「リル、返り血がすごいよ」


 派手に飛び散った血がリルを汚してしまったので、サクラがそれを<浄化クリーン>で掃除する。


『ありがと~』


 サクラにお礼を言ったリルはいつも通りの雰囲気に戻った。


 ペガサスは血も含めて素材的に貴重だったから、先にペガサスの回収を済ませてから藍大はリルを労った。


「リル、お疲れ様。さっきはちょっと怖かったぞ」


『ごめんね。僕も格下に馬鹿にされて頭に来ちゃったの』


「そうだよな。どう考えてもリルの方が強いもんな」


「クゥ~ン♪」


 藍大にわしゃわしゃと撫でられてリルは気持ち良さそうに鳴いた。


「やっぱりリル君はいつもの方が良いよね~」


「私もそう思う。キャラが変わるのは舞だけで十分」


「サクラってば酷~い」


「酷くない。帰ったら多数決で勝負する? 絶対に私が勝つ」


 サクラに断言された舞は藍大に抱き着く。


「藍大~、サクラが酷いの~」


「主に泣きつくのは狡い。私も抱きつく」


 サクラが舞の反対側から藍大に抱き着くとリルも藍大に頬擦りする。


『僕もご主人にくっつく!』


「愛い奴め。今日の昼はペガサスのメンチカツだぞ」


『メンチカツ! 絶対美味しいよね!』


「やったねリル君!」


『そうだね舞!』


 (うんうん。これでこそリルだ)


 藍大は冷徹な強者として振舞うリルよりも食いしん坊で愛らしいリルの方が良いと改めて思った。

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