第487話 別に倒してしまっても良いのだろうと言いたい訳ね?

 8月3日の木曜日、睦美はヴァーチェとキュリーにそれぞれ<着脱自在デタッチャブル>と<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を使ってもらった状態で黒部ダンジョンまで飛んで来た。


 睦美が青白のタイガーパターンのヴァーチェを着込んだ姿で空を飛ぶ姿は最近だと驚かれないようになっている。


 生活に馴染むぐらい睦美が変身した姿で空を飛ぶ頻度が多く、今では空を飛行機が飛んでいるのと同じぐらいの認識をされているのだ。


 もっとも、藍大が人間大モ〇ルスーツの姿で空を飛ぶことはほとんどないから、その姿の藍大が目撃されるとあっという間に話題になる。


 それはさておき、睦美は黒部ダンジョンに行こうとした時に泰造が同行したいと強く主張したことを思い出した。


 泰造は”魔王様の助っ人”に入る前に”リア充を目指し隊”でサブマスターの役割を担っていた。


 その際に喧嘩別れしたクダオが間違った道に進んでしまったのならば、せめてもの情けとして自分がクダオを始末すべきだと考えたのだろう。


 泰造が責任感の強いということは理解していたけれど、黒部ダンジョンに男女混合パーティーが入ってしまえば依頼の難易度が上がってしまう。


 以上の理由から睦美は泰造の気持ちに理解は示しても同行を認めなかった。


 睦美の中では藍大からの依頼事項>泰造へ理解という優先順位なのだから仕方ない。


 睦美が黒部ダンジョンに入ってみると、そこは既に睦美の知っている黒部ダンジョンとは明らかに違っていた。


 元々の黒部ダンジョンは1階が川だったのに対し、今の黒部ダンジョンは夜の洋館になっているのだから改造されたのは間違いない。


「ここは黒部ダンジョンで合ってる? 本当に内装が変わっちゃってるけど」


 その問いかけに応じる者は誰もいない。


 一緒に探索するメンバーが従魔を除いて自分しかいないのだから当然だろう。


「【召喚サモン:ルシウス】」


 睦美はサモナーズホーン吹いてからルシウスを召喚した。


 ルシウスの体は紫色をベースに金色のラインが浮かび上がっており、槍と盾を持った堕天使タイプの機動騎士とも呼ぶのが相応しい姿である。


 サリバンは大きくて通路に何か仕掛けられていた場合に回避が難しいから、開けた場所にでも出ない限りサリバンは待機せざるを得ない。


「ルシウス、背中を預けるわ」


『承知』


 睦美に背中を預けると言われ、ルシウスはぴしっとした口調で応じた。


 睦美もルシウスも床は踏まずに空を飛んで進む。


 本来は睦美達が通過した床に罠が仕掛けられていたのだが、睦美とルシウスが空を飛んで進むせいで罠が作動せずにいた。


「何もいないわねって言ったタイミングで何か出て来たわ」


 睦美とルシウスの前にモンスターの群れが現れた。


「スパルトイメイジとスパルトイソルジャー、スパルトイタンクか。これはまた最初から嫌なチョイスだわ」


 スパルトイは基本的にスケルトンよりもレベルが高く、アンデッド型モンスター故に戦利品として目ぼしい物がない。


 強さの割に倒して得られる物がしょぼいのはクダオが黒部ダンジョンにやって来た冒険者に決して得をさせまいと考えていることが滲み出ていた。


「ルシウス、援護して」


『承知』


 睦美が前列にいるスパルトイソルジャーとスパルトイタンクに接近して攻撃を始めると、後列にいたスパルトイメイジが睦美を狙って魔法系アビリティを放つ準備をする。


 そうはさせないとルシウスがアビリティ発動前に強襲して邪魔をするから、睦美はあっさりと前列にいた2種類のモンスター達を仕留めることができた。


 モンスター達を倒したと思って睦美がホッとした瞬間、通路に備え付けられていたドアが開いて後続の各種スパルトイがぞろぞろと現れた。


「クダオって性格悪いわ。ルシウス、やるわよ」


『承知』


 悪態をつく睦美だったが、この程度の雑魚モブモンスターではピンチになることもなく粛々と敵を倒していく。


 今度こそ戦利品を回収して先に進むんだと思った瞬間、通路の奥から黒い渦が現れて床に散らばった骨や魔石を吸い込み始める。


「ちょっと待って。コープスサイクロンが出て来るの? ”掃除屋”がここで投入される訳?」


 その黒い渦はコープスサイクロンと呼ばれるアンデッドであり、モンスターの死体を吸収して強くなる特性を持つ。


 日本や外国での目撃記録によれば、コープスサイクロンはいずれもアンデッド型モンスターが出現するダンジョンで”掃除屋”として登場する。


 フロアボスではない理由だが、それは”掃除屋”でなければフロアを回って死体を回収できないからである。


 睦美達の戦利品全てを掻っ攫ったコープスサイクロンの体が光を放ち、その光の中でコープスサイクロンの形状が変化した。


 光が収まった時には三面六臂の阿修羅を想起させる外見に変わったコープスサイクロンの姿があった。


 睦美がさっさと倒そうとして前に出ようとすると、ルシウスがそれよりも先に前に出る。


「ルシウスが戦うの?」


『左様』


「わかったわ。任せるからぶっ飛ばしちゃって」


『承知』


 ルシウスは急加速して一瞬で距離を縮め、コープスサイクロンにシールドバッシュを喰らわせた。


 骨で体が構成されている以上、斬撃よりも打撃の方が今のコープスサイクロンには効果的だ。


 ルシウスのオファムトシールドが触れた瞬間、コープスサイクロンの骨がバラバラに飛び散った。


 オファムトシールドはオファニムシールドにアダマンタイトを使って強化したDMU職人班の逸品だ。


 耐久力が上がったのは当然のこととして、何かと衝突した瞬間に50%の確率でぶつかった対象に麻痺の状態異常が加わる効果がある。


 先程のコープスサイクロンとの戦いでは麻痺が発動しなかったけれど、一撃で倒せない相手との戦いで麻痺の状態異常が発動すればその隙は大きなアドバンテージになるだろう。


 コープスサイクロンを倒した後は流石に何も現れたりしなかった。


 今度こそ後続のモンスターは出てこなかったので、睦美はルシウスを労った。


「ルシウス、よくやってくれたわ。疲れてない?」


『笑止』


「前から思ってたけどもうちょっと言葉のバリエーション増やしなさいよ」


『何故?』


「会話が弾まないじゃないの」


『検討』


「まずは二文字熟語だけの会話から離れなさいって」


『善処』


「・・・しょうがないわね」


 ルシウスにも自分のペースがあるだろうと判断し、睦美は今この場で無理に二文字熟語以外で喋れというのは止めた。


 戦利品の魔石はルシウスや他の従魔にとって物足りないので回収してすぐに睦美達は先へと進んだ。


 それからしばらく通路では何も現れず、睦美達は1階のボス部屋に到着した。


 ルシウスが扉を開けてその中へ入り、睦美もその後に続く。


 ボス部屋の中で待ち受けていたのは出刃包丁を握ったゴスロリの人形だった。


「キラードールだったっけ? どうでも良いけど」


 睦美は1階のフロアボスの種族名に興味がなかったので、サモナーズホーンを吹いてから今まで召喚できなかったサリバンを召喚し始めた。


「【召喚サモン:サリバン】」


 メカメカしいフォルムの銀色の三つ首ドラゴンが現れると、キラードールはカタカタと震え始めた。


 睦美もルシウスも強そうであり、そこに来てサリバンを召喚されれば勘弁してほしいと思うのは無理もない。


「サリバン、やっておしまい」


 睦美の指示を受けてサリバンの正面の頭が<雷吐息サンダーブレス>を放つ。


 キラードールの体に風穴が空いてそのまま後ろに倒れた。


 言うまでもないかもしれないがオーバーキルである。


「サリバン、良いブレスだったわ。戻ってゆっくり休んでちょうだい」


 サリバンの体の大きさでは階段を上るのは厳しいので睦美はサリバンを送還した。


 戦利品を回収した後、睦美はこの先どこまで進むか考えた。


「偵察ってどこまでしたら魔王様に喜んでもらえるかしら?」


『限界』


「ギリギリ行ける所までってこと?」


『終点』


「別に倒してしまっても良いのだろうと言いたい訳ね?」


『左様』


 ルシウスはやる気満々らしい。


 ルシウスの発言を聞いて睦美は自分の中で結論を出した。


「今回の偵察は威力偵察。ならば引き出せるだけの情報を引き出して帰りましょう。万が一クダオがモンスター側に寝返ってたのなら、魔王様にお手を煩わせるわけにはいかないわ」


『同意』


「そうと決まれば先に進むわよ」


『承知』


 睦美とルシウスは2階へと進んだ。

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