第475話 Look at me!

 グレムリンの希少種を倒した後、麗奈達はシャッターが閉まった商店街にしか見えない内装のダンジョンを進む。


「罠らしい罠がないわね」


「せやな。ここのダンマスはモンスターの数に物言わせるタイプなんちゃう?」


「そうですね。N1ダンジョンは国内有数のモンスターばかりのダンジョンです」


「宝箱はまだ見つかってないのかしら?」


「今のところ見つかってないですね。以前は出現するモンスターの素材が高値で売れてたので探索する冒険者が多かったのですが、このダンジョンのモンスター素材が市場に溢れて値崩れしてからは人気がガクッと落ちました。それでスタンピード寸前まで放置してた訳ですが・・・」


「冒険者も慈善事業じゃないから仕方ないと言えば仕方ないけれど、T島国のDMUは今の今まで何やってたのよ?」


「完全に独立するまではC国から派遣された職員が幅を利かせており、C国に販売する素材となるモンスターが出るダンジョンを重点的に探索するよう促されてました」


「ほんまC国は碌なことせえへんなぁ」


 美鈴の話を聞いて未亜はやれやれと首を振った。


 T島国は独立する前、C国から実力のある冒険者数名とセットでC国のDMU職員を迎え入れていた。


 それはC国と比べてT島国の冒険者達の実力が低かったからだ。


 T島国をスタンピードで滅ぼさないようにするためにはC国の力を借りるしかなかった。


 C国から派遣されて来た冒険者達はT島国で荒稼ぎし、スタンピードが起きそうになったらそのダンジョンで少しだけ間引きするような探索スタイルだった。


 そんなC国の冒険者達に稼ぎを奪われたくないとT島国の冒険者達も人気ダンジョンに集い、N1ダンジョンのように不人気なダンジョンはスタンピードの危機に瀕している。


 ちなみに、N1ダンジョンと同じぐらいピンチなダンジョンがもう1つあるのだが、そちらにはT島国の精鋭が終結して間引き中である。


 T島国の状況について3人が話をしていると、パンドラが前方に敵を発見した。


「敵が来た。トゲトゲの肩パッドしてるオーガはオーガジェネラルだっけ?」


「ヒャッハァァァァァッ! 女だぁぁぁぁぁ!」


「煩い」


 パンドラは正面に紫電纏う黒い球体を創り出し、それをオーガジェネラルに向かって発射した。


 オーガジェネラルが黒い球体を手に持っていた狼牙棒で打ち返そうとするが、狼牙棒が黒い球体に触れた途端に破裂してオーガジェネラルの体を包み込んだ。


「グァァァァァ!?」


 全身に走る痛みのせいでオーガジェネラルは悲鳴を上げる。


 パンドラが放ったのは<負呪破裂ネガティブバースト>という<呪贈物カースプレゼント>が上書きされたアビリティだ。


 何かに触れた途端に破裂し、それに巻き込まれたモンスターは全能力値の平均値もしくは2,000のどちらか低い方だけダメージを受ける。


 それに加えてランダムに状態異常が生じるという受ける相手からすれば厄介としか言いようのないアビリティである。


 オーガジェネラルは<負呪破裂ネガティブバースト>によってHPが尽きたため、黒い球体だったものから解放された時にはピクリとも動かなかった。


「これが派遣されし九尾の悪魔の力なんですね・・・」


「僕はただの運搬要員兼保護者じゃないんだよ」


「「ぐぬぬ」」


 麗奈と未亜はドヤ顔のパンドラに言い返せずに唸った。


 収納袋がないから戦利品の回収はパンドラの<保管庫ストレージ>頼みであり、麗奈や未亜、アスタが暴走した時の抑止力になるのもパンドラだ。


 それどころか立派な戦力でもあるのだから非の打ち所がないのである。


「アスタ、オーガジェネラルの魔石はどうする?」


「要らない」


「わかった」


 パンドラにオーガジェネラルの魔石の扱いについて訊かれ、アスタは要らないと伝えた。


 オーガジェネラルの魔石でもアスタを強化するには足りないようだ。


 アスタが不要と答えてからパンドラがオーガジェネラルと狼牙棒を回収し、麗奈達は探索を再開した。


 そのすぐ後に通路の先から全身を鎧のような鱗で固めた猪の群れが突撃して来た。


「アーマードボアの群れです! 角も体も硬くて厄介なモンスターですよ!」


「あの程度大したことあらへんで。ウチに任しとき」


 未亜は焦る美鈴に声をかけてから魔力矢を放って分裂させ、アーマードボアを次々に射抜いてみせた。


「ふぅ。ネメアズライオン射貫くよりもよっぽど楽やで」


「あいつ硬いわよね。あれに比べたら確かに余裕だわ」


 未亜の発言に麗奈がうんうんと頷く。


 自分の実力では連続してアーマードボアを狩るのは厳しい美鈴は口をパクパクさせる。


「黄さん驚き過ぎちゃう?」


「筋肉が足りてないからだ」


「筋肉の問題じゃないでしょってあれ?」


 アスタの発言にちょっと待てとパンドラはツッコんだけれど、その後に気になることがあったのか首を傾げた。


「どうしたのよパンドラ?」


「右側のお店から風を感じた。シャッターが少しだけ空いてるし一本道じゃないかも」


「隠し通路? 黄さん、この通路知ってる?」


 麗奈に声をかけられて美鈴はハッと正気に戻った。


「はっ、失礼しました。私も知りません。事前に調べた限りでは存在しなかったはずです」


「隠し通路なら宝箱があるかもしれない。こっちに行こうよ」


「了解」


「賛成や」


 パンドラの提案に麗奈も未亜も宝箱があるかもしれないと期待に胸を膨らませて賛成した。


「アスタの出番じゃない?」


「OKマッスル」


 アスタはパンドラに声をかけられた時にはケルブアックスを壁に立てかけており、そのままシャッターを全力で上に持ち上げた。


 ガラガラガラと音を立ててシャッターが上がると、そこには広間が広がっていた。


「アスタ、ナイスファイト」


「問題ない」


 アスタはサムズアップしてパンドラに応じた。


 麗奈達が広間の方に視線を向ければ、反対側の壁際に宝箱があるだけではなくそれを守護する存在がいた。


 サイズの合っていない法衣に身を包んで手に錫杖を握るオーガである。


「ぱっつんぱっつんやないか!」


 未亜はぱっつんぱっつんのオーガ派生種を見てツッコまずにはいられなかった。


「あれは確かオーガクレリックね。というかここってボス部屋じゃない? シャッター開けて入ってすぐに広間だったし」


「ダンジョンが改装されたということでしょうか? シャッター型の扉なんて始めて見ましたけど、こんなボス部屋あるんですかね?」


「あのモンスター倒せばわかるでしょ」


 麗奈と美鈴がここがボス部屋なのかと悩んでいると、パンドラは悩む前に敵を倒せば良いと言った。


 実際、オーガクレリックを倒して次の階に続く階段が現れればここはボス部屋である。


 パンドラの言い分はもっともだと言えよう。


「アスタ、挑発よろしく!」


「Look at me!」


「無駄に発音ええな!」


 アスタが本場の発音で応じながらサイドトライセップスを披露する。


「負けて堪るか!」


 オーガクレリックは錫杖を放り出して法衣を脱ぎ捨てると、モストマスキュラーでアスタに対抗した。


「馬鹿なのかしら?」


「ゴフッ!?」


 自ら武装解除してポーズを決めるオーガクレリックの死角から素早く接近し、麗奈は身体強化した状態で正拳突きを放った。


 アスタとのボディービル対決に夢中になっていたオーガクレリックは吹き飛ばされてしまい、倒れた先で仰向けになったままぴくぴくと痙攣している。


「さいなら」


 未亜がとどめを刺すべく矢を放ち、それがオーガクレリックの眉間に命中して痙攣が止まった。


 オーガクレリックが倒れた直後、宝箱の近くの壁に階段が現れた。


 その変化により、この広間がボス部屋であることと”ダンジョンマスター”が1階を改装したことが証明された。


「アスタ、オーガクレリックの魔石はどうする?」


「いただこう。奴は良い筋肉だった」


「わかった」


 パンドラは尻尾の1本を<形状変化シェイプシフト>でナイフに変えてオーガクレリックから魔石を摘出した。


 その魔石をアスタが受け取って飲み込む。


 魔石を飲み込んだ直後、アスタの体が少しだけ大きくなった。


「筋肉が喜んでるぞ」


「良かったね」


「魔石を譲ってくれて感謝する」


「別に良いよ。次は僕ね」


「勿論だ」


 パンドラは尻尾を元に戻してからオーガクレリックの死体とその装備、宝箱を回収した。


 宝箱を持ち帰る発想がなかったため、美鈴はパンドラに訊ねた。


「宝箱はここで開けないんですか?」


「今は開ける時じゃない」


「は、はぁ。そうなんですね」


 美鈴はサクラのLUKを知らないのでパンドラが宝箱をこの場で開けない理由がわからなかった。


 しかし、自分に所有権のない宝箱についてそこまで深く訊くのも躊躇われたのでこれ以上何も言わなかった。


 麗奈達は体力的にも時間的にも余裕だったから次の階へと進んだ。

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