第474話 背中に鬼が宿っとるで!

 7月13日の木曜日、茂が大急ぎで手続きを済ませたことで麗奈と未亜、パンドラ、アスタはT島国北部にやって来た。


 移動手段は飛行機ではなくT島国の船だ。


 黄美鈴が”楽園の守り人”のパーティーを迎え入れるにあたって船を手配したのである。


 飛行機でT島国に向かう便はあったが、アスタが飛行機に乗ると威圧感が大きいことに加え美鈴が麗奈達を歓待するために船で迎えに来た。


「船旅なんて初めてだったから船酔いが心配だったけど案外平気なものね」


「せやな。船酔いした状態で上陸するのは辛いからホッとしたで」


「レベルが高くなったことで三半規管が強化されたんじゃない?」


「筋肉があればなんでもできる!」


「アスタ、筋肉だけじゃどうしようもないことだってあるんだよ」


 アスタがポージングしながらドヤ顔で言うのに対し、パンドラはクールにそうとは限らないと反論する。


「皆さん、案内したいダンジョンはこちらです。着いて来て下さい」


 美鈴は今回の探索で麗奈達に同行するため、藍大を訪ねた時のスーツ姿とは違って戦える格好で槍を携えていた。


 彼女の職業技能ジョブスキルは槍士であり、T島国では貴重な二次覚醒者である。


 美鈴が同行するのは麗奈達を信用していないからではなく、T島国民として日本人の麗奈達にダンジョン探索を押し付けっ放しではいられないという理由だ。


 踏破した後で難癖付けられるのも面倒なので、麗奈達は彼女の同行を認めた。


 報酬は踏破を確認してからお金とT島国の特産品で支払われることになっているから、美鈴に一緒に来て直接見てもらった方が手間がかからないのだ。


 少し移動した先には昔アニメ映画の大作の舞台になった観光地があり、そこの外れにある建物がダンジョン化してスタンピードの危機に陥っている。


「到着しました。ここがN1ダンジョンです」


「N1ってどういう意味かしら?」


「深い意味はありません。T島国を東西南北で分割し、北側Northで最初に発見されたダンジョンということです」


「ふーん。地名や特徴的な建造物から名前を取らないんやな」


 美鈴は知人である藍大が相手ではないので丁寧に喋っている。


 その一方で麗奈も未亜も自然体で話している。


 言葉遣いからお互いの力関係が丸わかりだった。


「同じような建造物がダンジョンになった時に名前が被りますから、単純に振り分ける名付けがされたと聞いてます」


「なるほどね。黄さん、確認だけど倒したモンスター素材や宝箱は倒したり見つけた人の物で良いのよね?」


「勿論です。私が倒してないモンスターの素材を頂くことはありませんし、麗奈さん達が見つけた宝箱を求めることもありません」


「それがええやろな。こういうのは均等に分配とかにすると絶対揉めるねん。同じクランでもそう言うことが起こり得るんやからウチ等と所属の違う黄さんとの分配はあかんで」


「この国を救いに来て下さった未亜さん達と言い争いになるのは避けたいですから、わかりやすいルールがあるのは助かります」


 美鈴は国からT島国のDMUから収納袋を借り受けており、自身が倒したモンスター等の素材は回収できるようにしている。


 それもあって何が誰の物になるのか最初から決まっているのはありがたかった。


 だがちょっと待ってほしい。


 この条件に賛成する前に美鈴は麗奈達の実力をしっかり調べたのだろうか。


 いや、調べていない。


 正確には最近の麗奈達がシャングリラダンジョンの外で活躍していないため、彼女達がどれぐらい強いのか情報が集まっていない。


 そうでもなければ麗奈達が圧倒的に有利な条件に頷かなかっただろう。


 美鈴が失敗したと思うのはN1ダンジョンに入ってからすぐに違いない。


 麗奈達がダンジョン内に入ると、シャッター街の内装を覆えるぐらいに群れたキョンシーが入口付近に待ち構えていた。


「駆け付け一発!」


 麗奈は気功波を発射してわらわらと群れているキョンシーを一掃した。


「・・・えっ?」


 美鈴は目をぱちくりさせた。


 自分の目の前で起きた光景が現実だとは思えなかったのである。


「パンドラ、回収お願い」


「了解」


 麗奈に頼まれたパンドラがほいほいと戦利品を<保管庫ストレージ>に回収していく。


「黄さん、何突っ立っとんねん。先に進むで」


「あっ、はい」


 戦利品の回収が終わってもぼーっとしている美鈴を見て未亜が声をかけると、美鈴はようやく正気に戻って慌てて未亜の後を追いかける。


 次に麗奈達が遭遇したのはレッドキャップの群れだった。


「次はウチの番やな」


 未亜は魔力矢を放って分裂させ、レッドキャップを次々に射抜いていく。


「えぇ・・・」


 麗奈も異常だが未亜も異常だったと気づいて美鈴は再び固まった。


 このタイミングで彼女は自分が何も戦利品を得られないかもしれないと気づいた。


「奥からオーガが来てる。”災厄”かもよ」


「筋肉だぁぁぁいすきぃぃぃぃぃ!」


 オーガを見るや否やアスタは叫びながら駆け出した。


 オーガはアスタを見て負けていられないと駆け出すが、アスタの<剛力突撃メガトンブリッツ>でゴムボールのように吹き飛んだ。


 背中から落ちたオーガはピクリともせず、アスタに一矢報いることもできないまま力尽きてしまったようだった。


「マッスルイズビューティフォー!」


「背中に鬼が宿っとるで!」


 バックダブルバイセップスを披露するアスタに対して未亜が叫ぶ。


 未亜の声援を聞いてアスタは後ろ姿からでも嬉しそうだった。


「何やってるんだか。回収するよ。アスタ、こいつの魔石はどうする?」


「要らない」


「了解」


 パンドラにオーガの魔石の扱いについて訊かれ、アスタは要らないと伝えた。


 自分の突撃に簡単に吹き飛ばされるような相手の魔石では自分を強化できないだろうという判断である。


 このやり取りがされている間、T島国では美人過ぎる冒険者として知られる美鈴は美人が台無しの表情で驚いていた。


「黄さん、その表情は不味いんじゃないかしら?」


「・・・はっ、すみません。ボティビルのポーズを決める従魔なんていませんよね?」


「あそこにいるわよ」


「夢じゃありませんでしたか」


 麗奈が指差した方向ではアスタが次々にポーズを決め、それに対して声をかける未亜の姿があった。


 それを見たせいで美鈴の顔が引き攣ったのは言うまでもない。


「私達のパーティーじゃよくある光景よ」


「普通そんなパーティーないと思います」


「順応性を高めなさい。あるがままを受け入れるのよ」


「こ、これが”楽園の守り人”ですか。逢魔はとんでもないクランを立ち上げましたね」


 戦慄する美鈴に対して麗奈はやれやれと首を振る。


「何言ってんのよ。藍大のパーティーの方がヤバいわよ」


「そうなんですか?」


「キャラ的な意味でもそうだけど実力も桁違いよ。ね、パンドラ?」


「そうだね。このパーティーで驚いてたらあっちのパーティーを見てショック死すると思う」


「まさかそれほどまでとは思いませんでした」


 麗奈とパンドラの話を聞いて美鈴は藍大が随分と遠くに行ってしまったのだと思った。


 戦利品をすべて回収し、アスタのボディービルショーを強制的に終わらせてから麗奈達は探索を再開した。


「今度はグレムリンの群れか。1階から数が多いわね」


「スタンピード寸前だったんなら仕方ないんとちゃうか?」


「そうね。アスタ、挑発よろしく」


「任せろ! この筋肉に刮目せよ!」


 アスタがそう言いながらポーズを決めた瞬間、グレムリンの群れが一斉にアスタ目掛けて突撃し始めた。


「サクサク狩るわよ」


「了解や」


「私も戦います!」


 アスタの筋肉に注目し過ぎてそれ以外が目に入っていないらしく、麗奈と未亜が次々にグレムリンを狩る。


 慌てて美鈴も自分だって戦えるんだと槍でグレムリンを攻撃していく。


 アスタも自分の攻撃の射程圏内に入った敵をケルブアックスで薙ぎ払うから、グレムリンの群れを掃討するまでに大して時間はかからなかった。


 倒したグレムリンの群れを回収していると、パンドラは1体だけ他と若干色が違う個体を見つけた。


「これだけ”希少種”だったかも」


「グレムリンの”希少種”かー。特に興味ないわね」


「ウチも。この程度の雑魚モブの”希少種”じゃ誤差みたいなもんやろ」


雑魚モブモンスターの”希少種”って個体によっては”掃除屋”よりも強いんですが」


「この個体はそうじゃなかったってことよ」


「せやな。普段はもっと強いモンスターと戦っとるからこんなんただの雑魚モブとなんも変わらん」


「・・・私、このダンジョンを出るまでどれだけ驚けば良いんでしょうか」


 美鈴の呟きには驚きと諦めが入り混じっていた。


 N1ダンジョンの探索はまだまだ始まったばかりである。

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