第463話 私がモフモフだ!

 泰造とゲテキングの模擬戦が終わると、茂が質問するよりも先に真奈が口を開いた。


「神田さん、次は私と勝負しませんか?」


「私ですか?」


「はい。好きなものを譲れない者同士、勝負をするべきだと思うんです」


「わかりました」


 真奈モフラー睦美ロボ推しが互いの好きなものへの愛の強さを証明するべく、それぞれ従魔を連れて1階に移動した。


 なお、白雪は真奈が睦美を指名した時にホッとしていた。


 自分は鳥教士になってから日が浅く、今までの模擬戦の様子からしてここに集まったメンバーと戦っても勝負にならないと思ったからだ。


 それでも転職組の戦い方が今後の自分の戦い方の参考になるため、白雪は泰造とゲテキングの戦いを真剣に観ていた。


 今から行われる戦いについても、自身の糧にして見せると気合十分である。


 茂は両方のペアの準備ができたことを確認してから開始の合図を告げる。


「試合開始!」


「ヴァーチェ、<着脱自在デタッチャブル>発動!」


『オーダーを実行します』


 開始直後、睦美はヴァーチェに<着脱自在デタッチャブル>を発動させた。


 それにより、睦美は6本腕に6枚の翼を生やした青い天使の鎧を纏った姿になった。


「ほほう、やりますね。それなら私もお見せしましょう。ガルフ、<人従一体アズワン>よ!」


「ワォン!」


 真奈の指示に了解したと吠えてガルフは<人従一体アズワン>を発動した。


 ガルフの姿が光となって真奈を包み込む。


 その光が収まった時、真奈はガルフの耳と尻尾を生やした獣人の姿になっていた。


「そう来たか・・・」


『ガルフ、それが君の出した答えなんだね』


 2階にいる者達が言葉を失っている中、藍大とリルは静かにガルフの意思を感じ取っていた。


 大前提の話となるが、モンスターのアビリティはレベルアップや魔石の取り込みによって上書き、もしくは統合される。


 ダンジョンはモンスターの量産工場とも呼べる施設であり、雑魚モブモンスターや”掃除屋”、フロアボス、”ダンジョンマスター”を問わず基本的なアビリティツリーから外れない。


 その例外は”希少種”と”災厄”、”大災厄”である。


 ”希少種”は 通常種とは違う身体的特徴やアビリティを会得しているからこそ希少であり、”災厄”と”大災厄”はダンジョンから解き放たれて大量殺戮をする過程で基本的なアビリティツリーから外れる。


 それでは、従魔となったモンスターのアビリティはどのように変化するか。


 これは”希少種”や”災厄”、”大災厄”と同じく基本的なアビリティツリーから外れる。


 主人と一緒に戦っていく内に従魔自身がどのような強さを求めるのかで違いが生じる。


 だからこそ、リルとガルフは同じフェンリルであってもアビリティ構成が異なるのだ。


 リルは藍大の役に立ちたい、ずっと一緒に居たいという意思が強いから<大賢者マーリン>と<仙術ウィザードリィ>、<転移無封クロノスムーブ>を会得している。


 <大賢者マーリン>ならば探し物が得意で鑑定もできるし、それを言葉で伝えられる。


 <仙術ウィザードリィ>ならば脚で触れたり口で咥えなくとも物体を自由に動かせる。


 <転移無封クロノスムーブ>ならば場所の距離を問わずに瞬間移動ができるだけでなく、空に移動することも可能だ。


 攻撃や防御のような戦闘以外にも便利なアビリティを会得することで、リルはいつも藍大に連れ歩いてもらえるようにしているのである。


 ガルフの場合、真奈を背中に乗せて戦うことが多いので<影支配シャドウイズマイン>や<隠者ハーミット>、<短距離転移ショートワープ>のような真奈の攻撃の助けとなるアビリティを保有している。


 <人従一体アズワン>も真奈を支援するアビリティだが、支援するだけでなく真奈から自分の身を守れる効果があった。


 このアビリティを発動している間、真奈に生えている耳や尻尾をモフってもガルフはモフられている訳ではない。


 一体化してしまえば自分がモフられることなく真奈の身体能力を強化し、<人従一体アズワン>以外の自身の使えるアビリティを真奈が使えるようになる。


 藍大とリルはガルフの意思が真奈の隣に居てモフられるリスクがあるならいっそのこと合体してしまえば良いというものだと感じ取った。


 それは彼等が<人従一体アズワン>の効果を調べたことで明らかにしたのだ。


 変身を終えた真奈はニヤリと笑みを浮かべる。


「私がモフモフだ!」


「ならば私も名乗りましょう。私がガ〇ダムだ!」


 (ヤバい。神田さんが真奈さんの影響を受けてしまう)


 心配になったのは藍大だけではなかったらしい。


『ご主人、あの2人から同じ臭いがする』


「遅かったか」


 リルの鋭い感性がそう判断しているならば手遅れなのだろう。


 藍大はそのように判断を下した。


 真奈と睦美は藍大とリルの抱く感情に気づかないまま接近する。


「挨拶代わりです!」


「なんのこれしき!」


 真奈が<突風爪ガストネイル>を放つのに対し、睦美が<流水反撃ストリームカウンター>でひらりと躱してカウンターパンチを繰り出す。


 そのパンチを真奈は睦美の予想外の方法で防ぐ。


「アォォォォォン!」


 真奈は四足歩行になってから<守護咆哮ガードロア>で睦美のパンチを跳ね返した。


 (真奈さん、人間辞めちゃってるじゃないですか)


 藍大がそう思うのも無理もないだろう。


 四足歩行になった真奈は二足歩行の時よりも素早さが増した。


 しかも、<短距離転移ショートワープ>を不規則なペースで使用することにより、睦美がそれに目が追い付かないせいで隙を生じさせた。


「しっ!」


「ふん!」


 再び真奈が<突風爪ガストネイル>を放ち、睦美が<流水反撃ストリームカウンター>でひらりと避ける流れで放ったカウンターパンチは真奈に躱された。


「それ!」


 睦美から一旦距離を取ってから、真奈は<刃竜巻エッジトルネード>で睦美を攻撃した。


 生身の睦美が喰らえば死ぬ危険性もあるけれど、ヴァーチェを纏った今の睦美ならば多少ダメージを受けるだけで済むという判断に基づく攻撃だ。


「はぁぁぁぁぁ!」


 睦美は<闘気鎧オーラアーマー>で強化してから<剛力乱打メガトンラッシュ>で真奈の<刃竜巻エッジトルネード>を正面から打ち破った。


 ところが、その時には真奈の姿は何処にもなかった。


 睦美は真奈がどこに消えたのかしきりに探すけれど、真奈の姿はどこにも見当たらないのである。


 その時、きょろきょろと首を動かす睦美の足元がゆらりと揺れてそこから真奈が飛び出した。


 真奈は<影支配シャドウイズマイン>で睦美の影の中に隠れていた訳だ。


 真奈が影から飛び出すタイミングでアッパー気味に<突風爪ガストネイル>を放つ。


 睦美はそれに気づくのに遅れて空に打ち上げられるが、空を飛ぶことで攻撃の勢いを後ろに流した。


「赤星さん、影からの攻撃とはやりますね」


「飛んで攻撃の勢いを逃がす手腕はお見事ですよ、神田さん」


 見上げる真奈と見下ろす睦美。


 次の瞬間、真奈は<短距離転移ショートワープ>で睦美の背後に移動して<突風爪ガストネイル>を放っていた。


「甘い!」


 睦美は真奈の攻撃を読んでいたのか、<流水反撃ストリームカウンター>で真奈の攻撃を見ないで躱して反撃を入れる。


 真奈もノールックで反撃されるとは思っていなかったらしく、回避が遅れてカウンターパンチを喰らった。


 それでも落ちながら体勢を整えて四足歩行で着地できるのだから大した順応性である。


 今までのやり取りを見て茂が藍大に話しかける。


「藍大、このまま模擬戦を続けて良いと思うか?」


「テンションが上がって勝敗がはっきりするまでやったら長期戦になる気がする。リルはどう思う?」


『素早さと戦術性では天敵が優勢。パワーと守りでは睦美が優勢。勝敗を分けるのはどっちの集中力が先に切れるかだね。ご主人の言う通り長期戦になるだろうから、集中力を欠けばどっちも大ダメージを負う可能性があるよ。今の内に引き分けってことで止めた方が良いんじゃないかな』


「茂、そういうことだ」


「了解。この勝負そこまで! 引き分けとします!」


 茂は藍大とリルの意見を聞き入れて模擬戦の終了を告げた。


「私はまだ戦えます」


「私だって戦えます」


「藍大とリルの指示です!」


「「わかりました」」


 茂が藍大とリルの名前を出したことで真奈と睦美はおとなしく従った。


 真奈はリルに嫌われたくないから言うことを聞くし、睦美は崇拝する藍大の言うことに従った。


 そうなるだろうと思って藍大とリルの名前を出した茂は策士に違いない。


 1階では既にガルフとヴァーチェがそれぞれ<人従一体アズワン>と<着脱自在デタッチャブル>を解除しており、真奈と睦美が握手を交わしていた。


「良い勝負でした」


「楽しい勝負でした」


 (少年漫画みたいな展開になってるじゃん)


 いつの間にか真奈と睦美に友情が芽生えているのを見て藍大は苦笑した。

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