第438話 シャングリラって聖地だったんですか?

 3月12日の日曜日、シャングリラ102号室に客人が来ることになっていた。


 その客はリルとリュカにとって歓迎できない者だったため、どちらも藍大の傍でプルプルと震えている。


「よしよし。リルもリュカも良い子だ。大丈夫。怖くないぞ」


「「クゥ~ン」」


 今日のリュカは狼形態なのでリルのお姉さんと言われても納得できる大きさだ。


 リルもリュカも藍大に頭を撫でられて落ち着きを取り戻して来た。


 そんな時、リルがピクッと反応した。


『き、来ちゃった』


 リルがそう言った瞬間にピンポーンとインターホンが鳴る。


 玄関のドアの最も近かったゼルが客人を迎え入れ、その人物は家の中に入りながら元気に挨拶した。


「こんにちは! リル君、私が会いに来たよ~!」


 そう、客人とは向付後狼むつごろうさんこと赤星真奈だ。


『「こんにちは」』


 リルもリュカも礼儀正しい従魔なのでどんなに警戒していても挨拶は欠かさない。


「こんにちは。わざわざ来なくても電話で良かったんじゃないですか?」


「何言ってるんですか逢魔さん! それじゃ私がリル君と会えないじゃないですか! しかも、今日はリュカちゃんもいます! 今日はお祝いですね!」


「一旦落ち着きましょうか。どうぞ座って下さい」


 藍大は最初に真奈を落ち着かせることから始めた。


 舞が藍大と真奈の分だけコーヒーを出してから優月とユノの遊び相手に戻る。


 コーヒーを一口飲んだ藍大は真奈が落ち着いたのを見て話しかけた。


「今日はどうしたんですか? わざわざ会って話したいことがあるだなんて」


「逢魔さんに是非とも意見を伺いたい話があるんです。この分野では逢魔さんが第一人者ですから」


「どの分野でしょう?」


「ダンジョンの改築です」


 (それはブラドの方が適任じゃね?)


 藍大は真奈の発言に自分よりもブラドの方が適任ではないかと思った。


 従魔の手柄は主人の手柄だからあながち間違いではないけれど、藍大にとって従魔は家族だから家族の手柄を横取りするようで気が引けるのだ。


「第一人者かどうかはわかりませんが、ブラドの相談に乗って道場ダンジョンと多摩センターダンジョンは改築しましたね」


「第一人者ですよ。道場ダンジョンも多摩センターダンジョンも改築した後に探索する冒険者の数が増えてるんですから」


 道場ダンジョンはワイバーン攻略者が9階と10階に挑むようになった。


 9階は素材が高値で取引されており、10階も覚醒の丸薬の素材に加えて美味しい食材になるモンスターが出て来る。


 特に10階の覚醒の丸薬の素材モンスターは狩った後、”レッドスター”と”グリーンバレー”が覚醒の丸薬を海外に輸出するために買い取っているから大人気だ。


 もっとも、安定してたくさん倒せる者の数が限られているからどちらのクランもまだ大量に輸出できる程の覚醒の丸薬を創れる程ではない。


 多摩センターダンジョンはクレタブルを倒せた冒険者達が挑み始め、その難易度に苦戦しつつも絶対に踏破してやると気合の入った冒険者が全国から徐々に集まって来ていた。


 道場ダンジョンと多摩センターダンジョンに冒険者が集まったことにより、経済効果も無視できない影響が出ている。


 藍大の住む川崎市と多摩センターダンジョンのある多摩市は経済的に潤っていたりする。


 以上の実績から真奈は藍大をダンジョン改築の第一人者だと考えている。


「私が第一人者かどうかはさておき、真奈さんには町田ダンジョンを改築する予定があるんですか?」


「その通りです。私は町田をシャングリラと同じようにモフラーの聖地にしようと思いまして」


「シャングリラって聖地だったんですか?」


「何を言ってるんですか。最初のモフモフ従魔リル君がいるだけでシャングリラはモフラーの聖地ですよ」


『ご主人・・・』


「よしよし。大丈夫だ。俺がリルをモフラーからちゃんと守ってやるから」


「クゥ~ン♪」


 リルが不安そうな表情で見上げるものだから、藍大はリルの頭を優しく撫でた。


 リルが嬉しそうに鳴いてるのを見てリュカが自分のことも守ってくれるよねと目で訴えるので、藍大は当然だとリュカの頭も撫でた。


「私もモフりたくなってきました。【召喚サモン:ガルフ】」


 真奈は藍大がリルとリュカを撫でているのを見せつけられたことにより、自分もモフりたい衝動に駆られたらしい。


 すぐにガルフを召喚してガルフが身構えるよりも先にモフり出した。


「クゥ~ン・・・」


 ガルフは何があったのかわからなかったけれど、とりあえず自分がモフられていることだけ理解して諦めておとなしくモフられていた。


 モフモフタイムが終わって藍大達は本題に戻った。


「町田ダンジョンを町田がモフラーの聖地になるきっかけにしたいってことですよね?」


「その通りです。チュチュに頼めばすぐに町田ダンジョンは改築できるんですが、どこまで手を付けるか悩んでるんです。モンスターだけで良いのか、内装もいじった方が良いのか悩みます」


「ブラド~、集合」


「うむ。そろそろ呼ばれると思っておったぞ」


 藍大はブラドが会話に混ざりたそうにしているのを視界の端に捉えていたので、今がブラドをこの話し合いに巻き込むチャンスだと思って呼んだ。


 ブラドは待ってましたとすぐに藍大の隣の席に座った。


「ブラドさんも協力してくれるんですか?」


「近場のダンジョンで考えなしに好き勝手されるのは困るのでな。吾輩も少し手を貸してやろうではないか」


「・・・前から思ってましたけどぬいぐるみの見た目だと偉そうにしても可愛いだけですよね。モフりたくなります」


「ま、待つのだ! 吾輩にこれ以上天敵は不要なのだ!」


 ブラドの天敵とは舞のことである。


 なんだかんだで抱き着かれてしまうからブラドは舞を警戒しているのだが、今ここに新たな天敵が誕生しそうで本気でビビっていた。


 思わず藍大の背後に隠れるぐらいにはビビっており、ブラドはリルとリュカの恐怖をその身に感じた。


『ブラド、わかった? これが天敵の恐怖なんだよ』


「うむ。よくわかった。向付後狼さんは危険である」


 リルとブラドが更に仲良くなった瞬間だった。


 これ以上脱線されると話が全く進まなくなるから藍大は真奈に注意する。


「真奈さん、話を進めたいので余計なちょっかいをかけないで下さい」


「失礼しました。では、私のダンジョン改築案を聞いていただけますか?」


「聞きましょう」


 藍大が聞く体勢になると真奈は自分が事前に考えて来た改築案を説明し始めた。


「まずはモンスターの配置についてですが、6階のボス部屋フロアを中ボスのフロアにします。その中ボスはオルトロスを配置しようと考えてます」


 (懐かしい。そいつなら月曜日に地下5階で雑魚モブやってるぞ)


 藍大は真奈が中ボスに指定したモンスターの名前を聞いて懐かしさを感じた。


『オルトロスかぁ。ちょっと癖のあるお肉だったよね』


「主君ならば癖を消して美味しくしてくれるから問題ないぞ」


 真奈を警戒していたとしても、リルもブラドも食事に関わる話題だと普通に会話に加わる。


 リュカは真奈を警戒して黙ったまま藍大にぴったりくっついている。


「逢魔さん、オルトロスを倒したことがあるんでしたっけ?」


「シャングリラダンジョンで雑魚モブモンスターとして出現する階層があるんですよ」


雑魚モブモンスター・・・ですと・・・」


 中ボスにしようとしていたモンスターがシャングリラでは雑魚モブモンスター扱いされていれば、真奈だって衝撃を受けないはずがない。


 藍大は質問される前に先に話した。


「その階層の”掃除屋”がライカンスロープでフロアボスがケルベロスでした」


「ライカンスロープと言えばリュカちゃんの進化前の種族ですよね。そっちもありですね」


「貯めてあるDPと相談して下さいね? 6階の中ボスに力を入れ過ぎて7階より上の階層がショボいのは悲しいですから」


「その通りですね。でも安心して下さい。DPならありますよ。これまで無駄遣いしてませんでしたから」


 チュチュは喋れないが賢いので、DPを無駄遣いしないようにと真奈に注意されればちゃんとその指示に従う。


 指示に背けばお仕置きと称してハードにモフられてしまうとわかっているため、チュチュは真奈の言いつけをきっちり守っているのだ。


 言いつけをきっちり守ってトラブルさえ発生しなければ、チュチュはガルフ達がモフモフされている間にボス部屋でダラダラしていられる。


 チュチュは真奈の従魔の中でも特に要領が良かった。


 町田をモフラーの聖地化させる話し合いはまだまだ続く。

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