第437話 無視したな!? アスタのポージングを無視したな!?

 藍大にテストプレイを頼まれた日の午後、司と健太、マージ、アスタは多摩センターダンジョンにやって来た。


「未亜や麗奈達も来ればよかったのになー」


「しょうがないよ。マディドールの泥が切れるならそっち優先するって。遥さんも使うんでしょ?」


「まあな。うちのクランの女性陣は美容に困らんから良いよな」


「そうだね」


 今日は土曜日であり、ストックしていたマディドールの泥がそろそろなくなりそうだったから女性陣はシャングリラダンジョンの1階でマディドールを乱獲している。


 それゆえ、多摩センターダンジョンのテストプレイをするのは司達男性陣だけになった。


 ちなみに、パンドラは性別がないので女性陣には該当しないが、<保管庫ストレージ>にマディドールの泥を収納する役目があるから司達に同行できなかった。


「今日は男だけだし気楽に行こうぜ」


「そうだね! だけだもんね!」


 司は健太に男扱いされて嬉しそうに男であることを強調した。


 1月の国際会議の後に二つ名がセタンタに変わったが、クランの猛犬と呼ぶには司が可愛過ぎてクー・フーリンの幼名が二つ名になった。


 そのせいでセタンタ以外にも楽園の愛犬と掲示板で呼ばれたりしており、二つ名から感じる男らしさが半減していたのだ。


 余談だが、リルは愛くるしいが魔王様の神狼だから愛犬には該当しないというのが掲示板の通説である。


 それはさておき、司達は多摩センターダンジョンの6階に移動した。


「司よ、早速敵がお出迎えのようだぞ」


 マージが視線を向けた先には青白い鹿と角が茨になっている茶色い鹿の混成集団がいた。


 前者がミスティックホーンで後者がソーンディアーだ。


 ミスティックホーン達は角を光らせて司達のいる場所に向けて口から霧を吐き出した。


「アスタ、霧を吹き飛ばせ!」


「任せろ!」


 健太がアスタに指示を出すと、アスタは自信満々に応じてから大きく息を吸い込んで勢いをつけて吐き出した。


 アビリティを使わない肺活量頼みの力技だったけれど、日々体を鍛えているアスタの肺活量はすさまじくてミスティックホーン達の吐き出した霧は通路の奥へと吹き飛ばされた。


 霧に包まれて司達が混乱するのに乗じてソーンディアーが突撃する作戦だったらしく、その作戦が崩されてどのミスティックホーンもソーンディアーも驚いて足が止まってしまった。


「攻撃開始!」


「おう!」


「うむ!」


 司はヴォルカニックスピアを投擲し、健太はケルブコッファーからエネルギー弾を発射した。


 マージは<紫雷光線サンダーレーザー>で何体かまとめて仕留めていく。


 シャングリラダンジョン地下10階を踏破できる実力の持ち主の攻撃を受ければ、ミスティックホーンもソーンディアーもとてもではないが耐えきれない。


 決着はあっさりとついた。


「まさかアスタの吐息で霧を吹き飛ばすなんてね」


「アスタならやれると思ったんだ。やっぱりアスタならこれぐらい余裕だったぜ」


「問題ない」


 健太に訊かれてアスタはフロントラットスプレッドを披露しながら応じた。


「デカいよ! 他が見えない!」


「・・・パンドラがいないからツッコみは僕がやらなきゃいけないのか」


 ポージングするアスタに健太が声援を送るのを見て、司は自分が今日のツッコミ役なのだと気づいて顔が引き攣った。


 とりあえずマージと協力して倒したモンスター達を解体し、収納袋の中にどんどん突っ込んだ。


 言うまでもなく現実逃避である。


 その後も通路を進んで行く途中で何度かミスティックホーンとソーンディアーと対峙したが、アスタが敵の基本戦術を崩してくれるので司達は苦労せずに倒せた。


 広間までスイスイ進んだところ、司達を前半分が鹿で後ろ半分が馬の合成獣が待ち構えていた。


 ”掃除屋”のヒッポセルフだ。


「セロォォォン!」


 ヒッポセルフは司達を見ると特に考えることなく突進した。


「アスタ!」


「Oh, yeah!」


 アスタは手に持っていたケルブアックスを手放して両腕でヒッポセルフの角を掴み、ヒッポセルフの突進を止めてみせた。


「セロォン!?」


 自分の突進が止められるとは夢にも思っていなかったようで、ヒッポセルフは目を見開いた。


 しかし、ただ止められているようでは”掃除屋”は務まらない。


 ヒッポセルフは<落雷サンダーボルト>を発動しようとした。


「無駄だ!」


 アスタはヒッポセルフが突進とは別の攻撃に出ようとしたことを察知し、ヒッポセルフを角から持ち上げて<剛力投擲メガトンスロー>でジャイアントスイングした。


「セロォォォン!?」


 これにはヒッポセルフも狙いが定まらずに<落雷サンダーボルト>を発動できず、思い切り投げられて背中を地面に打ち付けた。


「マージ、ヒッポセルフを取り押さえて」


「造作もない」


 マージは司に言われて<影縛シャドウボンド>でヒッポセルフの動きを封じた。


 それにより、ヒッポセルフは起き上がろうとしても自由に体を動かせずにいる。


「アスタさん、やっておしまいなさい」


「ヒャッハー!」


 アスタはケルブアックスを掴みながら戦闘モードの舞のような声を発して駆け出した。


 そして、<体圧潰ボディプレス>でダメージを与えて弱らせてから<剛力斬撃メガトンスラッシュ>でヒッポセルフの首を刎ねた。


 ヒッポセルフを相手にマージとアスタだけで倒してしまったのである。


「”掃除屋”なのに一方的だったね」


「しょうがないさ。マージとアスタのコンビがヒッポセルフと相性良かったんだから」


「それは言えてるかも」


 今の戦いはヒッポセルフが最初に突進せず、魔法系アビリティから攻撃を始めていれば流れは違っただろう。


 特に何も考えずに<剛力突撃メガトンブリッツ>を発動したせいでアスタに力負けし、マージに反撃のチャンスを潰されてアスタに一気に勝負を決められた。


 これではサクラに馬鹿と評価されても仕方のないことだろう。


 倒したヒッポセルフの解体を終え、司はマージにその魔石を与えた。


「はい、魔石だよ。今度はマージにあげる番だよね」


「いただこう」


 マージは司から魔石を受け取ってそれを飲み込んだ。


 その直後、マージの羽が魔石を飲み込む前よりも美しく手入れされたものへと変わった。


「フワフワしてそう。触っても良い?」


「少しだけなら構わない」


「ありがとう!」


 そう言って笑顔になる司は可愛かったので、不要なスキンシップは避ける傾向にあるマージも少しだけ頬が緩んでいた。


 マージの強化が終わって先に進んで行くと、司達はボス部屋の扉を視界に捉えた。


 マージが扉を開けたところで待っていたのは緑色に光る鹿だった。


 これが6階のフロアボスになったケリュネディアーである。


「・・・フン」


「なあ司、今あいつに馬鹿にされたよな?」


「僕もそんな風に感じた」


 ケリュネディアーが自分達を見て鼻で笑ったため、健太も司もムッとした表情になった。


 初対面で馬鹿にされればムカつくのも当然だろう。


 それでも司達は簡単に挑発には乗らない。


 藍大から聞いた話ではケリュネディアーはLv90であり、決して弱いモンスターではないからだ。


「アスタ、思う存分ポーズを披露すると良い」


「OK!」


 アスタは<挑発体位タウントポーズ>でサイドチェスト、モストマスキュラー、アブドミナルアンドサイを立て続けに披露した。


 ところが、ケリュネディアーはアスタのポーズに微塵も興味もなかったのか全く視界に入れずに室内で逃げ始めた。


「無視したな!? アスタのポージングを無視したな!?」


「どこにキレてるのさ。落ち着きなよ」


 健太がキレている理由を知って司はちょっと待てとツッコんだ。


 挑発するつもりが挑発されてどうするんだと健太も思い直して落ち着きを取り戻した。


「俺が追い込むから司とマージでダメージを稼いでくれ」


「了解」


「馬鹿にすんじゃねえぞ鹿ぁぁぁぁぁ!」


 健太はケリュネディアーを追い込むべく岩の刃を連射する。


「フン」


 そんなもの当たる訳ないだろうとケリュネディアーは鼻で笑いながら逃走を続ける。


「司よ、奴の捕縛は任せてほしい。先程会得したアビリティを使いたい」


「そっか。それなら任せるよ」


「うむ」


 司はマージができるという言葉を信じて任せることにした。


 マージはケリュネディアーが健太の攻撃速度を見極めておちょくり出したのをチャンスと捉え、一瞬止まった瞬間を狙って<影沼シャドウスワンプ>を発動した。


 <影沼シャドウスワンプ>は先程マージが魔石を飲み込んだことで<影縛シャドウボンド>が上書きされたアビリティだ。


 効果範囲が広がっただけではなく、影を沼のように変質させてその上に立った者を沼に引き摺り込んで動きを封じる効果がある。


 ケリュネディアーは一瞬で<影沼シャドウスワンプ>の効果範囲外に脱出することができず、あっけなく影の沼に足を取られてしまった。


「ナイスだよマージ」


 司はマージに声をかけてからケルブスピアをケリュネディアーに投擲し、刺さったと思ったら手元に戻してまた投擲するのを繰り返した。


 ヴォルカニックスピアではケリュネディアーの素材を必要以上に駄目にしてしまいそうだったので、司はマージがケリュネディアーを捕まえる間に武器を交換していたのだ。


 素早く動けないケリュネディアーはただの的に成り下がり、HPを全損してピクリとも動かなくなった。


「アスタ、仇は取ったぞ!」


「いや、アスタは死んでないからね? ポージングを無視されただけだから」


 司は健太に冷静にツッコミを入れた。


 それから、ケリュネディアーを解体して収納袋に入れて魔石はアスタに与えられ、6階の探索を終えた司達はダンジョンを脱出して帰宅した。

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