第433話 聖女って儲かるんだね

 昼休みが終わって国際会議参加者達は大会議室に集まった。


 今から行われるのはオークションである。


 出品は参加国ならどこでも可能と国際会議開催前から告知していたが、日本以外に出品する国はなかった。


 この事実だけでも貴重なアイテムや武器、防具を出品する余裕がある国はないという証明となる。


 逆に言えば、日本は他国に対して有用なアイテム等を売っても問題ないぐらいには余裕があることを証明した。


 それがA国のプライドに傷をつけるのだが、難癖を付けて競りに参加できなくなるのは困るからA国は何も言えずにいる。


 今日のオークションの進行は志保ではなく茂が担当する。


 これは茂が三次覚醒した鑑定士だからだ。


 嘘も偽装も見抜ける茂が進行するならば、茂が嘘をつかない限り販売予定の品に偽物が紛れることはあり得ない。


 前回の国際会議に参加した者達は茂に自身が人間であると証明してもらった者もいたため、茂をどこの馬の骨だと文句を言い出す者はいなかった。


 仮に茂にはオークショニアを任せる実力がないと騒いだ場合、自身を人間だと鑑定してくれたこともその結果が覆される可能性があるからである。


 志保は今日出品される物のリストに事前に目を通しており、どの国が何を買うかオークションを見守る予定だ。


 司とパンドラも基本的にオークションを見守るだけの予定だが、万が一茂に襲い掛かる者がいたら迅速に無力化するよう志保と茂に依頼されている。


 もしもの時の護衛の役割があることから、司は月見商店街で開いたオークションの時とは違ってチャイナ服を着ていない。


 オークションの品を茂の所に移動させるのは日本のDMUの探索班のメンバーである。


 オークションの開始時刻になったのを確認してから茂がマイクをオンにした。


「定刻になりましたので、ただいまよりオークションを開催します。私が本日のオークショニアを務めるDMUビジネスコーディネーション部長の芹江茂です。どうぞよろしくお願いいたします」


 茂の挨拶に参加国の代表達は拍手で応じた。


「それでは、このまま今日のオークションのルールを説明させていただきます。守ってもらいたいルールは7つです」


 茂は拍手が止んでからオークションのルールについて以下の通り説明した。



 ・場内外を問わず強奪の禁止

 ・参加者同士の同意のない金銭の貸し借りは禁止

 ・国際関係を利用した圧力の禁止

 ・競売の進行を妨げる大声での会話の禁止

 ・参加者は挙手して金額を宣言すること

 ・宣言は10万円単位で行うこと

 ・トラブルを起こして運営を邪魔した国は購入権を失うこと



 今日のオークションで注目すべき点は2つある。


 他国への転売や譲渡が許されている点と通貨の単位が日本円である点だ。


 ”楽園の守り人”が月見商店街でオークションを開催した時は転売や譲渡を一部例外を除いて禁止したが、今日のオークションではそれを禁止しなかった。


 何故なら、禁止したところで強制力がなく、出品された物が国家間のパワーバランスを揺るがす訳ではないからである。


 通貨の単位が日本円になった理由は開催する日本側が各国の通貨を日本円に換算する手間を省くためだ。


 これは出品の締め切りを過ぎてもどの参加国も出品しないと判明したことで決まった。


 ここまでの説明で誰からも質問が出なかったため、茂は早速1つ目の商品を紹介することにした。


「最初に紹介するのは”楽園の守り人”に所属するゴッドハンドが作った即効性の育毛剤です。こちらは以前、左の写真のスキンヘッドの男性冒険者が購入して使ったところ、右の写真のようにフサフサになりました」


 茂がスキンヘッドの男性のビフォーアフターをスクリーンで投影すると、R国とE国のDMU本部長の目が光った。


 どちらも男性で薄毛に悩む年頃だからだろう。


 茂も2人の目が狩人のそれになったことに気づいてすぐに案内を開始する。


「この育毛剤は100gで100万円からスタートします」


『1,000万!』


『2,000万!』


『ぐぬっ・・・』


 最初に1,000万円と宣言したのがE国のDMU本部長であり、次に2,000万と宣言したのがR国のDMU本部長だった。


 E国のDMU本部長は最初に飛ばしたつもりだったようだが、R国のDMU本部長がそれを鼻で笑うかのように倍額で宣言したことで唸った。


 DMU本部長だからと言ってDMUの予算を私物の購入に使って良いはずがない。


 この2人のポケットマネー勝負はR国のDMU本部長に軍配が上がった。


「2,000万円でR国が落札です。おめでとうございます」


 茂が拍手するのに続いて会場内で拍手が起こった。


 会場内が静かになったタイミングで茂が次の商品の紹介に移る。


「次の商品は日本のDMUが誇る職人班が作成したオファニムシリーズの武器です。まずは弓からご紹介します。放った矢が命中すると、相手に状態異常耐性がなければ麻痺します。300万円からスタートです」


『600万!』


『650万!』


『700万!』


『750万!』


『1,000万!』


 挙手して1,000万円と宣言したのはシンシアだった。


 昨晩シャングリラを訪問して藍大から貰った情報の通り、自分にとって使えそうな武器が出品されたので彼女はこの後の商品なんてどうでも良いから競り落とすつもりで声を張り上げた。


 他の参加者達の中にはまだ出せるという者もいたが、この後にもまだ魅力的な商品が出て来るだろうと判断してシンシア以上の金額を宣言する者が現れなかった。


「おめでとうございます。CN国が1,000万円で落札です」


 会場内でシンシアに向けて拍手が鳴り響く。


 その後、オファニムシリーズの紹介は剣や戦槌ウォーハンマー、盾と続いてキャサリン、D国の冒険者、F国の冒険者がそれぞれ競り落とした。


 ここからは三原色クランのグループ会社が作成した武器や防具が紹介された。


 どの国も日本の優れた武器や防具を1つでも競り落とそうと躍起になり、オークションは白熱した。


 競り合いに負けても1回も買い取れない国はなく、どの国も欲しいと思った物を購入して懐具合が心配になったところでいよいよ藍大がソフィアに存在を教えたあれが登場する。


「最後の商品ですが、同じく”楽園の守り人”から貰ったデータを基に作られた人工のライフケトルです。このケトルで沸騰させた水が4級ポーションに変わります」


 その瞬間、どこの国も目の色が変わった。


 スタンピードが起きればポーションの供給は不安定になる今、オリジナルの劣化版とはいえただの水が4級ポーションになるアイテムが欲しくない国はないのだ。


 R国のDMU本部長は苦虫を嚙み潰したような表情になったが、立ち上がってオリジナルのライフケトルを返せと抗議すればオークションの運営を邪魔した国は購入権を失ってしまうことを思い出した。


 それもあって彼は茂を親の仇でも見るように睨むが、ラウムを日本に追いやったことを認める訳にもいかないので結局何もできなかった。


 こんなことなら潔く自国の過ちを認めて賠償金込みで多めに払って買い戻せば良かったと思ってももう遅い。


 茂はこれがラストだとR国のDMU本部長の気合を入れて案内を開始する。


「この商品は1,000万円からスタートします」


『1,500万!』


『1,800万!』


『2,000万!』


『2,300万!』


『2,500万!』


『3,500万!』


 3,500万円と宣言したのはソフィアだった。


 ソフィアは人工ライフケトルが紹介されるまでの間、どの商品にも手を上げることなくじっと狙った獲物が来るのを静かに待っていた。


 いきなり前の金額から1,000万円も上がってしまえば、今までの商品で懐が心許ない他の参加者達はこれ以上購入金額を上げられはしなかった。


 茂はしばらくソフィア以外の参加者が勝負を持ち掛けるか待ってみたものの、誰も3,500万円を超える金額を宣言する者はいなかったので口を開く。


「人工ライフケトルはI国が3,500万円で落札です。おめでとうございます」


 茂が拍手して司と志保、I国のDMU本部長がそれに続き、次第にその他の参加者達も拍手した。


「聖女って儲かるんだね」


 拍手が会場に鳴り響く中、パンドラはポツリと呟いた。


 その声はパンドラを肩に乗せた司にしか聞こえておらず、司はその発言に苦笑した。


 それから、各国の参加者達が順番に購入代金を支払って競り落とした商品を受け取り、残るプログラムは2日目の懇親会のみとなった。

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