第432話 違うだろ!? ツカサは可愛らしいからセタンタだろ!

 国際会議2日目は朝から訓練室で模擬戦が行われる。


 1日目の頭を使うプログラムよりも今日の模擬戦の方が参加している冒険者達にとっては楽しみだっただろう。


 各国DMUの本部長にとってもこの模擬戦は国の優劣を決める大事な戦いだから、日本が藍大を出さないことはチャンスだと思っている。


 藍大と戦うことになれば、前回E国のランスロットが無様な姿を二度も晒してしまったように自国の冒険者がこっぴどくやられると考えていたのだ。


 ところが、国際会議には藍大の姿がなく代理の司とパンドラの姿しかないので各国ともボコボコにされることはないと楽観的になっている。


 余談だが、I国は冒険者枠がソフィアなので模擬戦に参加しない。


 実戦経験のないソフィアが戦って再起不能になったら困るので、I国のDMU本部長がソフィアを戦わせる訳ないだろう。


 それはさておき、模擬戦の組み合わせをどうするかという点でA国とC国、R国の冒険者が司との模擬戦を希望した。


『ツカサと戦わせてほしい』


『日本と戦いたい』


『日本の実力を知りたい』


 CN国とE国、D国、F国は特に対戦相手に希望はなかったが、3つの大国の冒険者はいずれも司との模擬戦を希望している。


 ミスタが司と戦いたいのは司に勝って今夜こそダンスで一緒に踊ってもらおうと考えているからだ。


 C国とR国は藍大のいない間に日本に勝った実績が欲しいというところである。


 それらの意図を把握したパンドラが解決策を提示した。


「全員司と戦えば良いよ。司と僕がいれば連戦だって余裕だし」


 この言葉にミスタ達の中でイラっと来ない者はいない。


 舐めていた相手から舐められれば、流石のミスタも馬鹿にするなと言いたくなるし、C国とR国の冒険者に関して言えば額に血管を浮かび上がらせていた。


 結果的にR国、C国、A国の順番で司とパンドラペアが戦うことになった。


 戦う順番は籤引きだからどの国からも文句は出なかった。


 司とパンドラ、R国の冒険者が1階に降りて向かい合う。


『舐めた口を利きやがって。実力の差をわからせてやる』


「フッ」


「ねえパンドラ、煽り過ぎじゃないかな?」


「司、強そうな二つ名を手に入れたいんでしょ? 僕の用意した舞台で実力を発揮したらどうなると思う?」


「・・・うん、頑張ろう」


 司はパンドラが自分のためにこの場を用意してくれたと気づいて気合を入れた。


 R国の冒険者は大剣を担いだ大男の剣士だった。


 模擬戦の審判は日本のDMUの探索班から1人用意されている。


「模擬戦第一試合、始め!」


『オラオラオラァ!』


 R国の剣士は大剣をブンブン振り回して斬撃を飛ばす。


「司、援護は必要?」


「この程度なら大丈夫」


「だと思った」


 パンドラは一応司に訊ねたけれど、司の回答が予想通りだったので驚かずにそれを受け入れた。


 司は斬撃を軽々と躱しながらR国の剣士に接近してヴォルカニックスピアで突く。


『チッ、速い』


「え?」


 自分としてはまだまだ準備運動ぐらいの気持ちだったにもかかわらず、R国の剣士がどうにか大剣を体の前に持って来て躱せた雰囲気を出すものだから司は驚いた。


『キェェェェェ!』


「遅い」


 R国の剣士の振り下ろしに対して司は自身の体を横に回転させて躱す。


 その回転による遠心力を乗せた横薙ぎがR国の剣士の脇腹にクリーンヒットした。


「ぐはっ」


「おしまい」


 倒れて動かないR国の剣士の首筋に司がヴォルカニックスピアの穂先を突き付ければ審判がストップをかける。


「そこまで! 第一試合、勝者は日本の広瀬司!」


『なんということだ!? 東洋の魔王じゃないのにあの強さだと!?』


『従魔の力を借りずにR国の冒険者を無力化した!?』


『見た目があんなに可愛らしいのに強いぞ!』


 2階から聞こえて来る声に司はムッとした表情になった。


「可愛いは余計だってば」


「まあまあ。良い感じにダークホースとして認識されてるから我慢して」


 そんなやり取りをしていると、R国の冒険者が運び出されてその代わりにC国の冒険者が2階から飛び降りて来た。


「私の名は」


「そーいうのいらない。審判、開始の合図をお願い」


 パンドラがC国の拳闘士の名乗る流れに被せて審判に開始の合図を求める。


 どうせすぐ倒すんだからと思って名乗りを遮ったのだ。


「模擬戦第二試合、始め!」


『C国4千年の歴史を馬鹿にするな!』


 C国の拳闘士は身体強化してから司とパンドラの周りをグルグルと走り出す。


 緩急をつけて走ることで残像を生み出し、司とパンドラの隙を伺っているようだ。


「司、こいつ鬱陶しいから僕が動きを封じる」


「わかった」


 パンドラはうんざりした様子で<停止ストップ>を発動した。


 Lv100のパンドラからすれば、C国の拳闘士が残像を生み出そうがしっかり本体を捉えているので<停止ストップ>を命中させることは容易い。


「司、やっちゃって」


「うん」


 司はパンドラが動きを止めたC国の拳闘士の体にヴォルカニックスピアの石突を当てて仰向けに倒した。


 それを見て審判が口を開く。


「そこまで! 第二試合、勝者は日本の広瀬司!」


『冗談だろ!? 麒麟僧正の弟子がこうもあっさり!?』


『あの槍士だけじゃない! 従魔も恐ろしい力を秘めてるぞ!』


『見た目が可愛いのになんて強さだ!』


『R国もC国もざまあねえな!』


『聞き捨てならん! A国もどうせ瞬殺される運命だ!』


『1階に降りろ! 貴様と直接戦ってやる!』


『上等だコラ!』


 最初は各国のDMU本部長が純粋に驚いているだけだったが、パトリックがR国とC国を馬鹿にしたせいでR国の本部長と浩然がキレた。


 浩然はパトリックと直接戦ってやると言い出してパトリックもそれに乗る始末だ。


 武闘派のDMU本部長2人が今にも衝突しそうだという時、パンドラがやれやれと首を振ってパトリックと浩然、R国のDMU本部長に<停止ストップ>を発動した。


「グダグダやってないで次の人来て」


 今までのパンドラのやり方を見てミスタは1階に降りたくなくなった。


 R国もC国もあっさりとやられてしまい、自分よりも強いパトリックや浩然まで無力化されればそれも当然である。


 それに加え、ミスタは前回の国際会議の模擬戦の話を思い出した。


 E国のランスロットが負けたのはどちらも藍大の従魔であるサクラとリルだ。


 既に勝ち目はほとんどないと思っており、パンドラに対抗できる手段を持ち合わせていないミスタはどうにか無様な姿だけを見せたくないと必死に頭を回転させた。


 そして、自分にも善戦できそうなやり方を閃いた。


 早速ミスタは1階に降りてから司に提案した。


『ツカサ、1つ模擬戦の方法について提案したい』


「なんでしょうか?」


『俺は防壁に自信がある。君の攻撃を防げたら俺の勝ち。君の攻撃を防げなかったら俺の負けの1回勝負でどうだろう?』


「別に構いませんよ」


『Yes! Yes! Yes!』


 ミスタはこれならまだ勝ち目があると奮起して自分の正面にMPを込めた防壁を展開した。


 これだけでミスタは自身のMPのほとんどを使い果たしてしまい、もう一度同じ壁を作れと言われてもすぐにはできない程の疲労が溜まっている。


「模擬戦第三試合、始め!」


 審判が合図を出した直後にミスタは叫ぶ。


『本気で来い!』


 ミスタの言葉を受けて司はパンドラに相談する。


「パンドラ、どう思う? 本気でやって大丈夫かな?」


「良いんじゃない? あっちだって自分の得意なフィールドを選んだんだから」


「そっか」


 作戦タイムを手短に終わらせると、司はヴォルカニックスピアを全力で防壁に向かって投擲した。


 シャングリラダンジョン地下10階でも通用する司の投擲は、いとも容易くミスタの展開した防壁を貫通してミスタに迫る。


『ひぃっ!?』


 その瞬間、司がヴォルカニックスピアを手元に戻したおかげでミスタは肉体的にはノーダメージで済んだ。


 だが、あと少しでも司が手元にヴォルカニックスピアを戻すタイミングが遅ければ死んでいたと察したミスタは失禁していた。


「そこまで! 第三試合、勝者は日本の広瀬司!」


『あの貫通力はなんだ!? ゲイボルグか!?』


『ならば使用者はクー・フーリンとでも言うのか!?』


『違うだろ!? ツカサは可愛らしいからセタンタだろ!』


 最後の1人だけ自分の趣味で司の二つ名を誘導しようとしているが、それでも模擬戦第三試合この勝負がこの場にいた者達に与えた影響はすごかった。


「これなら司の二つ名も変わるんじゃないかな」


「そうだね。そんな流れが来てる。協力してくれてありがとね、パンドラ」


「どういたしまして」


 ミスタの粗相の後処理や訓練室の掃除が終わった後、残った冒険者達が模擬戦をやる空気ではなくなってしまったので模擬戦を終了してそのまま昼休みとなった。

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