第431話 主にお触りするのは認めてない

 国際会議1日目が終わった日の夜、エルがシャングリラ102号室のインターホンを押して藍大を呼び出した。


「どうしたんだエル?」


『西洋の聖女と仕事人がボスを訊ねて来ました。いかがいたしましょうか?』


 (あの2人って国際会議に参加してるんじゃないの?)


 茂から貰った情報ではエルが告げた2人は国際会議に参加しているため、本来であるならば今頃懇親会に参加しているはずである。


 その2人が自分を訊ねて来たとなれば驚くのも無理はない。


「本人かどうか確認しないとな。シャングリラの中に入れるかどうかはそれからだ。リル、ちょっと来てくれ」


『は~い』


 ドライザーとエルは鑑定効果のあるアビリティを持ち合わせていない。


 それゆえ、藍大は<大賢者マーリン>を会得しているリルを呼んだのだ。


「リル、西洋の聖女と仕事人がここに来てるらしい。結界でもそう判定が出てるけど一緒にいるか?」


『・・・この寒気は天敵2号だったんだね。天敵センサーにゾワっとする反応があるんだよ』


「よしよし。怖くないぞ。俺が一緒にいるからな」


「クゥ~ン」


 仕事人シンシアと聞いて天敵センサーが作動してリルがプルプルと震え出したから、藍大はリルを安心させるべくその頭を優しく撫でてあげた。


 リルが落ち着きを取り戻して覚悟を決めてから藍大達はシャングリラの玄関で待つソフィアとシンシアの所に移動した。


 結界の判定結果と藍大のモンスター図鑑にも映らなかっことで本人だと判定し、藍大は2人をシャングリラの102号室に招き入れた。


 お付きの人もおらず、本当にソフィアとシンシアの2人だけで来たようだった。


 通訳代わりに翻訳機能付きイヤホンを装着していた藍大の選択は正解のようだ。


『お久し振りですね、ランタ』


「ソフィアさん、お久し振りです。ディオンさんも」


『うむ。久し振りだな。そして、会いたかったぞリル!』


『僕は会いたくなかったよ』


『なん・・・だと・・・』


 リルに首をプイと横に向けられればシンシアは見るからに落ち込んだ。


 可愛そうなんて思ってはいけない。


 モフラーは気を許した瞬間にモフり出すので、リルは藍大の膝の上で警戒態勢のままだ。


「今は懇親会の時間ですよね。ソフィアさんとディオンさんはどうしてここに来たんですか?」


『私はランタにお願いがあって来ました』


『私はソフィアがホテルを抜け出したのを見てついて来た。リルに会えたから私の用事は終わったぞ』


 (モフラーはマジでブレねえな。リルが怯えちゃってるじゃんか)


 リルがご主人助けてと上目遣いで藍大を見るものだから、藍大は優しくリルの頭を撫でてリルがリラックスできるようにする。


 藍大だけでは心配と同席したサクラがソフィアを警戒しながら詳細を訊ねる。


「お願いの内容は何?」


『そんなに警戒しないで下さい。私にはランタをどうこうできる力がないんですから。私のお願いとはラウムが盗んだアイテムの買い取りです。ライフケトルというアイテムが盗品の中にありませんでしたか?』


 ラウムが盗んだアイテムの名前を聞いて藍大は真剣な表情になった。


 (ライフケトル? あぁ、水を入れて温めるとポーションができるケトルか)


 ライフケトルはラウムがR国から盗み出したアイテムの中にあった。


 このアイテムは水を入れて沸騰させることで中身を3級ポーションに変える効果がある。


 サクラやメロ、フィアという回復要員がいる藍大からすればあまり必要性を感じないアイテムだが、それはサクラ達がいる藍大だからこその考え方だ。


 それ以外の冒険者からすれば、水を沸騰させるだけでポーションが手に入る画期的なアイテムと評価するだろう。


「ありましたが、今は私の手元にありません。パンドラにダンジョン探索で何かあった時のために預けてます」


 藍大はライフケトルだけでなく、自分達が使うには物足りなくとも司達にとっては使えそうなアイテムをいくつかパンドラに預けている。


 もっとも、奈美が司に使えそうな薬品を渡しているからライフケトルを含めたそれらのアイテムは予備として使う機会がなかなかないのだが。


『そうですか。それだと譲っていただくのは難しそうですね』


「そうですね。お譲りできません」


『・・・困りました。私の力だけでは全ての冒険者を助けられませんので、私の補助をしてくれるアイテムがあればと思ったんですが』


「I国は”大災厄”がまだ出現してないんでしたっけ?」


『はい。これも皆さんが傷つきながらも国のために頑張ってくれているおかげです。出現した”災厄”の数は多いですけど、どうにか”大災厄”に至らせずに討伐してやっとスタンピードを鎮圧できました』


 ソフィアからI国の実情を聞き、それが茂経由で聞いた情報と食い違う部分がないとわかったため、藍大は手ぶらで帰らせるのも悪いから1つだけ情報を提供することにした。


「これはオフレコでお願いします。明日の午後のオークションですが、人工ライフケトルが出品されます。まだ量産できる段階にありませんが、沸騰させた水が4級ポーションに変わるアイテムの作成に成功したのでその1つが出品されるんです」


『本当ですか!?』


 ソフィアが興奮のあまり立ち上がって藍大の手を握ろうとするが、それをサクラが<透明千手サウザンドアームズ>で制止させる。


「主にお触りするのは認めてない」


『し、失礼しました』

 

「まったく、油断も隙もあったものじゃない」


 サクラはソフィアのボディタッチを阻止して彼女にジト目を向けた。


 藍大の妻としてもそうだが、アスモデウスである自分の前で藍大に色仕掛けなんてさせるはずがないとサクラはムッとしている。


 そのタイミングでリルにそっぽを向かれたシンシアも話に加わった。


『ふむ。東洋の魔王よ、CN国にも有用なアイテムは明日出品されないのか?』


「有用の定義によりますね。CN国がどんな問題を抱えてるのか、どんな効果を期待してるのかによって有用かそうじゃないかが変わりますから」


『それはそうだな。じゃあ、モフモフ成分が足りてないからモフモフと戯れられるアイテムが欲しい』


「CN国関係ないじゃないですか。そもそも、リーアム君の従魔達がいるでしょうが」


 シンシアの希望を聞いて藍大はツッコまずにはいられなかった。


 CN国にも有用なアイテムについて質問していたはずなのに、気づけば自分が欲しいアイテムに話題をすり替えているのだから当然だろう。


『私だって私専用のモフモフが欲しい! リーアムもも狡いぞ!』


『天敵!?』


「よしよし。怖くない、怖くない。大丈夫だからな」


 リルは真奈という単語を聞き、つい先程まで藍大に撫でられてうとうとしていたがビクッと反応した。


 眠気が吹き飛ぶぐらいリルにとって真奈という言葉は恐怖の対象らしい。


 それでも藍大に撫でられればホッとするのだから、藍大がいることの安心感は真奈への恐怖に勝るようだ。


「リルを虐める発言は良くない。もうちょっと考えて発言して」


『リルを虐めるだなんてとんでもない!』


「主、どうしよう? この人面倒臭い」


「わかってる。話題を修正しないとな。ディオンさん、CN国は今どんな状況ですか?」


 藍大はサクラが困っているのを見てここは自分がしっかりしなければと気を引き締めた。


 そして、脱線した話題の修正を試みた。


『CN国はフルカスをA国に送り返してやったことで落ち着いて来たぞ。今はスタンピードも起きてないからダンジョンの間引きに専念してる』


「間引きで問題視されるようなことはないでしょうか?」


『I国と同様に回復手段がなんとかならないか考えてる段階だ。後は武器と防具だな。CN国よりも日本の方がその点は充実してるから日本滞在中にこれはと思う物を買って帰るつもりだ』


 シンシアもモフラーモードからシリアスモードに戻ったため、会話の流れがまともなものになった。


「であれば、オークションで良い物が出るはずですよ。DMU職人班と民間企業がここで稼いでやるって気合の入った作品を出品したと聞いてますから」


『それは朗報だ。オークションでは無駄遣いせずに気になる武器や防具を狙い撃ちするとしよう』


 シンシアは狩人のような目つきになり、明日のオークションでは絶対に良い物を買ってやると気合を入れた。


 ソフィアとシンシアが長居すると帰りが遅くなってしまうため、用件が済んだ後に雑談をすることはなかった。


 シンシアはともかくソフィアは戦闘員ではないことから、藍大はリルの転移無封クロノスムーブで彼女達をホテルの裏手の人目のつかない所に送り届けた。


 国際会議に参加していないにもかかわらず、藍大は国際情勢に関わることになったがそれも力を持つ者として仕方のないことなのかもしれない。

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