第430話 さすリル!

 昼休みの時間が過ぎて国際会議は再開した。


 議長の志保が大会議室内の参加者に声をかける。


「では、早速午後のパートに入ります。午後はモンスターやダンジョン、スタンピードに関する意見交換を行います。事前に話し合いたい内容はアンケートで集めておりましたので、集められた回答の中で多く寄せられた物から順番に取り扱います。最初はこちらです」


 志保がそう言葉を切ってスクリーンに最初の議題を映し出した。


 そこには英語で”大災厄”への対処というテーマが映し出されていた。


 第1回国際会議でもそうだったように、公用語が英語だから投影される資料は全て英語である。


 しかし、各国の代表の手持ち資料はそれぞれの国で使われる言語で記されている。


 その理由は今のDMU本部長が冒険者上がりで学がない者もいるからだ。


 A国のパトリックも賢いタイプではなく脳筋タイプだが、元々話す言葉が英語だから彼は英語で投影されている資料に困惑することはなかった。


 では、肝心の司はどうなのかと言えば程々である。


 全くできない訳ではないが自信があるとも言えないので日本語の資料があることに安堵している。


 それはさておき、議題に話を戻すと”大災厄”への対処は阻止と出現中、討伐後の3つの段階で考える必要がある。


 大前提として、”大災厄”の対処で一番大事なのはそもそも”災厄”を持つモンスターを”大災厄”に至らせないことだ。


 スタンピードが発生してしまったとしても、速やかに一般人を避難させて被害を抑えつつ短期間で”災厄”のモンスターを討伐できれば”大災厄”は出現しない。


 ここで注目されるのは日本の間引きスタイルである。


 日本ではスタンピードが10回しか起きていない。


 この数値は他国と比べれば極めて低い。


 スタンピードを鎮圧したと思ったら別のダンジョンから”災厄”が現れてスタンピードが発生するなんてことも日本以外ではよく起きている。


 もしもスタンピードが国内各地で発生し、それを鎮圧した直後に同時多発スタンピードなんてことになったら鎮圧はなかなか進まない。


 必死に鎮圧を進めても間に合わず、その内のどこか1体の”災厄”が”大災厄”に至るというケースが世界での主な”大災厄”発生の経緯だ。


 志保は参加者全員が聞きたがっているであろう日本のやり方について説明を始めた。


「この議題についてまずは日本の間引きスタイルを紹介しましょう。日本は”楽園の守り人”をトップに置き、その下に5つのクランがエリアを統括しています。5つのクランが担当するエリアで指揮を執り、ダンジョン探索の人手が足りていない場所があれば指揮するクランからパーティーが派遣されます。それでも手が足りない時は”楽園の守り人”やその傘下のクランがサポートします」


『日本はここまできっちりやってたのか・・・』


『やはり冒険者達が好き勝手にやるだけでは駄目なのだ』


『いやいや、そもそも”楽園の守り人”の出番が少ない時点で日本の冒険者層は厚いぞ』


『これが二次覚醒者以上しかいない日本のやり方か』


 外国の代表者達は日本の間引きスタイルに衝撃を受けていた。


 各国とも日本レベルで統制ができておらず、冒険者達が気分や自分達の利益だけを考慮していたらしい。


 統制の厳しそうなC国でもそれができていないのは、今の政府やDMUにそれだけの求心力がないからだろう。


「これが全てではありません。最近では、東洋の魔王がテイマー系冒険者の強化に時間を割いておりますので、強くなったテイマー系冒険者が”ダンジョンマスター”をテイムしてダンジョンを支配するケースも増えています」


『『『・・・『『さすまお』』・・・』』』


「パンドラ、今さすまおって聞こえなかった?」


「聞こえた。日本語に翻訳したらそうなるんじゃない?」


「翻訳のノリが軽い」


「意味がわかればそれで良いじゃん」


 司とパンドラは各国の代表の言葉が翻訳されて伝わり、その内容がさすまおだったから目を見合わせた。


 翻訳にも影響を与えてしまうとは藍大恐るべしである。


 日本の間引きスタイルの説明が終わると、E国のキャサリンが手を挙げた。


「質問よろしいでしょうか?」


「エルセデスさん、上手な日本語ですね。どうぞ」


「ありがとうございます。広瀬さんに質問です。逢魔さんは見つけにくいダンジョンを探し出すのが上手いと聞いています。何かコツはあるんでしょうか?」


 キャサリンは流暢な日本語で司に質問した。


 それに対する司の表情は苦笑いだった。


「リルが見つけます。朝駆けの途中で見つけたとかそんな感じです」


『さすリル!』


 司の回答に反応したのはシンシアである。


 赤星真奈向付後狼さんに並ぶモフラーはリルという言葉を聞いてテンションが急上昇したようだ。


 そんなシンシアを一瞥した後、キャサリンは再度質問した。


「リルさんは探し物を得意とするアビリティを持っていますか?」


「あります。<大賢者マーリン>です。このアビリティはテレパシーと鑑定に加え、姿の見えないものを察知したり見つかりにくいものを見つけられるそうです」


「<大賢者マーリン>ですか。聞いただけでも強力なアビリティですが、リルさんはいきなりそれを会得しましたか? それともその前に別のアビリティがあったんでしょうか?」


「<大賢者マーリン>の前は<賢者ワイズマン>でした。その前段階のアビリティもあったはずですけどその名前は覚えていません。ですが、<賢者ワイズマン>の前段階で既にリルは探し物が得意だったと藍大から聞いています」


「・・・そうですか。ありがとうございます。国内のテイマー系冒険者に伝えてみます」


「お役に立てたなら良かったです」


 司とキャサリンの質疑応答はとても重要なやり取りだった。


 テイマー系冒険者を抱えている国ならば、その冒険者の従魔に<大賢者マーリン>は厳しくとも<賢者ワイズマン>やその前段階のアビリティを会得させるように育てれば良い。


 そうすることで未発見だったダンジョンを探し当て、力を付けた”災厄”がどうにか”大災厄”に至る前に見つけられるかもしれないのだから貴重な情報だろう。


『リーアムにリルのように喋れるモフモフを育ててもらわなければ』


 シンシアだけは目的が違う気もするが放置しておくしかあるまい。


 ”大災厄”の出現阻止についてはここまでで終わり、次に話すべきはいざ発生してしまった時にどうするかだ。


 A国とC国、R国は”大災厄”を他国に押し付けたことをお互いにディスり合うだけで見苦しく、その他の”大災厄”対応も日本ほどパッとしなかった。


 いや、正確には藍大のように圧倒的な戦力を保持している者がおらず、三次覚醒者もいなければ日本にとって参考になる話が簡単に出るはずもない。


 ”大災厄”の討伐後の対応についてはどこもだんまりだった。


 日本だけが討伐に成功しており、その日本も今のところ大きな被害を出さずに対処できているから有益なことは言えないのだ。


 ”大災厄”への対処に関する話し合いは以上で終わり、志保は次の資料をスクリーンに表示した。


 表示されたテーマはテイマー系冒険者だった。


 藍大がその力を発揮して以来、テイマー系冒険者は1人いるだけでその国の勢いに大きな影響を与える存在になった。


 日本にはテイマー系冒険者が6人とテイマー系幼児1人がおり、他国と比べてかなり多い。


 もっとも、先天的にテイマーだったのは藍大とマルオ、優月だけだから、日本の冒険者がアイテム運に恵まれていると言えよう。


 今のところ、テイマー系冒険者がいると日本の他に公表しているのはCN国とE国でどちらも1人ずつだ。


 だが、リルの未発見ダンジョンすら探し当てるアビリティについて会場内の全参加者が熱心に聞いていたことから、日本とCN国、E国以外にもテイマー系冒険者がいる可能性が高い。


「日本のテイマーは7人中4人が転職の丸薬を飲んでおります。皆様の国ではどうでしょうか?」


 志保がそう問いかけると、CN国とE国のDMU本部長がすぐに応じた。


『リーアムは先天的な調教士です』


『E国の冒険者は転職の丸薬で転職した粘操士です』


「パンドラ、E国の粘操士ってどんな人だと思う?」


「少なくとも持木さんみたいな非リア充じゃないでしょ」


「うーん。どうだろう? でも、国で唯一ならモテそうだよね」


「モテるでしょ。とは言っても力や地位に目の眩んだ人ばっかり寄って来そうだけど」


 パンドラの言い分に否定できないと司は頷いた。


 その後もこの場で情報交換したいテーマが次々とスクリーンに映し出され、司達は今日だけでもかなり海外の事情に明るくなった。

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