第428話 差別ではなく区別です

 立ち上がった志保はマイクをオンにした。


「皆様、本日は新年早々から遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。今日明日と2日間行われる会議が有意義な時間になるよう進行にご協力下さい。これより第2回冒険者国際会議を始めます」


 前回20ヶ国だった参加国も今回は参加する余裕がなくて9ヶ国になった。


 参加国が少なくなった以上、質の良い情報を交換しなければ量を補うことはできない。


 それは各国の代表が理解するところだった。


 国際会議は各国の現状共有から始まるが、トップバッターは開催国の日本からである。


 世界で最もダンジョンやモンスターと上手く付き合えている日本の発表にどの国も前のめりだ。


 志保が発表していく中でC国の浩然とR国のDMU本部長が眉間に皺を寄せることになる。


「前回の国際会議から昨日までの間、日本は他所の国からやって来た”大災厄”と4回戦闘しました。日本に”大災厄”を押し付ける不届きな国は天罰が下ったらしいですね。今後二度とこんなことはないようにしてほしいです」


 その瞬間、E国、I国、D国、F国の代表者達はC国とR国の代表者達に冷ややかな視線を送った。


 CN国の代表者2人だけはなんでA国は違うんだと睨んでいたがそれは置いておこう。


 日本がラウムとガミジンを倒せたから良かったものの、藍大達の到着が遅れれば被害は決して少なくなかっただろう。


 もしも日本が危機に陥れば、自国を助けてもらえる可能性が減るからC国とR国に対してよくも余計なことをやってくれたという苛立ちが彼等の顔に表れていた。


 志保の報告が終わって質疑応答の時間に入った途端、各国のDMU本部長が手を挙げた。


 最初に当たったのは真っ先に手を挙げたF国だ。


『マダム・ヨシダ、日本の冒険者は皆二次覚醒者だそうですね。余剰分があれば我が国に輸出してませんか?』


「現在、日本では作る必要がないから余剰な覚醒の丸薬がありません」


『しかし、E国やCN国、I国には売っていると聞きました。全くない訳じゃありませんよね? どうして差別するのですか?』


「差別ではなく区別です。留学生を使って日本の冒険者を引き抜こうとするような国と行儀正しく留学期間を使って自らを鍛えた留学生のいる国で対応が一緒だと思いますか?」


 F国のDMU本部長の質問に対して志保は堂々と反論した。


 弱気になる必要がないのでその態度は正しいと言えよう。


 実際、F国の留学生はやらかした枠組みに入るのでF国のDMU本部長は反論できずに着席した。


 次に指名されたのはCN国のDMU本部長だった。


『ミセス・ヨシダ、私達の国はA国にフルカスを押し付けられた時にもっと力が必要だと感じた。押し返せたのもディオン姉弟のおかげだった。どうか覚醒の丸薬を追加で買わせていただけないだろうか。新しく作るということなら値上げにも応じよう』


『ちょっと待て! A国はC国やR国のような卑怯な真似はしない! フルカスは自分の実力を思い知ってCN国に逃げただけだ! A国に押し付けたのはCN国だろうが!』


 CN国のDMU本部長に嚙みついたのはパトリックである。


 しれっとC国やR国のこともディスったものだからそれらの代表が抗議した。


『聞き捨てならないな。C国は日本に押し付けていない。旧NK国領に追いやったのだ。その後のことなど知らん』


『我が国の勇敢な冒険者達がラウムと戦ってる最中に突然ラウムが姿を消した。日本に押し付けたなんてでっち上げだ』


『旧NK国の先には旧SK国、そして日本があることをわかっての行動ですよね。また、ラウムに突然消えるようなアビリティは存在しないとステータスを公開した報道がありました。C国とR国の発言に異議を唱えます』


 異議を唱えたのは志保ではなくE国のDMU本部長だ。


 CN国に限らずE国も贔屓してほしいからと日本に媚びた発言と考えられる。


 その意図に気づいたI国とD国、F国のDMU本部長もE国の言う通りだと加勢した。


 どの国もよっぽど覚醒の丸薬がほしいらしい。


 会場内が騒がしくなって来たため、志保はわざとマイクを指で弾いてハウリングさせた。


 そのハウリングによって場を鎮めようという志保の考え通りに事は運び、ヒートアップした各国の代表者達は口を閉じた。


「当事者である私達日本を置いて言い争うのは止めて下さい。とりあえず、覚醒の丸薬については今日この日のために生産した物が少量ですがあります。しかし、生産者との相談で売る国は決めてますのでここでこれ以上騒がないで下さい。そうしなければどこにも売りません」


 志保がそう言った瞬間、各国の代表達がゴクリと唾を飲み込んで黙った。


 自分あるいは所属する国や集団のやったことを棚上げし、自分にとって都合の良い方に物事を考える者もいる。


 どう考えてもやらかした3つの大国には可能性がないのだが、それでもA国とC国、R国のDMU本部長達は自分達にも割り当てがあると考えている表情だった。


 ちなみに、ここで志保が言った覚醒の丸薬の生産者とは奈美ではない。


 ”レッドスター”の赤星華と”グリーンバレー”の緑谷大輝の2人のことだ。


 この2つのクランのトップパーティーは道場ダンジョンの10階に覚醒の丸薬の素材となるモンスターが配置された途端、現在攻略中のダンジョンをそれぞれ2番隊と二軍に任せて道場ダンジョン10階に入り浸った。


 これは藍大が華と大輝に覚醒の丸薬のレシピを教え、海外への販売への備えに協力してもらったのだ。


 ”楽園の守り人”は板垣総理の余計な口約束のせいで、日本国内では需要のない覚醒の丸薬の利権に固執する気が失せていた。


 日本国内への販売で十分儲けており、海外への販売でもっと儲けようとは思っていない。


 何故なら、覚醒の丸薬の素材集めと作成だけに時間を費やすのが勿体ないからである。


 そんなことをするならば、シャングリラダンジョンの探索やそこで手に入った素材を使って調合していたいというのが”楽園の守り人”の総意なのだ。


 覚醒の丸薬を作り慣れた奈美とそうではない華、大輝の作った覚醒の丸薬の完成度は極端に違わない。


 作業効率の点では奈美が圧倒的に差をつけているけれど、華も大輝も薬士として有名なので完成度で明らかに劣るなんてことにはならない。


「他に質問はありませんか? 日本の報告に使える時間は残り僅かですからあと1つだけ質問を受けます」


 志保の言葉にI国の西洋の聖女、ソフィア=ビアンキが即座に反応して手を挙げた。


『スィニョーラ・ヨシダ、私からよろしいでしょうか?』


「ええ、勿論ですよビアンキさん」


『ありがとうございます。先程は覚醒の丸薬の話で会場内がヒートアップしましたが、ポーションについては売っていただけないのでしょうか? そう言いますのも、私だけでは癒して差し上げられる人の数に限りがあるのです』


 ソフィアは二次覚醒した施療士であり、回復と状態異常回復の力が使える。


 彼女の力が有用なのは間違いないが、MPには限りがあるし治せる怪我や状態異常にもまた限りがある。


 だとすれば、ソフィアがI国で救えなかった人も少なくないだろう。


 西洋の聖女と呼ばれるソフィアは助けられなかった人がいることを憂いており、自分が助けられない人をポーションの輸入でどうにかしたいと考えたようだ。


 彼女が善人であることは志保もわかっているが、善人だからと言ってなんでもかんでも頼みを聞くことはできない。


 それゆえ、志保は気持ちを引き締めてソフィアの質問に応じる。


「申し訳ありませんがポーションは日本でも品薄なんです。スタンピードが起きないように冒険者達がダンジョンに挑むのはどの国も同じです。ビアンキさんのように回復の力を使えるは日本におりませんから、ポーションしか回復手段がないのです」


『・・・そうでしたか。無理を言ってしまいこちらこそ申し訳ありませんでした』


 志保の言う通り、回復の力が使える冒険者はいない。


 いるのは施療士でも赤ん坊の日向だけであり、国外には藍大の子供達の職業技能ジョブスキルを開示していない。


 もっとも、赤ん坊の日向が怪我を治せるはずがないから志保は嘘を言っていない。


 ソフィアの質問に対する回答が終了し、それと一緒に日本の持ち時間も使い切って報告はここまでとなった。

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