第427話 Shall we dance?は他所でやってくれる?

 1月8日土曜日の朝、司とパンドラはDMUが手配した車で八王子のDMU本部までやって来た。


 車を降りた司達を茂が迎え入れた。


「広瀬、それにパンドラもよく来てくれた。ありがとう」


「いえいえ。僕も二つ名変えるって目的があるので」


「そんな司のサポートで来た」


「なるほど。確かに藍大も国際会議で東洋の魔王なんて立派な二つ名になったし、広瀬もその波に乗りたい訳だ。それにパンドラが一緒なら安心だもんな」


「そういうことです」


「健闘を祈る」


「ありがとうございます」


 建物の前で長話するのもどうかと思ったため、茂は司とパンドラを連れて本部長室へ向かった。


 本部長室に司が入ると志保はニッコリと笑った。


「司、今日はばっちり決めてますね。今日から2日間一緒に頑張りましょう」


「わかりました、志保さん」


「よろしい。ところで、司の背中に乗ってるのは逢魔さんの従魔ですか?」


 志保は司が入室した時からチラチラとパンドラの方に視線を向けていた。


 今日はリルが来ないと聞いてがっかりしていたが、別の従魔が参加すると報告を受けていたから藍大のどの従魔が国際会議に参加するのか気になっていたのだ。


 パンドラは志保と目が合ったので名乗ることにした。


「パンドラ。司の補佐として来た」


「・・・これはこれで可愛いですね。パンドラさん、撫でさせてもらえませんか?」


「嫌だ」


「そ、そうですか」


「吉田さん、何やってるんですか」


 パンドラに撫でさせてほしいと頼んで断られたことにより、志保はしょんぼりしてしまった。


 そんな志保を見て茂はジト目を向けて注意した。


「すみません、可愛かったものでつい頼んでしまいました。さて、今日明日の国際会議で使うイヤホンです。今回は言葉のわかる従魔用にもイヤホンを用意しましたから、パンドラさんの分もありますよ」


「ありがとうございます」


「ありがとう」


 司とパンドラはお礼を言ってからそれぞれイヤホンを耳に装着した。


「司、会議の流れは覚えてますね?」


「はい。1日目は各国の現状報告とダンジョンやモンスター、スタンピードに関する意見交換で、2日目が冒険者同士の模擬戦とオークションですよね?」


「その通りです。1回目の国際会議よりも参加国が少なく、会議の内容も変わってますから気を付けて下さい。そうは言っても司が話す機会は指名質問があった時と模擬戦、1日目と2日目の夜の懇親会ぐらいですけどね」


「志保さんは僕に質問が飛んで来ると思いますか?」


「来ると思います。どの国も”楽園の守り人”に注目してるのは間違いありません。何も質問が来ない方が不思議です」


 司はやっぱりそうかと思って気持ちを落ち着けるために深呼吸した。


 そんな司を見てパンドラが声をかける。


「司、落ち着いて。いざとなったらきっぱり言ってあげるから」


「頼りにしてるよ、パンドラ」


「うん」


 司はパンドラの頭を優しく撫でた。


 パンドラの頭を撫でる司を見て志保が羨ましそうな表情をしているが、司とパンドラはツッコむことなく放置した。


「吉田さん、そろそろ移動する時間です。大会議室へ向かって下さい」


「わかりました」


 志保が司とパンドラと共に大会議室に移動したところ、既に3ヶ国の代表が大会議室にいた。


『ふぅ。今日は日本のサタンがいないんだな』


 ホッとしたように呟いたのは身長2m超えの筋肉ムキムキの大男だった。


 この男はパトリック=ディラン。


 マッスルオブステイツの二つ名を持つ拳闘士で二次覚醒者だ。


 ついでに言えば、前回の国際会議で藍大に喧嘩を売って痛い目に遭ったせいで今日も藍大が来るのではとびくびくしていた。


 そんなパトリックも強いA国の象徴としてA国DMUの本部長に就任しており、2年前とは状況が違うようだ。


 パトリックの隣には日本に連れて来たらしき金髪の男性冒険者の姿があった。


『パトリック、日本では男装が流行ってるのか? あれは女の子だろ?』


『さあな。だが見かけに騙されるんじゃねえぞミスタ。日本の冒険者が見かけ通りだと思ったら大間違いだ』


『OK。俺はパトリックと違ってサタンに喧嘩売ったりしないさ』


 ミスタと呼ばれた冒険者は司の前までやって来ると司に声をかけた。


『やあ、君可愛いね。今夜の懇親会で俺とダンスでも一緒に踊らないか?』


「Shall we dance?は他所でやってくれる?」


『こんなに可愛らしい見た目で男のはずがない!』


「パンドラ、が返り討ちにして良いって言ってたよね。ナンパも当然撃退して良いよね?」


「良いでしょ。駄目なはずない」


『馬鹿野郎! ハハッ、失礼する!』


 パトリックは司が藍大という言葉を口にしたのを聞き取り、大慌てでミスタを肩に担いでA国の席に戻っていった。


 パトリックは過去の経験から司とパンドラにマウントを取ろうとしてはいけないと察し、ミスタがこれ以上やらかす前に撤収したのである。


 A国がやらかしたのを見て笑う者がいた。


『フッ、A国人はやはり滑稽だな』


『聞き捨てならねえぞ麒麟僧正! やんのかコラ!』


『私は一向に構わん。デスクワーク漬けの日々にも飽きたからな』


 麒麟僧正と呼ばれたのはC国の王浩然ワンハオランである。


 この男もパトリックと同じで二次覚醒者で国内最強だったが、強いC国を象徴するために今ではDMU本部長の地位に就いている。


 前回の国際会議では模擬戦でパトリックと本気で殴り合い、南北戦争でA国とC国の仲が更に悪くなったことからパトリックと浩然の視線がぶつかって火花が見えそうだった。


 そんな中、A国とC国に見向きもせずに司とパンドラに近寄る女性がいた。


『やあ、CN国のシンシア=ディオンだ。早速ですまないがその従魔を撫でさせてくれまいか?』


「嫌だ」


「僕は広瀬司です。パンドラがそう言ってるので撫でるのはお断りします」


『やはり”楽園の守り人”のガードが固い!』


 A国やC国と違い、CN国は日本と仲が良い部類だ。


 だからこそ、ここまで踏み込んだことを言えるのかと思うかもしれないがそれは誤りである。


 シンシアがパンドラを撫でたいのは単にモフラーだからだ。


 それも真奈と同レベルのモフラーならば、九尾白猫ニャインテイルのパンドラを撫でたいと思わないはずがない。


 要するにモフラーが暴走しただけだった。


「リルから話は聞いてる。司、この人は国際会議の要注意人物だから気を付けて」


「気を付けるのは僕じゃなくてパンドラじゃないかな?」


「・・・確かに」


 リルはパンドラが国際会議に参加するにあたって自分なりに注意事項をパンドラに引き継いでいた。


 その引継ぎ事項の中には真奈に並ぶモフラーであるシンシアも含まれていたのだ。


 だがちょっと待ってほしい。


 リルが何故パトリックや浩然ではなくシンシアを要注意人物にしたのか考えてみてほしい。


 リルにとってパトリックも浩然も脅威ではないからだ。


 リルが本気を出せば2人が仮にタッグを組んでも余裕で無力化できる。


 しかし、シンシアは別だ。


 真奈の親友で同類なシンシアはリルにとって精神的にダメージを与えて来る存在なので警戒しなければならない。


 リルの基準を鵜吞みにするのは良くないと気づくパンドラだった。


 その後、シンシアはCN国のDMU本部長が慌ててやって来て首根っこを掴まれていった。


 友好国に何やってくれてるんだと冷や汗をかいただろうことは言うまでもない。


 司達がネームプレートのある席に座ってから続々と参加国の代表が大会議室に入って来た。


 参加する国は藍大がクラン掲示板で告げた通り9ヶ国であり、日本を除くとA国とC国、R国、CN国、E国、I国、D国、F国だ。


 I国は西洋の聖女がやって来たので藍大の仕入れた情報通りだった。


 それ以外で特筆すべきはE国の冒険者代表がキャサリン=エルセデスということだろうか。


「パンドラ、E国の冒険者代表ってキャサリンさんだよね?」


「そうだね。兄からE国代表の座を奪ったんじゃない?」


「あっ、お辞儀して来た。返さないと」


 キャサリンは司と面識があった訳ではないが、”楽園の守り人”にお邪魔したことがあるから司の様子を伺っていたらしい。


 自分の名前が呼ばれるのを聞き取ってお辞儀するあたり、毒舌な彼女も藍大の仲間にはトゲトゲしないようだ。


 参加予定者が開始時刻までに全員着席したのを確認すると、志保が時間になったので開式の挨拶を始めるべく立ち上がった。

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