第413話 世の中お金だけじゃないんですよ

 藍大が茂と電話していた頃、”ブルースカイ”のクランハウスでは青空瀬奈は青空理人と瀬奈の部屋で向かい合っていた。


「瀬奈、ここは意地を張ってる場合じゃないです。”グリーンバレー”とも協力すべきですよ」


「そうは言いますが、毎回あの女が私に突っかかって来るんです。私はただ自分が正しいと思った意見を述べてるだけですよ?」


「俺は瀬奈だけが悪いと思ってませんよ。でも、こっちが歩み寄らなきゃ麗華さんも歩み寄るはずないじゃないですか」


「そうでしょうね。あの女から歩み寄る姿は全く想像できませんから」


「はぁ・・・」


 瀬奈の言い分を聞いて理人は深く溜息をついた。


 瀬奈と理人が話をしているのはガミジン襲来の件についてである。


 午前中に志保DMU本部長から連絡があり、瀬奈はC国が自国で出現した”大災厄”のガミジンを旧NK国に追いやったことで日本海側にそれが襲来する可能性を知った。


 理人は瀬奈からその話を聞いてすぐに”ブルースカイ”と”グリーンバレー”が協力すべきだと進言した訳だが、瀬奈は”グリーンバレー”のサブマスターである緑谷麗華と犬猿の仲なので”グリーンバレー”と協力することに消極的だった。


 ”大災厄”と戦うとなれば、”ブルースカイ”だけではどうにもならない可能性が高い。


 だからこそ、理人は”大災厄”のシトリーと戦ったことのある”グリーンバレー”と協力したいと考えたけれど、瀬奈は首を縦に振らない。


「理人、協力するならば逢魔さんとするのが一番です。”楽園の守り人”に協力してもらうべきではありませんか?」


「今回の一件でウチが”楽園の守り人”から助力を得られると思いますか? ウチにいた木津芽衣がシトリーの件で迷惑をかけたんですよ? しかも、シトリーが食い散らかしてない死体があれば、ガミジンが一次覚醒したヤクザ達の死体を操って日本に来るかもしれないんです。これで助けてくれると本当に思ってます?」


 シトリーが日本に来た要因として、芽衣達が旧SK国に乗り込んだことがその大部分を占めると考える者は多い。


 もしも彼女達が旧SK国に行っていなければ、シトリーが日本について知ることはなかったからだ。


 日本を知らなければわざわざ海を越える選択をせず、陸続きである旧NK国とその奥にあるC国を目指して北上した可能性が高い。


 1級ポーションを買いに行った時に藍大に粗相をしでかし、シトリーを倒して尻拭いしてもらったことで”ブルースカイ”は”楽園の守り人”に完全に頭が上がらなくなっている。


 それに加えて、ガミジンが茨木組の死体を利用すればまた芽衣のせいで迷惑をかけることになる。


 どの面を下げて協力してほしいと頼めるだろうかという話である。


 もっとも、瀬奈も口にしたものの期待してはいなかった。


「言ってみただけです。無理なのは百も承知ですよ。もしも私が自分に都合の良いことしか考えない取引先から助力を求められたらすぐに縁を切ります」


「瀬奈がそんなこともわからないとは思ってませんが、冗談でもクランメンバーに”楽園の守り人”から力を借りられればなんて言わないで下さいね? 次にクランメンバーが”楽園の守り人”にやらかしたら”ブルースカイ”は存続の危機です」


「わかりました。発言には気をつけます。では、次善策としてチャラ弟子さんとコンタクトを取るのはどうでしょうか? ”迷宮の狩り人”は”楽園の守り人”とは別クランですし、ガミジンが死体やアンデッド型モンスターを操るならば、彼はガミジンと相性が良いと思うのですが」


「微妙ですね」


「そうですか? チャラ弟子さんなら十分ガミジンと渡り合えると思いますが」


 瀬奈は理人がマルオの戦力を低く見積もっているのだろうかと首を傾げる。


 理人はそうじゃないと首を横に振った。


「その点は心配してないです」


「では何を心配してるのですか?」


「俺達は”迷宮の狩り人”に伝手がないでしょう? 瀬奈は”迷宮の狩り人”のいずれかのメンバーにガミジンの件で協力してもらえる関係の人がいますか? 少なくとも俺はいないです」


「・・・クラン格付けで資産が2でしたから、報酬額を多めに設定すればいけるのではありませんか?」


「世の中お金だけじゃないんですよ」


 理人は瀬奈を考えに再び溜息をついた。


 金は確かに大事であり、生きていくのに必要な物だ。


 しかし、”ダンジョンマスター”をテイムすればお金がなくとも自給自足の生活ができる。


 マルオにはポーラがいるから、”迷宮の狩り人”は川崎大師ダンジョンを改修して食材となるモンスターの出る階層を用意すれば食べることに困らない。


 それ以前に大金を積めば誰だって頼みを聞くのなら、”ブルースカイ”は金の力で今よりもずっと良い立ち位置にいただろう。


 そうなっていない今があるということはお金だけで全て決まる訳ではないと言える。


 理人は瀬奈にそれを理解してもらうために口を開いた。


「いくら”迷宮の狩り人”が”楽園の守り人”と別のクランだとしても、”楽園の守り人”の傘下なのは事実です。逢魔さんが”迷宮の狩り人”にウチを助けるなとは言ってないでしょうけど、”迷宮の狩り人”が自分達に良くしてくれた逢魔さんに迷惑をかけたウチに良い印象を抱いてると思いますか?」


「報酬額を上げても難しそうですね。では、”レッドスター”に力を借りましょう」


「頑なに”グリーンバレー”と協力しないんですね」


「現実的と言って下さい」


「今回に関して言えば、瀬奈は現実的じゃありません。ガミジンが日本に来ても最初は日本海側です。”レッドスター”には逢魔さんと違って一瞬で応援に来れる手段がないじゃないですか。大体、彼等にも彼等の活動があるんですからずっとウチと共に行動するなんてできません。いい加減”グリーンバレー”と協力するのが現実的だと認めましょうよ」


 理人は瀬奈が”グリーンバレー”と協力するのが現実的であると認めてもらうべく、”レッドスター”の協力を得てもその効果が薄いと言った。


 実際のところ、瀬奈も理人に言われなくても自分が今まで言った考えが逃げであると自覚していた。


 それゆえ、これ以上ごねても結果は変わらないと諦めた。


「仕方ありませんね。では、に電話します」


「いや、そこはもうダイレクトに麗華さんに連絡しましょうよ。戦闘を取り仕切ってるのは麗華さんなんですし」


「クランマスターからクランマスターに連絡することの何がおかしいんですか? クランマスターを無視してサブマスターにいきなり協力を依頼する方が失礼でしょう?」


「くっ、それは否定できません。まあ良いです。”グリーンバレー”と協力すると決めてくれただけ進歩したと思うことにします」


 理人はこれでも瀬奈が妥協したのだから良しとすることにした。


 瀬奈は理人との話を止めて大輝に電話をかけた。


「お世話になってます。”ブルースカイ”の青空です」


『あっ、どうも。お世話になってます。”グリーンバレー”の緑谷です。青空さんから電話なんて珍しいですがどうされました?』


 瀬奈は大輝と仲が悪い訳ではない。


 それでも、大輝に連絡すると麗華が電話の向こうで煩くなる気がして自ら電話をかけることはほとんどなかったので、大輝が驚いたのも仕方のないことだろう。


「DMUの吉田本部長からガミジンの件は聞きましたか?」


『聞きました。シトリー襲来時は偶然その場にいたので対応できましたが、今回はガミジンが来るかもしれないと事前にわかってますから警戒レベルを引き上げてます』


「その件ですが、”ブルースカイ”と協力しませんか?」


『なるほど。ガミジンが近畿地方に行く可能性もありますもんね。では、迎撃作戦担当の麗華に代わりますので少し待ってて下さい』


「あっ、待って下さい」


 大輝は瀬奈が引き留めるのを聞かずに麗華と電話を代わってしまった。


 瀬奈が焦る様子を見て理人がクスッと笑ったけれど、瀬奈に睨まれてすぐに笑うのを我慢した。


『もしもし、電話代わったわ。瀬奈から協力しようって言い出すなんて珍しいわね』


「麗華、私だって”大災厄”がスタンピードよりも危険なことは承知してます。私達が言い争ってる間に大阪や福岡が壊滅するなんてことは避けなければなりません」


『そうね。今回はあんたの言うことが正しいわ。ガミジン対策は協力して行いましょう』


 その後、瀬奈と麗華は喧嘩することなく迎撃に関する意見交換とどのような協力が必要か話し合った。


 瀬奈が電話を終えた時、理人は瀬奈に温かい目を向けていた。


「理人、その目は不愉快です。今すぐ止めなさい」


 瀬奈がムッとした表情になったのは言うまでもない。

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