第407話 お褒めに預かり光栄です

 翌日の午前10時半に藍大とリル、仲良しトリオは戦う料理人こと柳美海が所有するキッチンスタジオの前に来ていた。


 藍大達がここに来たのは”雑食道”のゲテキングと美海と待ち合わせをしているからだ。


 美海は料理大会で藍大に負けて以来、世間でよく知られている食材を使っているままでは勝てないと思って珍しい食材を求めた。


 その結果、彼女は無所属であることに拘るのを止めて”雑食道”に加入した。


 このクランならば珍しい食材をゲットするのに一番近道であると判断してのことだ。


 ”雑食道”は設立当初だと虫食同好会と臓物同好会とB級品同好会の3つのパーティーで構成されていたが、今では美海がパーティーリーダーを務める珍味同好会も加わっている。


 そして、今日は美海が藍大にリベンジマッチをするべく呼び出した訳だ。


 ついでにゲテキングも自分の雑食を布教するべく料理を作るらしいが、それはまあ置いておこう。


 藍大がリルを連れて来るのはいつものことだが、仲良しトリオを連れて来たのは久し振りに自分達も外出したいと藍大にお願いしたからである。


 日向達は舞やサクラに面倒を見てもらうように頼み、仲良しトリオは一時だけでも子供達抜きで藍大とお出かけができるのでウキウキしている。


「ゲテキングと戦う料理人はまだ来ないのかしらっ」


「落ち着くですよゴルゴン。まだ待ち合わせの時間まで3分もあるです」


『三┏( ^o^)┛』


 ゴルゴンがソワソワしているのをメロが宥め、ゼルはきっと今向かっているところだろうと顔文字で表現した。


 そんな時、リルが自分達に接近する反応を捉えてその方向を向いた。


『ご主人達、来たみたいだよ』


 リルが示した方向から、アラクネのディアンヌに騎乗したゲテキングが絶妙なバランス感覚で香ばしいポーズを取りながらやって来た。


「逢魔さん、お待たせしました!」


「あ、あのポーズはなんなのよっ」


『╮(︶﹏︶")╭ヤレヤレダゼ』


「そう言って2人とも対抗するのは止めるです!」


 ゲテキングのポーズに感化されたゴルゴンとゼルが香ばしいポーズで応じると、メロが恥ずかしそうに2人にポーズを解除させようと声をかけた。


 結局、ゲテキングが藍大達の前に到着するまでゴルゴンとゼルはポーズを取り続け、藍大達はひたすら目立った。


 このタイミングでキッチンスタジオの中から美海が現れ、ゲテキングとゴルゴン、ゼルがポーズで張り合っているのを見て顔を引き攣らせた。


「アンタ達何やってんだ?」


「普通に登場するのは面白くないと思って個性を出してみました。後悔はしてません」


「ゲテキング、なかなかやるんだからねっ」


『(*´・∀・)ふっ…』


「お褒めに預かり光栄です」


 ゲテキングとゴルゴン、ゼルはわかり合ったのかニヤリと笑みを浮かべていた。


「魔王様、この3人をなんとかしろよ」


「ゴルゴン達は久し振りのおでかけですから、他人に迷惑をかけない程度にはしゃぐぐらい大目に見ます」


「そ、そうか」


 藍大がきっぱりと言い返されて美海はこれ以上何も言えなかった。


 だが、このままキッチンスタジオの前で騒がれても困るので藍大達をその中に招いた。


 ゲテキングはディアンヌを送還するため、少しだけ遅れて建物の中に入って来た。


 今日は美海のキッチンスタジオを貸し切ってリベンジマッチを行うが、普段は週に2回の頻度で美海がダンジョン産食材を使った料理教室を開いている。


 この料理教室には藍大のように調理士ではない冒険者が通う。


 藍大が料理大会で調理士2人に勝ったことにより、調理士だけが料理を美味しく作れる訳ではないと気づいたからだ。


 美海は戦う料理人の二つ名を持つ通り、自分でダンジョンに食材となるモンスターを狩りに行くけれど、調理士として食べていくために料理教室で稼いでいる。


「魔王様、改めてアタシのリベンジマッチを受けてくれたことに感謝する」


「いえいえ。偶には外で作るのも悪くないですから」


 ゲテキングは美海が藍大しか目に入っていないと気づいて手を振る。


「ちょっとちょっと美海さん」


「なんだよゲテキング?」


「私がいることを忘れてないかね?」


「うっさい。今日のアンタはおまけだ」


「酷くない? そんなこと言うとここで虫料理作っちゃうよ?」


「止めろ。マジ止めろ。ぜってぇ止めろ」


「ゲテキング、虫料理は駄目なのよっ」


「私も断固抗議するです!」


『コラコラコラコラ~( `o´ )』


 (そりゃここで虫料理作られたくないよな)


 藍大は女性陣の反応に当然だと頷いた。


 自分の家でやるならまだしも、ここは美海が所有するキッチンスタジオだ。


 所有者が嫌というならば諦めるのが当たり前だし、仲良しトリオも虫が得意ではないため虫料理を作るなと抗議した。


 ちなみに、ゲテキングが乗って来たディアンヌは上半身が人間だったから3人はどうにか忌避感を持たずに接することができた。


「残念。逢魔さんに虫料理の良さを知っていただこうと思ったのですが」


「申し訳ないのですが、ゴルゴン達が嫌がる料理は作りません」


「そうですか。それなら仕方ありませんね。今日は虫料理以外の雑食を披露しましょう」


 ゲテキングはチラチラと藍大を見て彼さえ虫食OKと言えばこの場がひっくり返ると考えたが、藍大がゴルゴン達の嫌がる料理を認めるはずない。


 気持ちを切り替えて別のジャンルから雑食を作るとゲテキングが宣言すると、女性陣はホッとした表情になったのは言うまでもない。


「んじゃ、これから各々料理を作って食べ比べてみるぞ。魔王様、ゲテキング、それで良いよな?」


「構いません」


「良いよ」


「よろしい。料理開始だ!」


 美海の開始の合図で藍大達はそれぞれに割り振られた台で調理を始めた。


 最初はおとなしくしていたゴルゴンだが、料理大会のことを思い出して藍大に話しかけた。


「マスター、シャングリラ産の食材もたくさんあって準備万端のようだけど、今日はどれがダンジョン由来の食材なのかしらっ」


「料理大会の時の有馬さんの真似してる?」


「そうなのよっ。こういう時じゃないとできないんだからねっ。そんなことより答えてほしいわっ」


「OK。ラードーンとクエレブレの合挽肉だ」


『ご主人、あれを披露するんだね!』


「その通り。みんなが絶賛したあれを作るぞ」


 リルが藍大の説明を聞いて尻尾をブンブン振ると、ゴルゴンがリルに抗議する。


「リル、私の有馬白雪ごっこの邪魔しないでよねっ」


『・・・ごめん』


 リルがしゅんとしてしまうと藍大がゴルゴンに優しく注意する。


「ゴルゴン、リルだって悪気があって割り込んだんじゃないから許してあげて」


「ごめんなのよ」


『僕こそごめんね』


「よしよし。ゴルゴンもリルも謝れて偉いぞ」


 調理中なので藍大はリルとゴルゴンの頭を撫でてあげられないが、それでもゴルゴンもリルも藍大に褒められて嬉しそうだった。


 その後はリルと仲良しトリオが藍大と美海、ゲテキングの台をグルグルと邪魔にならない距離感で回った。


「美海さん、これはなんてお魚です?」


「ん? こいつはソーピランって魚だ。地球に元からいた魚の中じゃピラニアに近いぜ」


「ピラニアって食べられたですか!?」


「良いリアクションするじゃねえか。案外知られてねえけどアマゾンの方じゃピラニア料理が食べられてるんだぜ」


「・・・驚いたです」


「完成するのを楽しみに待ってな」


 美海は自分の料理に興味を持ってもらえて嬉しかったらしく、メロの質問にしっかりと答えていた。


 美海がメロから質問されているのを見て、ゲテキングが質問してほしそうにリル達の方を見た。


 その視線に応じたのはリルだった。


 リルはただの食いしん坊ではなく、気遣いのできる食いしん坊なのだ。


『ゲテキングはどんな食材を使ってるの?』


「チャージビーフの各種ホルモンだよ」


『ホルモン好きなの?』


「臓物同好会のどのメンバーよりも好きな自信がある」


『ゲテキングも食いしん坊なんだね』


「少しだけ違うかな。私は雑食専門の食いしん坊なんだ」


『そっか。僕もご主人の料理だと他の料理よりもいっぱい食べるよ。それと一緒だね』


(リル、これからも美味いもんもたくさん作ってやるからな)


 藍大はリルとゲテキングの会話を聞いて嬉しくなり、ただでさえ高い料理へのモチベーションが更に上がった。


 気づけばあっという間に調理は終わり、三者それぞれの料理が完成した。

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