第406話 あのさ、最初から結論出てたよね?

 11月5日の木曜日の午前11時、”リア充を目指し隊”のサブマスターである泰造が藍大を訊ねてシャングリラにやって来た。


 ちゃんとしたアポイントがあったため、藍大は泰造にシャングリラへの入場を一時的に許可してある。


 昨日、マルオが帰った後に泰造から藍大に”リア充を目指し隊”について直接相談したいことがると言われ、泰造をシャングリラに招待したのだ。


 カフェ等で会えばどこから情報が洩れるかわからないから、情報漏洩のないようにするには結界のあるシャングリラがベストという判断である。


 藍大と一緒に話を聞くのは昨日と違って舞とリルだ。


 舞は藍大の隣に座り、リルは藍大の膝の上にスタンバイしている。


 舞がいるのはサブマスターとしての視点が必要になるかもしれないからであり、リルは昨日パンドラに藍大の膝の上を占領されていたので今日は譲らないとぴったりくっついていた。


 甘えるリルが愛くるしいので、藍大はよしよしとリルの頭を優しく撫でている。


 余談だが、昨日マルオが相談に来た時にリルはリュカと舞、優月、ユノと一緒に地下神域で遊んでいたため不在だったのだ。


「逢魔さん、舞さん、お忙しいところ時間を取っていただきましてありがとうございます」


「どういたしまして。昨日は下呂ダンジョンを攻略したんですよね。お疲れ様でした」


 下呂ダンジョンとは岐阜県の下呂温泉付近で発見されたダンジョンであり、水棲のモンスターが多く生息することで知られていた。


 ”リア充を目指し隊”は昨日下呂ダンジョンの攻略の仕上げとして”ダンジョンマスター”に挑んでおり、その結果討伐したことをクランのホームページで発表していた。


「ご存じでしたか。”ダンジョンマスター”がグレンデルだったのでダンジョンを支配できなかったんですよね。スライムだったら良かったんですが」


「スライムが”ダンジョンマスター”のダンジョンもないとは限りませんが、滅多にないでしょうね」


「同感です。スライムが”ダンジョンマスター”なら自分が考えた最強のスライムを融合できたんですけど」


 粘操士は二次覚醒時にスライムを融合する力を会得する。


 それゆえ、スライムという単純な見た目かつ構造をしているモンスターを繰り返し融合していけば僕の考えた最強のスライムができる訳だ。


 もしも”ダンジョンマスター”のスライムがいてそれをテイムできたならば、泰造は優秀な融合素材のスライムをたくさん召喚して融合を重ねたに違いない。


「テイマー系冒険者の新たな強みはそこです。テイムできる系統のモンスターで”ダンジョンマスター”がいた場合に大幅に戦力アップできます」


「おっしゃる通りです。ただ、なかなかそういうチャンスもないので最近では各種スライムをテイムして融合素材としてストックするようにしてます」


「それも立派な作戦だと思います」


「ありがとうございます」


 泰造はテイマー系冒険者の祖である藍大に褒められてとても嬉しそうだった。


 ところが、その表情はすぐにしょんぼりとしたものへと変わった。


 (持木さんのパワーアップとクランについての相談が関係してる? ・・・まさかな)


 藍大は泰造が自分に何を相談したいのか思い当たった。


「外れてたら申し訳ないのですが、持木さんが私に相談したいことって”リア充を目指し隊”の内部分裂だったりします?」


「わかります?」


「わかったのはほんの少し前です。持木さんが強くなれることに喜んだと思ったら落ち込んだ様子になったのでもしやと思いました」


「逢魔さんの慧眼には恐れ入ります」


「大げさですよ。それで、今の”リア充を目指し隊”は2代目ジェラーリと持木さんの派閥で割れてるんですか?」


 泰造が自分を持ち上げるものだから、藍大は面映ゆくて本題に話題をシフトさせた。


「自分としてはクランを割るつもりなんて毛頭ありません。2代目ジェラーリが嫉妬深く、いずれは自分にクランを乗っ取られるのではと騒ぎ立ててるんです。自分が三次覚醒してからはその姿勢が顕著に表れました」


「クランのメンバーが2代目ジェラーリ派と持木さん派に別れたとしたら、昨日の下呂ダンジョン攻略も苦労したんじゃないですか?」


「苦労しました。実は3つの派閥に分裂してまして、自分のパーティーと2代目ジェラーリ派のパーティー、中立派のパーティーでボス部屋まで競争する羽目になりました。自分の従魔達が頑張ってくれたおかげで自分達がボス部屋に一番乗りし、そのままグレンデルを倒しました」


「なるほど。だから討伐した時の記念写真に2代目ジェラーリの姿がなかったんですね」


「おっしゃる通りです。自分達がグレンデルを倒した後に到着した時の彼の顔はもう嫉妬を通り越して憎悪が滲み出てました」


 そう言った泰造は大きく溜息をついた。


 ”リア充を目指し隊”は元々リア充になれない男性冒険者で構成されているから、他のクランよりも嫉妬成分が多めである。


 そうであったとしても、泰造の話が本当ならば2代目ジェラーリは相当嫉妬深いと言えよう。


 藍大はなんと言ったものかと考えていたのだが、ふと気になることができて訊ねることにした。


「少し相談の内容から外れますが、猫目剣士がクランマスターの時に2代目ジェラーリはどうしてたんですか?」


「猫目剣士が”リア充を目指し隊”にいた頃は目立つ個人がおらず、常に集団戦でモンスターを狩ってたんです。また、リア充死すべし慈悲はないが合言葉だったので、クラン内部では女性と良い感じになったメンバーがいない限りは平和でした」


 (仮想敵リア充のおかげでまとまってるクランは健全じゃねえな)


 顔には微塵も出していないけれど、藍大は泰造の回答を聞いて心の中で苦笑いした。


「その様子では猫目剣士がクランを脱退した時、2代目ジェラーリだけじゃなくてクラン全員が襲い掛かってそうですね」


「当然です。リア充は同胞ではありませんので」


「そーいうことするからモテないんだよ~」


「ぐっ、わかってるんです。わかってるんですけど、リア充を呪わずにはいられないのが自分達非リアなんです」


 今までおとなしく話を聞いていた舞のコメントを聞き、泰造は精神的に大ダメージを受けた。


 少なくとも藍大にはそのダメージエフェクトが幻視できてしまった。


「そんな非生産的なことしてる暇があったら料理の1つでも覚えた方が良いと思うよ。私は藍大に胃袋を掴まれたし」


『そうだよ。美味しいご飯が作れる人の周りには人も従魔もいっぱい集まるよ』


 食いしん坊コンビの発言に泰造はそれはもっともだと頷いた。


「逢魔さんを見習って自炊してるんですが、料理大会で本職に勝った逢魔さんと比べたら自分なんて伸びしろのないミジンコみたいなものです」


「持木さん、私の場合は自分が食べたい物や家族のリクエストに応じて料理を作ります。誰かを想って料理を作ればきっと料理の腕だって上がりますよ」


「食べさせたい人ですか・・・。頑張ってみます」


 (なんだ、気になる相手がいるのか)


 泰造の反応から藍大は泰造に気になる相手がいるらしいと気づいた。


「頑張って下さい。私が脱線させてしまったのに申し訳ないのですが、話を元に戻しましょう。持木さんは”リア充を目指し隊”をどうしたいんですか? 内部分裂している現状を変えたいのはわかりますが」


「自分は脱退するしかないと思ってます。無理にクランの形を延命させたって辛いだけなので、”Bo'z”を見習って自分を支持してくれるパーティーメンバーと”リア充を目指し隊”を脱退しようと思います」


 (あのさ、最初から結論出てたよね?)


 泰造の目に迷いがなかったので藍大はそのように思った。


 相談したいと話を持ち掛けた時、相談する者は大抵自分の選択を後押ししてほしくて話を聞いてもらうことが多い。


 今回もまさにそのケースなのだろう。


「持木さんがそう決めたのならそうするべきでしょう。そこに私の意見は不要です」


「そんなことないですよ」


「では、仮に私が”リア充を目指し隊”を再建すべきです。2代目ジェラーリと仲直りしましょうと言ったらそうしましたか?」


「それは・・・」


 藍大にそんなアドバイスをするつもりはないが、泰造は藍大の例え話を聞いて返答に詰まった。


 つまり、結論は相談する前から泰造の中で出ていたのである。


「私から言える唯一のアドバイスは後悔する選択をするなってことです。法や道徳に反しない選択であるならば、やりたいことをするのが一番です」


 藍大のアドバイスを聞いて泰造は感動したらしい。


「逢魔さん、自分は今の言葉で何がしたいのか自信を持てました! 仲間に伝えて早速行動に移します! ありがとうございました!」


 泰造はシャングリラに来た時よりも元気になって帰っていった。


 泰造を見送った後、舞とリルはニコニコしていた。


「藍大~、今日のお昼はラードーンとクエレブレの合挽ハンバーグが良いな~」


『ご主人、僕もそのハンバーグが食べたい』


「いきなりどうした?」


「やりたいことをするのが一番だから、私は食べたい料理を藍大にリクエストしたの」


『僕も後悔したくないから食べたい料理をご主人にリクエストしたよ』


「・・・しょうがないな。ミンサーは手伝ってくれよ」


「『は~い!』」


 泰造の相談を経て舞とリルはちゃっかり食べたい料理のリクエストする口実をゲットし、この日の昼食は今までで一番豪華なハンバーグになった。

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