第403話 3分間だけ待ってやるのだ

 11月3日の火曜日の朝食後、藍大はブラドから相談を受けていた。


「主君よ、最近の道場ダンジョンについてどう思う?」


「どうって無所属冒険者以外も普通に探索できるようにしたことか? 別に良いと思うけど」


「それはもう構わん。魔王様信者が”魔王様の助っ人”になったことで、探索制限をかけると探索する者が減るから主君の判断は正しい。そうではなくてだな、最上階のボスとして配置したワイバーンのことだ」


「掲示板じゃワイバーン師匠って呼ばれてるらしいね。二次覚醒してもワイバーンは強く感じるらしいから」


「目標を掲げて道場ダンジョンに挑んでくれるのは吾輩も”アークダンジョンマスター”として嬉しいぞ。だが、最近ではワイバーンを倒す者が増えて来て物足りなく感じるのではないかと思うようになったのだ」


「どうだろうなぁ。俺達が道場ダンジョンに行く時は大抵リルが瞬殺してるから、リルにとっちゃ物足りないだろうけど」


 厳密に言えば藍大の従魔達ならば誰でもワイバーンを瞬殺できるし、舞も当然のことながら瞬殺できる。


 司達も軽く屠れるぐらいには強いので、”楽園の守り人”基準で考えてはいけないのは確かだ。


 しかし、最近ではワイバーン討伐動画が掲示板でもちょくちょく掲載されるようになったからブラドの言い分も頷ける。


「吾輩は思うのだ。道場ダンジョンを改築しても良いのではないかと」


「ワイバーンを中ボスにして9階より上を増設するってこと?」


「その通りである。道場ダンジョンは多摩センターダンジョンよりも人気だったが、最近では道場ダンジョンを踏破したものが多摩センターダンジョンに挑むようになって集客力が落ちてるぞ。これは吾輩達の住むこの町の経済にも影響しかねないのだ」


「なるほど。それはよろしくないな。増設しよう」


「うむ。そこで主君には知恵を借りたいのである」


 その時、藍大とブラドが話しているテーブルに舞とリルが座った。


「『話は聞かせてもらったよ』」


「舞とリルも案出し参加する?」


「する~。ダンジョン壊したりして申し訳ないから私も力になるよ~」


『僕もいつも宝箱の場所見抜いて申し訳ないから手伝う』


「むぅ。騎士の奥方とリルの意見はダンジョン改築にあたってあまり参考にならぬのだが」


 舞もリルも悪気はないけれど、”アークダンジョンマスター”のブラドにとっては天敵なので助けてくれると言う申し出を素直に喜べなかった。


 舞はミョルニルを手にしているから素の力でダンジョンの壁を壊せる。


 リルは<大賢者マーリン>によって毎回ダンジョンに設置した宝箱やお役立ちギミックを見つけてしまう。


 このコンビにかかればいかなるダンジョンもブラドの思い通りに事が進まないので、意見を取り入れても舞とリルには通用しない。


 仮に通用したとしても、そのダンジョンは舞とリルですら苦戦するから一般的な冒険者にとっては死地以外の何物でもないだろう。


 ブラドがそんなことを考えていると察し、藍大はブラドの頭を撫でながら口を開く。


「舞は俺達の中で一番多くのダンジョンを見てるし、リルは俺が物事を考えるのに欠かせないからいてもらおう」


「主君が言うならば仕方ない。騎士の奥方とリルにも力を借りたい」


「良いよ~」


『任せて』


 舞はブラドに対して両手を広げ、リルは小さくなって藍大の膝の上に座った。


「騎士の奥方よ、吾輩をぬいぐるみ扱いするのは良くないぞ」


「私も藍大と同じでブラドを抱っこしてると滅茶苦茶閃くよ」


「そんな実績はない。主君がリルを撫でながら思考するのはいつものことだが、騎士の奥方は吾輩を抱っこしてもいつも通りのほほんとしてるであろうが」


「そんなぁ~」


 舞はしょんぼりして両手を引っ込めた。


 そこに優月がユノに抱えられて通りかかる。


「ブラド、ママ、なかよしじゃない?」


「そ、そんなことはないぞ! ほら、仲良しだろう?」


「わ~い」


 優月に悲しそうな眼差しを向けられてしまい、ブラドは優月を悲しませまいと自ら舞に抱っこされに行った。


 舞はブラドを抱っこして満足そうに笑っている。


 (ブラドも優月には勝てないか)


 ブラドは優月に甘い。


 藍大はもしも優月と舞が組んだらブラドは常に舞に抱っこされそうだと考えて苦笑した。


 ユノが優月を連れてサクラと蘭のいる場所に向かうと、ブラドは舞から離れようとする。


「騎士の奥方よ、そろそろ離してほしいのだが」


「あと1時間~」


「長いわ!」


「じゃああと3分」


「3分間だけ待ってやるのだ」


 (舞も交渉が上手くなったもんだ)


 最初に無理だと思う提案をしてからハードルを下げた提案をすることにより、舞はブラドを3分間抱っこすることに成功した。


 これには藍大も感心せざるを得ない。


 それはさておき、道場ダンジョンの階層増設に話は戻る。


「ブラド、9階に配置するモンスターに縛りはあるのか?」


「7階でデーモン系モンスターを配置したであろう? 9階は少なくともデーモン系よりも強いモンスターが良いのだ」


「なるほど。秘境ダンジョンのモンスターなんてどうだ? デーモンやったからエンジェルみたいな」


「それは様式美の観点からしてありなのだ。ボスをドミニオンマトンにして、”掃除屋”をヴァーチャーマトンにするぐらいなら良さそうである」


「良いんじゃないか? オファニムフレームとかはやり過ぎだからドミニオンマトンが妥当だろ。ドミニオンマトンの魔導書の需要はあるだろうから丁度良いさ」


「であるか」


 藍大とブラドがサクサクと話を進めているところに舞が手を挙げた。


「はい!」


「なんであるか?」


「食べられるモンスターも配置すべきだと思うの。道場ダンジョンは食べられるモンスターが少な過ぎだよ~」


『僕もそう思う。美味しいのはワイバーンだけなんて悲しいよ』


「ふむ。一理あるな。10階には食べられるモンスターを配置することにしよう」


 (流石は食いしん坊ズ。こんな時も食欲を忘れることがないな)


 ブラド自身も食いしん坊ズの一員なので、同志舞とリルからの指摘にもっともだと頷いている。


 その様子を見て藍大はやれやれと思いながらリルの頭を撫でた。


「ついでに10階には覚醒の丸薬の素材になるモンスターも配置しよう」


「主君、良いのか? 覚醒の丸薬は”楽園の守り人”だけで独占しないのか?」


「俺は覚醒の丸薬を稼ぎたくて独占してる訳じゃない。高レベルな素材モンスターを倒し、その素材から覚醒の丸薬を作れる腕を持つ薬士がいれば作れるようにすべきだ。板垣総理はA国とC国、R国の要請は突っぱねたが、どうせまた別の切り口から覚醒の丸薬を求める要求は外国からあるはず。その時に備えて俺達以外にも覚醒の丸薬を作れるようにしておきたい」


「あの総理はとことん信用ないな」


「ブラド、一度失った信用を取り戻すって大変なんだぞ?」


「その通りであるな」


 藍大の考えにブラドはうんうんと首を縦に振った。


「藍大、雑魚モブにその3種とバジリスクとコカトリスはどうかな?」


「結構凶悪じゃね? バジリスクやコカトリスを雑魚モブとして出すの?」


「ワイバーンとドミニオンマトンを倒した冒険者なら大丈夫だよ」


「それもそっか。後は”掃除屋”とボスをどうするかだな」


「”掃除屋”はケンタウロスでボスはシーサーペントなんてどうかな?」


「その心は?」


 舞が迷うことなくケンタウロスとシーサーペントの名前を挙げたため、藍大はその意図を訊ねた。


「武器を使うモンスターの中でもケンタウロスは魔法系アビリティも使えて結構強いの。だから、仮想”大災厄”みたいな感じで出しても良いと思うよ。シーサーペントはシージャイアントが現れる階層ならいてもおかしくないかなって」


「俺は良いと思う。ブラドとリルはどう思う?」


「吾輩も賛成である。強さを調整すればシトリーぐらいの能力値スペックで召喚するのは容易いぞ。シーサーペントは10階の数々の敵を倒したご褒美なのだ」


「ブラドがそう言うってことはシーサーペントって美味しいの?」


「勿論である」


「藍大、9階と10階の試験は必要だよね!」


『そうだよご主人! シーサーペントが10階のボスに相応しいか確かめようよ!』


「しょうがないな。ブラド、改築ってすぐにできるのか?」


「午後まで待ってほしい。夕食がシーサーペントになるように全力で準備する」


「ブラド頑張れ~」


『ファイトだよ』


「任せておくが良い」


 食いしん坊ズの発案によって藍大の午後の予定が道場ダンジョン9階と10階のテストプレイに決まった。

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