第401話 アップルパイってさん付けされるおやつだったっけ?

 睦美のパワーアップが終わって道場ダンジョンから戻り、藍大は自宅で家族と昼食を取ってから伊邪那美に地下神域のバージョンアップについて訊ねた。


「伊邪那美様、地下神域がバージョンアップされたんだよな? どんな感じ?」


「うむ。今まではシャングリラの土地と同じ面積しかなかったのじゃが、バージョンアップで特殊な空間に変わったのじゃ」


「特殊な空間ってどゆこと?」


「地下神域自体は地下にあるのじゃが、広さの制限が取り払われたぞよ。どれだけ走り回ってもシャングリラの土地の中にいられるように空間が調整されておる」


「とんでもない空間になったもんだ」


「神域ならこういうこともありなのじゃよ」


 藍大が神域すごいと顔を引き攣らせていると、リルとリュカが藍大の隣で尻尾をブンブン振るっていた。


『ご主人、地下神域に行きたい!』


「私も!」


「愛い奴等め。今ここにいるメンバーで地下神域に遊びに行こう」


「『わ~い!』」


 藍大達は準備をしてからみんなで地下神域へと移動した。


 地下神域には伊邪那美を祀る神社があり、その近くには黄金の林檎の木が1本生えている以外見渡す限りの草原が広がっている。


『ご主人、走って来ても良い!?』


「落ち着くんだリル。今日はこんな物も用意したんだぞ」


 そう言って藍大が取り出したのはフライングディスクだった。


『フライングディスクだ! ご主人、投げて投げて!』


「投げて!」


『フィアも参加する!』


「わかった。でも、俺が投げたんじゃ距離が出ないから選手交代だ。舞、お願いして良い?」


「任せて~」


 藍大は自分の力じゃ身体スペックの高いリルやリュカ、フィアを満足させられないので、力自慢の舞にフライングディスクを投げる役割をバトンタッチした。


 藍大は舞から優月を受け取って抱っこし、舞は藍大からフライングディスクを受け取った。


『舞、投げて~』


「行くよ~。オラァ!」


 舞は投げる瞬間だけ戦闘モードになり、フライングディスクが凄まじい勢いで飛んで行く。


 その直後にリルとリュカが駆け出していき、スペックで勝るリルが先にジャンプしてフライングディスクを口でキャッチした。


 リルはご機嫌な様子でフライングディスクを持ち帰って舞に渡した。


『僕の勝ち~』


「うぅ、負けちゃった」


『リル強~い』


「リルはこの中で最速だし、次からリル、リュカちゃん、フィアちゃんで順番に取りに行こうか」


「『『は~い』』」


 (舞達にはしばらくフライングディスクで遊んでもらおう)


 藍大が微笑みながらそんな風に考えていると、ツンツンと自分を突く者がいることに気づいた。


「ユノ、どうした?」


「キュルン」


 すかさずブラドが通訳する。


「ユノは優月を乗せて空を飛んでみたいらしいぞ」


「そっか。優月、ユノに乗せてもらうか?」


「うん!」


 優月がニッコリと笑って頷いたため、ユノは<収縮シュリンク>を解除して元の大きさに戻った。


 久し振りの元の姿は大人が3人ぐらい乗れそうなサイズだった。


「主、私と蘭も乗りたい」


「キュルルン」


「どんと来いと言ってるぞ」


「ありがとう、ユノ」


「キュルン♪」


「アタシ達はここでのんびりしてるのよ」


「シートの上でゴロゴロするです」


『(─。─)ネル・・・オヤスm・・・zzz・・・』


「寝る」


 藍大と優月、ブラド、サクラ、蘭はユノの背中に乗り、仲良しトリオとゲン、日向、大地、零はレジャーシートを広げてのんびりし始めた。


 ユノが地下神域をゆっくりと飛んでくれるおかげで藍大達は空の旅を楽しむことができた。


「ユノ、すごい!」


「キュル~♪」


 優月に褒められてユノは嬉しそうに鳴いた。


「私も主を抱いて飛びたい」


「ユノのフライトが終わったらな」


「は~い」


 サクラも久し振りに藍大を抱いて空を飛びたい欲求が刺激されたらしい。


 藍大はユノが空の旅に満足して着陸した後、優月をレジャーシートに座らせてブラドに任せてからサクラと蘭と2回目の空の旅に向かった。


 蘭を抱っこした藍大がサクラに抱かれるという状態で藍大達は空の旅を楽しんだ。


 蘭は優月のように短く喋ることはないが、それでも感情表現は豊かで藍大とサクラと空の旅ができて嬉しそうにニコニコしている。


「蘭も主と一緒に居られて嬉しいのね」


「あい!」


「よしよし」


 藍大は蘭の頭を優しく撫でた。


 蘭も藍大に撫でられるのが嬉しいのかされるがままである。


 サクラによる空の旅が終わったところでフライングディスクで遊んでいた舞達が戻って来た。


「藍大~、お腹空いた~」


『おやつの時間だよ、ご主人』


「運動したらお腹空いたわ」


『パパ~、お腹空いたの~』


「しょうがない。おやつにするか」


 舞達がフライングディスクで遊ぶとわかった時からこうなることはわかっていたので、藍大は収納リュックから作り置きしていたおやつを取り出した。


 今日のおやつは黄金の林檎を使ったアップルパイである。


「アップルパイさんだ~!」


『アップルパイさんだね!』


「アップルパイさんではないか!」


『アップルパイさんだよ!』


 (アップルパイってさん付けされるおやつだったっけ?)


 食いしん坊ズがアップルパイにさん付けするものだから、藍大は自分の常識がずれているのかと思ってしまった。


「主、普通はアップルパイにさん付けしないから安心して」


「サクラは俺の心が読めるのか」


「そんな顔してたから言ってみたけど当たった?」


「当たってたからビビった」


 藍大がサクラに心を読まれて驚いている隣でゴルゴン達がアップルパイの匂いで目を覚ました。


「アップルパイなのよっ」


「この匂い、黄金の林檎を使ってるですね」


『ワーイε=ヾ(*・∀・)/』


「食べる」


『ゴルゴン、アップルパイさんだよ! アップルパイじゃないよ!』


「そうだったのねっ。アップルパイさんが正しいのねっ」


 リルとゴルゴンのやり取りを見て藍大はサクラの方を向いた。


「サクラ、リルに常識を修正されたゴルゴンがいるんだけど」


「・・・ゴルゴンはおバカだから良いの」


「おバカじゃないのよっ」


「聞こえてたのね」


「マスターの前で馬鹿にするなんて酷いんだからねっ」


「そうだな。ゴルゴンはおバカじゃないよな」


「わ、わかってれば良いのよっ」


 サクラの言い分に抗議したゴルゴンに対し、藍大がその頭を撫でて宥めたことでゴルゴンの怒りはあっという間に収まった。


 それから藍大がアップルパイを切り分けていると、伊邪那美と楠葉、花梨が藍大達に合流した。


「何やら美味しそうな匂いがするのじゃ」


「アップルパイだ。伊邪那美様と楠葉さん、花梨も食べるか?」


「いただくのじゃ」


「いただくよ」


「アップルパイさんでしょ? 勿論食べるよ」


「花梨、お前もか・・・」


 普段は地下神域で生活している花梨が当たり前のようにアップルパイをさん付けしたから藍大は戦慄した。


 アップルパイがさん付けされる食べ物として藍大の周囲でその地位を固めているからである。


 全員の手元にアップルパイが行き渡ったらおやつタイムに突入した。


「美味しいね~。いくらでも食べられちゃうよ~」


『甘い林檎にサクサクのパイ生地が絶妙だね!』


「肉料理も良いがアップルパイさんも美味いのだ!」


『パパのアップルパイさん大好き~!』


「藍大のせいで太っちゃうよ~」


 (花梨、大して動いてないのに食いしん坊ズに合流したら太るから気をつけろよ)


 美味しそうにアップルパイを食べている花梨を見て水を差すのは気が引けたため、藍大は心の中で花梨に注意した。


「あと1切れあるけど」


「「「『『はい!』』」」」


 藍大が誰か食べたい人いるかと訊ねる前に食いしん坊ズが全員挙手した。


 この瞬間、食いしん坊ズ達の視線が合って火花が散った。


 しかし、藍大がいるから喧嘩に発展することはなかった。


 藍大の前でアップルパイ取り合う喧嘩をしてしまえば、それが没収されてしまうとわかっているからである。


 ではどのようにして誰が食べると決めるか。


 逢魔家では魔王様じゃんけんで決まる。


 藍大にじゃんけんで勝った者が食べられるというシンプルなルールだ。


「魔王様じゃんけん、じゃんけんポン!」


『パー!』


「『グー!』」


 従魔の中にはグーチョキパーができない者もいるので、その場合は自分の手を宣言することになっている。


 今回はリルがパーでブラドとフィアがグーと宣言した。


 舞と花梨はチョキだったが、肝心の藍大の出した手はグーだった。


『やった~! 僕の勝ちだね!』


「おめでとう、リル。このアップルパイはリルの物だ」


『ワフン♪』


 勝者になったリルはドヤ顔で新しいアップルパイを貰って食べた。


 こうして藍大達はバージョンアップした地下神域で家族の時間を楽しむことができた。

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