第396話 悩ましいって表情だけど平常運転ですよね?

 8月27日の金曜日の午前9時50分、藍大はリルとゲン、ドライザーを連れてDMU本部にやって来た。


 会議室に向かおうとした藍大は茂に応接室に通された。


 応接室には志保がいた。


「おはようございます、逢魔さん」


「おはようございます、吉田本部長。10時から座談会なので手短にお願いします」


「勿論です。昨日、ニュースはご覧になりましたか?」


「板垣総理がA国とC国、R国の要請を自業自得だと突っぱねた件のことを指してます? それなら見ましたが」


「その件です。今回の3国の要請に対し、私は昨日板垣総理に直談判して突っぱねるよう説得しました」


「板垣総理は落としどころがどうとか言いませんでした?」


「最初はおっしゃっていましたが、これ以上逢魔さんに迷惑をかけたら魔王様信者が本気で潰しにかかって次の総裁選では勝てないと告げたところグラつきました。それに加え、3国や周辺諸国に取り囲まれたとしても日本の保有戦力ならば勝てると説明したことで納得いただきました」


「信者が本気になったらそうなると思います。日本の保有戦力についても事実ですね」


 志保の言い分を聞いて藍大はその未来を容易に想像できたから頷いた。


「板垣総理も逢魔さんに完全に見捨てられたら終わりだと思ったのでしょう。とりあえず、私は逢魔さんの意見に納得した上で通しました。本件だけで逢魔さんの信用を得られたとは思っておりませんが、どうか今後ともDMUとお取引いただけたらと思います」


「わかりました。今回は吉田本部長に頑張っていただいたようですし、茂の胃にこれ以上負担をかけるのも悪いので現状維持とさせていただきます」


「ありがとうございます!」


 志保は笑顔で頭を下げた。


 どうにか自分も藍大を繋ぎ止める要因になることができたとわかり、志保は心の底からホッとしたようだ。


『良かったね』


「リル君、ご褒美として撫でさせて下さい!」


「ちょっ、吉田さん!?」


『天敵センサーに反応なし。ちょっとだけなら良いよ』


「ありがとうございます!」


 志保は板垣総理との交渉で頑張ったので、叶えてもらえたら嬉しいぐらいの気持ちでリルに撫でさせてほしいと思っていた。


 リルに労いの言葉をかけられたことにより、その気持ちを心の内に抑え切れなくなって思わず口にしてしまったようだ。


 茂は志保の暴走にそれは大丈夫なのかとツッコむが、リルが藍大のために志保は頑張ったと判断して少しだけなら撫でることを許可したのでそれ以上何も言わなかった。


 もしもここで止めに入ってリルが考え直したとすれば、志保から恨まれるだろうことは間違いないからである。


「うわぁ、フワフワですね」


『ワフン♪ ご主人が毎日仕上げてくれるんだよ』


 リルは毛並みを志保に褒められてドヤ顔で言った。


 座談会まであと3分になると、茂がそろそろ会議室へ行かないと不味いと伝えて藍大達は全員で会議室に向かった。


 予定通りに茂も志保も座談会を聴講するらしい。


 それはさておき、会議室には藍大以外の参加者が既に揃っていた。


「逢魔さん、おはようございます!」


「魔王様、おはようございます!」


 マルオと一緒に元気良く挨拶をしたのは黒縁丸眼鏡をかけたロブの女性だった。


「おはよう、マルオ。貴女は人形士の方ですか?」


「はい! 私が信者の門番組推し代表の神田睦美かんだむつみです! よろしくお願いいたします!」


「よろしくお願いします」


 (よくよく考えてみれば、面と向かって信者と話すのは初めてじゃね?)


 今日まで藍大は魔王様信者に見守られるだけだったので、見かけることはあっても直接話をする機会はなかったことに気づいた。


 そんなことを考えていると、いつの間にか真奈が藍大の隣にいた。


「逢魔さん、おはようございます。逢魔さん以外の誰かがリル君を撫でませんでした? なんとなくリル君の毛並みに違和感があるのですが?」


『いつの間に!?』


「よしよし、俺が一緒だから大丈夫だ。おはようございます。よくわかりましたね。先程、吉田本部長が少しだけリルの背中を撫でました」


「わ、私だって撫でられないのに・・・」


 藍大から志保がリルの背中を撫でたと聞いた途端、真奈の目から光が失われて壊れた人形のように志保の方を振り返った。


「ひっ!?」


 志保は真奈から発せられる威圧感にうっかり声を漏らしてしまった。


「真奈さん、落ち着きましょう。ガルフを召喚してモフモフしましょう」


「モフモフ?」


「そう、モフモフです。リルは俺の従魔ですが、真奈さんにはガルフがいますよね?」


「そうでした。私にもモフモフがいるんでした。【召喚サモン:ガルフ】」


「ワフ?」


 突然召喚されたガルフはもう自分の出番なのかと訊ねるように鳴いた。


 そして、その直後には真奈にモフられていた。


「ワォン!?」


『ガルフ、君のご主人は君が引き取らなきゃ駄目だよ』


「クゥ~ン・・・」


 ガルフはそんなぁと鳴くがこればかりは仕方ない。


 しょんぼりするガルフではあるものの、以前の草臥れた感じからは回復していたので待遇が良くなったのかもしれない。


 真奈がガルフをモフモフして落ち着きを取り戻すと、参加者全員が席に着いて座談会が始まった。


「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。改めて挨拶させていただきます。”楽園の守り人”のクランマスターを務める逢魔藍大です。よろしくお願いします」


『リルだよ。よろしくね』


『ドライザー。ボスの警備を務める者だ。よろしく頼む』


 藍大に続いてリルとドライザーが自己紹介をした。


 ゲンは今日も今日とて<超級鎧化エクストラアーマーアウト>で藍大のローブに憑依しているので、それを理由に自分の挨拶はなしにしてくれと無言を貫いた。


 掲示板では基本的に本名を名乗って話をしないので、座談会の参加者達も藍大達の後に自己紹介を行った。


 真奈やマルオ、睦美の自己紹介の後、藍大にとっては完全に初めましての2人が自己紹介を行う。


「初めまして。”雑食道”のクランマスター、ゲテキングこと伊藤狩人いとうしゅうとです。ゲテキングと呼んで下さい。掲示板でお伝えした通り、剣士から蟲士に転職しました。今日はよろしくお願いします」


 掲示板ではちょくちょく話題になるゲテキングだが、パッと見た感じでは普通の好青年だった。


 この見た目でバリバリの雑食好きは冗談だろうと思うレベルだが、他人に迷惑をかけないならば人の趣味嗜好にとやかく言えたものではない。


 加えて言うならば、ダンジョンもいくつか攻略する等活躍しているのだからゲテキング達”雑食道”の娯楽は大目に見るべきだろう。


 最後の1人は鋼色のスライムを肩に乗せた短髪の青年だ。


「初めまして。”リア充を目指し隊”のサブマスターの持木泰造もちきたいぞうです。この子はウエポンスライムのアイボです。よろしくお願いします」


 泰造は真奈や睦美、志保の方を恥ずかしくて見ることができないらしく、周りを見て挨拶しているようで男性陣の顔しか見ていなかった。


 自己紹介の後は早速意見の交換が始まる。


 藍大は伝え忘れる前に今日の座談会を開いたきっかけとなる事実を共有することにした。


「まずは私からです。私と三次覚醒した鑑定士である芹江ビジネスコーディネーション部長の両方が同じ結論に至った情報ですが、”災厄”がわざと私達の従魔になって主人を魅了して自由に動けるようにする可能性があります。テイムする際はくれぐれも注意して下さい。なお、この件だけは口外禁止です。世間に知れ渡るとテイマー系冒険者を排斥しようとする者が出てくる可能性がありますので」


「逢魔さん、質問よろしいでしょうか?」


「ゲテキングさん、どうぞ」


「”災厄”で魅了系アビリティを保有するモンスターはテイムせずに倒した方が無難ということですか?」


「皆さんが魅了を無効化できるのならば別ですが、そうでない場合は自分が操り人形になって日本を混乱に陥れる可能性があると思って下さい」


「わかりました。食べるかテイムするか悩んでも美味しくいただくことにします」


 (悩ましいって表情だけど平常運転いつも通りですよね?)


 藍大はそう思っても口に出したりしなかった。


「魔王様、次は私から良いでしょうか?」


「神田さん、お願いします」


「はい。皆さんが探索したダンジョンでお互いにお薦めできるモンスターがいたら紹介したいです。今はネット社会なので検索すれば大抵のことは調べられますが、一定以上の実力のある冒険者であれば独自の情報網もあるはずです。先日の”大災厄”は魔王様が駆除して下さいましたが、魔王様がダンジョン探索中で都合がつかない時、私達でも”大災厄”と戦えるようにすべきだと思うんです」


 (神田さん、もっと言ってやって)


 藍大は睦美の自己解決できるように備える姿勢を知り、彼女に抱く印象が良くなった。


 最近ではすぐに自分や”楽園の守り人”に頼る政治家やらDMU元本部長にうんざりしていたので、睦美の姿勢に評価を上方修正したのだ。


 無論、魔王様信者である睦美は今の発言で藍大からの心証が良くなるとわかって言っている。


 点数稼ぎをして他の信者と差をつける絶好の機会を利用し、藍大に自分という存在を覚えてもらうつもりである。


 そんな睦美の意図はさておき、会場に集まったテイマー系冒険者はその提案に好意的だったから藍大以外の冒険者は自分に利のある情報を交換できてホクホク顔になった。


 座談会は序盤から活発な雰囲気になっているが、まだまだ始まったばかりだ。

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