第395話 それをおかしいと思わないのですか?

 翌日の木曜日の朝、志保はDMU本部の会議室で首相官邸にいる板垣総理とWeb会議を行っていた。


 志保は画面の向こうにいる板垣総理に話しかけた。


「板垣総理、今日はお時間を頂きありがとうございます」


『いや、この案件は最優先事項だ。A国とC国、R国への態度は早々に決めなければならない。現場の君達の意見を聞くのに時間を割くのは当然だろう』


「そう言ってもらえると助かります。結論から申し上げますと、日本はその3国に対して何もするべきではありません。毅然とした態度で3国の要請を拒否すべきです」


『・・・本気かね? 私とて国内の冒険者を海外派遣するのは断るが、全て拒否するのは無理ではないか?』


「本気です。今回の3国の要請は南北戦争に加担して国内のダンジョンの間引きを疎かにしたことが原因です。板垣総理、日本に旧SK国からシトリーがやって来たのはご存じですか?」


『ああ、勿論報告を受けたとも。”グリーンバレー”が時間稼ぎして博多港にいた国民を逃がし、”楽園の守り人”がシトリーを仕留めたのだろう? 日本が二度も”大災厄”を軽微な被害で倒したからこそ、A国とC国、R国はノブレスオブリージュだなんだと言って支援を求めるのだ』


「それをおかしいと思わないのですか?」


『おかしいと思っている。だが、あの3国は他の国々にも日本から支援の約束を取り付けようと働きかけて包囲網を展開しているのだ。何もしないと日本は国際社会から疎まれることになる』


 そう言う板垣総理の表情は険しいものだった。


 諸外国からの要請ラッシュに草臥れていると言えよう。


「それでまた覚醒の丸薬を”楽園の守り人”に作るよう頼むおつもりですか? ”ゴッドハンド”は産休中ですよ?」


『・・・どうにかならないかね? 覚醒の丸薬を少量でも良いから各国に販売するのが一番角が立たずに済むんだ』


「恐れながら、それが本当に正しいと思っているなら総理は次の選挙で間違いなく総理ではいられなくなります」


『なんだと?』


 志保が踏み込んだ発言をしたことにより、板垣総理の疲れが見える顔に怒りが浮かび上がった。


 しかし、志保はそれでも怯むことはなかった。


 ここで板垣総理に迎合してしまえば、”楽園の守り人”はDMUと関係を見直されてしまうからだ。


 モンスターとダンジョンが出現して実力重視の世界になった今、志保が仲良くすべき優先度は”楽園の守り人”>板垣総理である。


 板垣総理がいなくともDMUは回るが、”楽園の守り人”と縁が切れればDMUは回らなくなる。


 ”楽園の守り人”と関係が悪化すればレア素材や重要な情報の入手が遅れ、DMUはあらゆる問題に対して後手に回るに違いない。


 それがわかっているからこそ、志保は少しも怯むことなく板垣総理に物申した。


「おわかりになりませんか? ”楽園の守り人”は日本の希望です。現在、板垣政権の支持率が落ちているのは”楽園の守り人”との関係悪化が原因です。それをさらに悪化させるおつもりですか?」


『それはそうだが・・・』


「それはそうだがなんですか? ”楽園の守り人”に無理を強いることに対して世間を納得させられる理由がありますか? ないでしょう? 総理の座を守るために”楽園の守り人”に無理を強いるのが板垣総理のやり方だと魔王様信者が掲示板で主張した後、炎上したのをもうお忘れですか?」


 志保の質問に板垣総理は沈黙するしかなかった。


 魔王様信者は”楽園の守り人”に不利益が生じることを許さない。


 信者はクランとしてまとまっておらず、あくまでいろんな立場の冒険者が”楽園の守り人”のファンクラブなのだ。


 テイムの夢を世界で初めて叶えてくれた藍大への期待や推しメンへの応援、”楽園の守り人”が売りに出した素材や食材への感謝等、信者になった理由は様々である。


 彼等は自分の大切なものを害する存在を許さない。


 前体制のDMUにいた老害四天王も4分の3は魔王様信者の掲示板炎上がきっかけで失脚した。


 その矛先が自分に向けられて自分の支持率が落ちていることを思い出し、板垣総理の顔色はWeb会議開始時よりも明らかに悪くなった。


 志保は沈黙する板垣総理が反論を思いつく前に再び口を開いた。


「板垣総理、貴方は元本部長と共に謝罪動画を逢魔さんに送りましたが無視されました。このことについてどうお考えですか? まさか、謝罪したから相手が受け入れていなくとも問題ないのでまたお願いできるなんて思っていませんよね?」


『・・・芹江ビジネスコーディネーション部長経由でも駄目だろうな』


「当然です。彼は逢魔さんと長年の付き合いがあり、貴方や元本部長、私に命令されていると逢魔さんに理解してもらえているから関係が悪化していないだけです。魔王様信者が彼を叩かず同情的なのも逢魔さんと彼が仲の良い幼馴染だからです。これ以上彼に負担をかければ彼がDMUを辞めて本当にDMUも終わりです。そして、板垣総理も総理の座から引き摺り下ろされるでしょうね」


『では、どうすれば良いというのだ?』


 板垣総理は苦しそうな表情で志保に疑問をぶつける。


「最初に言った通りです。逢魔さんに誠意を見せるためにA国とC国、R国の要請を全て突っぱねましょう。シトリー襲来の一件はこの3国が南北戦争に加担したことも影響してます。自業自得です」


『日本は諸外国に攻め込まれないだろうか?』


「日本に攻め込む暇があったら”大災厄”を倒そうとしますよ。どうして国民が殺されているのを無視して日本を攻められると思っているんですか? もしも板垣総理がA国の大統領だったとして、”大災厄”が国内で暴れ回っているのを無視して日本に攻め込む判断をしますか?」


『しない。まずは国民の安全を最優先に考える』


「そうですよね。それと同じです。これは私の持論ですが、国民を守るために他国に侵攻しようとする国があっても国内の致命的な問題を無視して徴兵するような国はありません。聡明な板垣総理なら同じ結論に至ると思いますがいかがですか?」


 そこまで言われれば、板垣総理も志保の言う通りであるように思えてきた。


『そうだな。戦争したくて戦争を仕掛ける個人はいたとしても、そのような者は指導者になれないだろう。何故ってそんな危険人物に国を任せられないと立ち上がる者が必ずいるからだ』


「おっしゃる通りです。仮にA国とC国、R国が攻め込んで来たとして三次覚醒者のいる日本が負けると思いますか?」


『思わない。”楽園の守り人”が戦わずとも、三原色クランと白黒クランが返り討ちにできそうだ』


「その白黒クランより下のクランも着々と力を強めています。無所属の冒険者も日本全国のダンジョンの間引きに参加する過程で鍛えており、いずれも二次覚醒者です。それに比べて他国はどうでしょうか?」


『二次覚醒者も多い国で10人程度だ。数か国が連合しても負ける要素はないな。うん、行ける気がしてきた』


 板垣総理は志保と話している内に弱気でいるのが間違いだと気づいたらしい。


 その表情はかなり明るいものに変化していた。


「他国もダンジョンを踏破した例はありますし、テイマー系職業の者がいない訳でもありません。やろうと思えば”ダンジョンマスター”をテイムし、覚醒の丸薬の素材となるモンスターをダンジョンに出現するようにできるんです。それはご存じでしたか?」


『申し訳ない。それは認識していなかった。であれば、これ以上”楽園の守り人”に嫌われるような真似をせず、きっぱりとA国とC国、R国の要請を断った方が良いな。謝罪は受け取ってもらえずとも、いつも彼等に頼りっ放しではないと行動で示す丁度良い機会だ』


「私と同じ結論に達していただけたようで幸いです。板垣総理、決して付け入る隙を与えてはいけません。毅然とした態度で拒否しましょう」


『わかった。そうと決まればすぐに回答しよう。この手の案件はズルズル長引かせてはいけないからな。それでは失礼する』


「はい。お忙しいところお時間を割いていただきありがとうございました」


 Web会議はどうにか志保の望む通りの結果で着地した。


 後は板垣総理が急にヘタれることなくきっぱりとNOと言うだけだ。


 それから数時間後のニュースで板垣総理がA国とC国とR国の要請を拒否したと報道され、志保はガッツポーズをした。


「逢魔さん、私はやり遂げました。明日リル君を撫でさせてもらえないか頼んでみましょう」


 ちょっとぐらい労ってもらっても良いんじゃないかと思い、志保は自分の欲望を口にした。

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