第393話 喧嘩? 私の得意分野だよ
同日の午後、藍大は茂からの電話を受けていた。
『藍大、今大丈夫か?』
「どうした茂? まるで仕事を積み上げられ過ぎてグロッキーなブラック企業戦士みたいな声じゃん」
『はは、ブラックなのは政治家の腹だけにしてくれよ』
「茂!? 何があった!? 千春さんに膝枕してもらうんだ! 傷はまだ浅いぞ!」
『お前なんでそのことを!? 千春、さては舞さんに惚気たなぁぁぁぁぁ!』
電話越しの茂の声が元気のないものだったため、藍大は茂が千春に甘える時にやることを口にした。
その効果は違う意味で発揮された。
癒しではなく羞恥心によって茂の声がエネルギー溢れるものになった。
「よし、元気になったな」
『お陰様でな! なんで知ってんだよ畜生!』
「さっき自分で言ってただろ? 千春さんが舞に惚気たからだ」
『はぁぁぁ・・・』
茂は叫んだと思ったら大きな溜息を吐く。
事情を知らなければ茂が情緒不安定なのではないかと心配になるだろうが、こういう茂を藍大はここ数年で何度も見聞きしているので大体察した。
「何か碌でもないことが起きた。ついでに言えば、俺達にもそれが影響して巻き込まれそうって認識でおけ?」
『おけ。実は、少なくともA国とC国、R国の3国で”大災厄”が出現した。でも、これはあくまで確認された”大災厄”って話だ』
「未確認、つまりは旧SK国みたいに現れた周辺の住民を滅ぼして発見が遅れてるパターンもあり得るか」
『正解。現状がその状態だとどういうことが次に起こると思う?』
「ヘイ、マイケル。
『マイケルって誰だよ。A国の通販番組みたいなボケを披露すんじゃねえっての。そりゃ大体合ってるけどさ』
「お こ と わ り」
藍大は片手でスマホを耳に当て、もう片方の手を一文字ずつ横にずらす演出を行う。
当然のことながら、ビデオ通話ではなくただの電話をしているだけの今はその演出が茂には伝わらない。
『おもてなしみたいに言うんじゃねえよ。いや、それはわかってるし海外派遣はねえから安心してくれ』
「落としどころは覚醒の丸薬の輸出とか言うんだろ? それで産休中の奈美さんに作業をやらせるつもりなんだ。そう、強いられてるんだ!」
『強いられないように本部長が対応中だ。挨拶しに行った時もそうだったけど、本部長も女性だから産休中の奈美さんを働かせるのは言語道断ってキレてるし』
藍大がボケていられる以上、まだ藍大には心の余裕が残っていると安心して言葉を続ける。
「とは言ってもどうするんだ? 実際のところ、覚醒の丸薬を作れってもうしばらくしたら連絡が来るんだろ? いかに丁寧にラッピングしようが言いたいのは覚醒の丸薬を作ってくれってことになるんじゃねえの?」
『それについては考えがある』
「聞かせてもらおう」
『”レッドスター”の赤星華さんと”グリーンバレー”の緑谷大輝さん、”迷宮の狩り人”の薬師寺君、DMU職人班の薬士チームに覚醒の丸薬を作ってもらうのはどうだ? ブラドに協力してもらって丸薬の素材になるモンスターをダンジョンに配置してもらい、それを冒険者に狩って納品してもらった上でな』
「どんぐらい売ろうと考えてるんだ? そもそも、南北戦争でその3国が加担しなかったらシトリーが日本に襲来することはなかったじゃん。俺から言わせてもらえばなんでその3国に覚醒の丸薬を売らなきゃいけないかわかんない」
『それは・・・』
藍大の発言に茂はすぐに応じることができなかった。
DMUという政府に近い組織にいたせいで、茂も無意識に落としどころを用意しなければならないという考えに囚われていた。
「茂、これは奈美さんが産休だから薬を作らないって次元の話じゃない。迷惑をかけて来た国のために動かなきゃならんってことがおかしいんだ。本部長が自分の代わりに茂に俺に協力を取り付けるよう言ったんなら抗議する。茂が本部長はまだ俺の信用を得てないから自分から電話すると言った場合も同じだ。多分今回は後者だろ」
『はぁ。よくわかってんな』
「そりゃ幼馴染だからな。とにかくこの話は一旦本部長に直接させてもらう。今回の動き次第で俺は本気でDMUとの関わり方を変えるぞ」
『わかった。藍大が思うまま話してくれ。下手に俺が気を遣うと減点になりそうだ』
「悪いな。色々悩んだだろうに」
『いや、言われてみればもっともな話だ。俺もいつの間にか政府寄りの思考になってたらしい。俺は鑑定士の力を活かしたくて仕事してたはずなのにな』
「とにかく休め。ここから先は俺とDMU本部長、板垣総理との喧嘩だ」
藍大は茂との電話を切った。
その時には既に舞とサクラ、リル、ブラドがスタンバイしていた。
「喧嘩? 私の得意分野だよ」
「目を瞑ってても3国潰せるよ」
『ご主人が戦うなら僕も戦う』
「吾輩、創るのも得意だが壊すのも得意である」
やる気満々の4人を見て藍大は落ち着きを取り戻した。
自分よりも臨戦態勢の2人と2体を見てクールダウンできたらしい。
「落ち着け。まだDMU本部に乗り込む訳じゃない。まずは電話をしてからだ」
「そっか~。でも舐められたら負けだから強気に行かなきゃ駄目だからね~」
「主がオラオラすれば大抵の相手は黙る」
『ご主人、モフモフ準備OKだよ』
「交渉に難航したら吾輩が代わろう。大船に乗ったつもりで戦うが良い」
「ありがとな、みんな」
藍大は舞達から力強いエールを受けて深呼吸した。
小さくなったリルが膝の上に座ると、気持ちを奮い立たせて
『はい、吉田です。逢魔さんからお電話をいただけるとは思っていませんでした。一体どうされたんですか?』
「覚醒の丸薬の件ですが、日本が3国に協力する意味がわかりませんので私達は協力しません」
『協力する意味、ですか』
「はい。茂にも言いましたが、シトリーが日本にやって来たのは南北戦争にA国とC国、R国が介入したことが少なからず影響してます。この3国は戦場を荒らすだけ荒らして撤退し、日本、いえ、正確には”グリーンバレー”と私達に後始末をさせました。少しでも対応を誤れば国内の死亡者がわんさと出たでしょう。それなのに何故日本が譲歩する前提なんですか? それが冒険者を守るDMUなんですか?」
『・・・そうですね。逢魔さんのおっしゃる通りだと思います。私は政治家の言いなりにならないと約束しました。そして、冒険者の海外派遣を断ることで冒険者を守れると思っていました。ですが、逢魔さんにご指摘いただいた通り、そもそもの発端は3国です。板垣総理への抗議の内容は何も提供しないに変更します』
「できるんですね? できると言ってすみませんでしたって言うんなら今後DMUとの関わり方は改めさせてもらいます」
『是が非でも逢魔さんの意見を通します。その時には少しでも以前のDMUとは違うと信用していただけたらと思います』
「そうですね。通せたのなら考えます。通せなければ私達が板垣総理に直談判するしかありません」
『絶対に私がなんとかします! それだけはお止め下さい!』
志保は必死だった。
以前に挨拶をした時、サクラとブラドが過激な発言をしたことを覚えていたからだ。
交渉が決裂してサクラかブラドが実力行使に出たとなれば、首相官邸が消えるとか3国の首都に隕石が落ちるとか起こりかねないと思ったのだろう。
そんな事態はどうにか避けねばならないと思えばこそ志保は必死になったのである。
(なんかあらぬ誤解を受けている気がする)
藍大は自分達の意見が通らなかった時に実力行使に出ると志保に思われていると気づいた。
しかし、それで志保が本気になって板垣総理と交渉してくれるなら良いかと思って敢えて訂正するのは止めた。
もしも志保が自分達に脅されて板垣総理と強気で交渉したと言った場合、実力行使に出るなんて一言も言っていないと反論できる余地を残した訳だ。
とりあえず、志保はすぐに板垣総理に交渉しますから吉報をお待ち下さいと告げて藍大との電話を切った。
電話が切れると見守っていた舞達が藍大に抱き着いた。
「藍大、ナイスファイト! 本部長は死ぬ気で交渉してくれると思うよ!」
「主はやはり魔王として人の上に立つべき」
『ご主人、お疲れ様! カッコ良かったよ!』
「完全に主君がペースを握ってたぞ。やればできるではないか」
「皆の応援のおかげだ。ありがとう」
この後藍大は滅茶苦茶家族サービスした。
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