第389話 情けは人の為ならずってね

 8月24日の火曜日の午後、福岡県の博多港は大騒ぎになっていた。


「な、なんだあれは?」


「浮いてる! いや、飛んでるぞ!」


「背中から翼みたいなものが生えてるぞ!」


 上空から見下ろす豹頭に翼の生えた存在を発見した者達がそれを指差して叫び出す。


「ふーん。あの地図の通り、本当に陸地があったわ。しかも、獲物がたくさんいる」


「・・・なんてこった。冒険者以外は避難して下さい! モンスターです!」


「え?」


「モンスター?」


「スタンピード!?」


「「「・・・「「逃げろぉぉぉぉぉ!」」・・・」」」


 その場に居合わせた冒険者4人組の1人がそう言うと、戦えない一般人がパニックになって逃げ出した。


「あら、バレちゃったみたいね。逃がさないけど」


 そう言って豹頭のモンスターが爪を伸ばし、適当に逃げる群衆を狙って攻撃した。


 だが、その攻撃は避難を呼びかけた男性の隣にいた女性によって防がれる。


「ふん!」


「麗華! ありがとう!」


 蹴りで豹頭のモンスターの攻撃を弾き返した女性は緑谷麗華だった。


 ちなみに、最初に一般人に逃げろと言ったのはその夫である緑谷大輝である。


 幸か不幸か博多港に”グリーンバレー”のクランマスターとそのパーティーが居合わせたのだ。


 彼等はダンジョン帰りに博多港で昼食を取り、ブラブラしてからクランハウスに戻ろうとしていたところでモンスターを見つけた。


「やっさん、俺達はどうする?」


結衣ゆいが敵を攻撃! らくは結衣に対する反撃を防げ!」


「了解!」


「うぃっす!」


 三次覚醒した大輝達は博多港において一番強い。


 豹頭のモンスターは逃げ出した群衆よりも自分の攻撃を防いだ大輝達に興味を持った。


「私の攻撃を防ぐとは大したものね」


「そりゃどうも」


「大輝、喋ってる場合じゃないわ。さっきDMUに鑑定してもらったんでしょ。結果は?」


「そうだった。敵はシトリーLv85。”大災厄”と”外道”を持ったモンスター」


「私を放置してお喋りとは許せないわね」


 豹頭のモンスターのシトリーは自分が話しかけた後放置されたことに不快感を示し、<空気操作エアーコントロール>で大輝達の周囲の酸素を薄くした。


「はっ!」


 麗華は自分のMPを気に変換して手に集めてシトリーに向かって放った。


「ちっ」


 麗華の攻撃は<空気操作エアーコントロール>を使ったままでは避けられないものであり、シトリーは一旦アビリティを解除して回避に専念した。


 そのおかげで大輝達は酸欠にならずに済んだ。


「ぷはぁ・・・。麗華、助かったよ」


「大輝、逢魔さんに応援を要請して。空を飛ぶシトリーは私達じゃ分が悪い」


「そうだね」


「生意気な!」


 シトリーは麗華の攻撃を避けた後、<空気操作エアーコントロール>で再び大輝達を酸欠にしようとした。


 しかし、<空気操作エアーコントロール>を発動しようとしたシトリーに麗華が気を放つモーションを見せたため、シトリーは攻撃を<千風刃サウザンドエッジ>に切り替えた。


「俺が勢いを殺すっす! どりゃぁぁぁぁぁ!」


 剣士の楽は飛ぶ斬撃を量産してシトリーの攻撃を相殺していく。


 それでも、全部の攻撃を相殺するには数が足りない。


「後は私がどうにかする」


 魔術士の結衣がエネルギー壁を創り出して楽が削り切れなかった風の刃を防いだ。


 三次覚醒したとはいえ、少し前までの結衣ではシトリーの攻撃を凌ぐのは難しかっただろう。


 では、どうしてそれが可能になったか。


 結衣がDMUからドミニオンマトンの魔導書を買ったからである。


 ドミニオンマトンの魔導書はINT依存の冒険者が欲しがるものだったので、藍大がブラドの協力を得てシャングリラでガンガン倒して”楽園の守り人”で使わない分を売りに出したのだ。


 それを結衣が買ったため、INT依存の結衣のエネルギー壁は強度が増してシトリーの攻撃を防いだ。


 そして、楽と結衣が時間を稼いでいる間に大輝は藍大と連絡を付けることに成功した。


「逢魔さんに連絡が取れた! あと40秒でこっちに来てくれる! それまで周辺の被害を抑え込むよ!」


「わかったわ!」


「さすまお!」


「了解!」


 大輝達が活気づいたことに気づき、シトリーは戦術を遠距離戦から近距離戦に切り替えた。


「バラバラにしてあげる!」


 シトリーが両手の爪を伸ばして錐揉み回転しながら急降下し始める。


「はぁぁぁぁぁ!」


 結衣がエネルギー壁を解除すると、麗華が気の弾丸をシトリーに向かって放つ。


「無駄よ!」


 シトリーは<闘気鎧オーラアーマー>で自身をコーティングしており、麗華の攻撃に真正面から衝突して撃ち破った。


「やべえっす!」


「迎撃する!」


 楽は斬撃を飛ばして結衣も火の弾丸を飛ばすがシトリーの勢いは殺せない。


 そんな時だった。


「ぶっ飛べゴラァ!」


 大きく跳躍した舞が雷光を纏ったミョルニルをフルスイングしてシトリーを上空に打ち上げてみせた。


 先程まで博多港にいなかった舞が現れたということは、藍大がこの場にやって来たことを意味する。


 藍大は舞とサクラ、リル、ゲンを連れて来ていた。


「お待たせしました。大丈夫ですか?」


「助かりました。ナイスタイミングです」


 藍大が大輝達に声をかけると、大輝が振り返ってパーティーを代表してお礼を言った。


「後はこちらでやります」


「お願いします」


 藍大は大輝からバトンタッチしてもらった後、上空に打ち上げられたシトリーをモンスター図鑑で調べた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:シトリー

性別:雌 Lv:85

-----------------------------------------

HP:100/1,500

MP:1,200/2,000

STR:1,500

VIT:1,800

DEX:2,000

AGI:1,500

INT:1,500

LUK:900

-----------------------------------------

称号:”大災厄”

   ”外道”

アビリティ:<空気操作エアーコントロール><千風刃サウザンドエッジ><伸張爪ストレッチネイル

      <螺旋降下スパイラルダイブ><魅了風チャームウインド

      <闘気鎧オーラアーマー><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:衝撃

-----------------------------------------



 (えっ、弱くね?)


 シトリーのステータスを見て藍大は驚いた。


 ダンタリオンと同じ”大災厄”と聞いてやって来たが、舞の一撃でほぼ瀕死の状態だからである。


 ダンタリオン程の狡猾さがなければシャングリラダンジョンのちょっと強い雑魚モブクラスと言えよう。


「主、とどめ刺して良いよね?」


「やっちゃって」


「は~い」


 サクラは藍大から許可を取り、<深淵支配アビスイズマイン>で深淵のレーザーを放った。


 それが打ち上げられたまま無防備なシトリーの頭部を撃ち抜き、シトリーのHPが尽きてその体が地面へと墜落した。


 シトリーの死体は調べるのに必要だろうから、落下の衝撃でグチャグチャにならないようにサクラが<透明千手サウザンドアームズ>で受け止めて地上に置いた。


『おめでとうございます。逢魔藍大のパーティーが”大災厄”と化したモンスターを2体倒しました』


『特典として伊邪那美の完全復活までの期間が5年分短縮されました』


 (情けは人の為ならずってね)


 伊邪那美の声が告げた特典に藍大は思わぬ成果を得て驚いた。


 大輝達がピンチだと知り、日本のダンジョン探索の指揮を手伝ってもらっているからそのお礼に駆け付けただけだったからだ。


 とりあえず、この場で伊邪那美の声が聞こえているのは自分だけなので、藍大は驚きを顔に出さないようにして舞達を労うことにした。


「みんなお疲れ様」


「大したことなかったね~」


「あの程度じゃシャングリラダンジョンで生き残れない」


 舞とサクラの発言に大輝達がざわついたけれど、そんなことよりもリルがしょんぼりしていることの方が藍大にとっては重要だった。


『僕の出番がなくて残念』


「リルはここまで俺達を運んでくれただろ? そのおかげで被害は最小限だったんだから大活躍じゃないか。リルは本当によくやってくれたぞ」


「クゥ~ン♪」


 リルは藍大に頭を撫でられて気持ち良さそうに鳴いた。


 戦闘以外でもちゃんと評価してもらえたことが嬉しかったらしく、藍大に頬擦りして甘え出した。


「モフモフ良いなぁ」


 結衣がポツりと呟くが、それは大輝達も皆同じ感想だった。


 それだけ藍大とリルのやり取りが心温まるほんわかした雰囲気だったのだろう。


 リルの気が済んでから、藍大は大輝に声をかけた。


「大輝さん、シトリーの死体は私が持って帰ってDMUに引き渡して構いませんか?」


「お願いします。”グリーンバレー”でも調べてみたかったのですが、”大災厄”ともなればひとまずDMUで調べた方が良いでしょう。外国との調整も予想されますし」


「私も同感です。ただ、体を張って福岡を守ってくれた大輝さん達のためにも調査結果は”グリーンバレー”にもできるだけ早く連絡するよう茂に伝えておきます」


「ありがとうございます! さすまおです!」


「アハハ・・・」


 大輝にさすまおと言われて藍大は苦笑した。


 その後、藍大達はシャングリラに帰ってからシトリーの死体を茂に連絡してからDMUに引き渡した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る