第388話 俺は死んでも惚れた女を見捨てたりしねえ

 8月20日の金曜日、旧SK国でM率いる冒険者崩れ達とボス率いる茨木組の連合軍は拠点とする海辺の旧市街地でモンスターを狩っていた。


「ヒャッハァァァァァッ!」


「強い奴はいねえがぁぁぁ!」


「もっとだ! もっと寄越せ!」


 日本では物足りないと燻っていた冒険者達が好戦的な言葉を吐きながら次々とモンスターを倒していく。


 茨木組とは異なり、彼等はちゃっかり”楽園の守り人”の覚醒の丸薬を服用している二次覚醒者だから並のモンスターならば容易く屠れる。


「ボス、やっぱり奴等はやべえですぜ。右方面クリアしやした」


「切った張ったは俺達よりもつえーです。左方面も終わっちまいました」


「そんなもん最初っからわかってる。仮に俺達全員がM率いる10人と戦ったとしよう。ほぼ間違いなく俺達が全滅する。それだけ一次覚醒と二次覚醒の差はでけえんだ」


 ボスが部下達と話している内に正面の敵も全て動かなくなった。


 日本から船に乗って旧SK国に渡って2ヶ月弱が経ち、船に積み込んで来た食糧は尽きて現地調達している。


 幸い、食材となるモンスターが現地に溢れていたので連合軍が飢えることはなかった。


 冒険者崩れ達の中には生産職の者がおらず、戦闘職の者しかいないから毎日モンスターを倒し続けている。


 職業技能ジョブスキルに頼らない生活力は最低限あるものの、本職の職業技能ジョブスキルには遠く及ばない。


 それに対して茨木組の中には一次覚醒者だが調理士や裁縫士、薬士等の生産職もいた。


 結果として、ヤクザが冒険者崩れを生産面でサポートするようなことが起きていたりする。


 国外に出た連合軍は旧SK国で生存者のいない旧市街地を拠点とし、雨に打たれず生活できる場所も確保している。


 人間には生理的欲求という生きていくのに最低限叶えなければならないものがある。


 連合軍はそれらがある程度の基準に到達したことにより、性的欲求という壁にぶち当たった。


 彼等の男女比は9:1にも満たずほぼ男と言っても良いぐらいだ。


 冒険者崩れ組だけで見れば3:7だが、茨木組は男女比10:0なのでトータルでは圧倒的に男ばかりである。


 しかも、連合軍に参加している女性陣はいずれも性格がキツくて誰かと肉体関係になる気配がない。


 女性3名がそれぞれトップに立って3つの派閥ができるかと思うかもしれないが、実際は手を出そうものなら反撃を喰らって死ぬかもしれないのでそういう訳にもいかない。


 だったらどうするか。


 答えは簡単である。


「ボス、ゴブリンとオークの雌を生け捕りにしやした! 今日は5体いやすぜ!」


「よくやった。死ぬまで順番に使え」


「うっす!」


 ボスの指示に従い、部下達は生け捕りにしたゴブリンやオークの雌を3人の冒険者崩れの代わりとするべく我先にと向かって行く。


 彼等と入れ替わりにMがゴミを見るような視線を向けながらボスに近づく。


「相変わらず最低ね」


「これはM達女性陣に野郎共が変なことをしないために必要なんだ。大体、発散相手をゴブリンやオークにしてるのだってこの2種類が喜んで相手をしてくれるとわかったからだ。強い雄に屈服したいんだよ、奴らはな」


「あっそ。何を聞かされようとキモいとしか反応できないけどね。チビデブか豚顔のデブを抱こうとするとかあり得ない。B専だってもっとマシな趣味をしてるわ。これだから男って奴は盛った猿扱いされるのよ」


「酷いじゃねえか。つーか俺を一緒にすんな。俺はM一筋だ。奴等とは違う」


 ボスはまだMを諦めていない。


 1回フラれただけでは諦めないのだ。


 Mよりも強くなれば相手として一考の余地ありと言われて以来、ボスだけはゴブリンやオークで発散することなく強くなることに集中している。


「ふーん。精々私に興味を持ってもらえるように頑張りなさい」


「かわいくねえ言い方」


「悪い?」


「だから気に入った」


「フン」


 Mは鼻を鳴らしてその場から立ち去ろうとした。


 だが、その時事態が急転した。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


「ぐぁぁぁぁぁ!」


「騙したなぁぁぁぁぁ!?」


「なんだ? 敵襲か?」


「そのようね。茨木組の連中が発散してる場所の方から聞こえるわ」


 嫌な予感がしてボスとMは茨木組の者達が集まっている場所へと急行した。


 その途中で冒険者崩れ達も合流して現場に到着すると、そこには凄惨な光景が広がっていた。


 茨木組の者達とゴブリン、オークの雌がバラバラの肉片にされており、異臭のする血溜まりの中で立っている女型のモンスターの姿があったのだ。


 女型のモンスターだと判断できたのは、体は人間の女性に限りなく近くとも顔が豹のそれで背中からは鳥の翼を生やしていたからである。


「なんだってんだこいつは!? どこに紛れてやがった!?」


「ボス、鑑定持ちは!?」


「あそこで死体になってんだよ! くそったれ、正体を知る術がねえ!」


「チッ、使えないわね!」


 ボスは死んでいる部下達に思い入れがないはずなかったが、今目の前の敵から目を逸らせば殺されると思って悪態をつきながら正面にいる豹頭のモンスターを睨んでいた。


 Mはこの緊急事態をどうにかするために敵の戦力を把握しようとした。


 しかしながら、その手段が敵に潰されてしまったと知って悪態をついた。


「来た来た来た来た来たぁぁぁぁぁ!」


「こういう強敵を待ってたんだ!」


「暴れ足りなかったところだぜぇぇぇぇぇ!」


「死になさい!」


「素材にしてやるわ!」


「待ちなさい!」


 Mの制止に耳を貸さず、M以外の冒険者崩れの全員が豹頭のモンスターに向かって突撃していく。


「少しは楽しませてくれるのかしら?」


 豹頭のモンスターはそう言って両手の爪を伸ばすし、襲い掛かって来た9人の冒険者崩れを次々に切り刻んだ。


「おいおい冗談だろ? 二次覚醒した奴等じゃねえのかよ!?」


「それ以上に強いってことでしょ! 逃げるわよ!」


 Mとボスはその場から全力で逃げ出した。


「私から逃げられると思わないことね」


「ぐあっ!」


 豹頭のモンスターは拾った小石を指で弾いてMの右脚を貫通させた。


 その痛みにMは苦しそうに声を漏らすと同時に前のめりに転んでしまった。


「M、しっかりしろ!」


「くぅ・・・」


「畜生!」


 ボスは豹頭のモンスターの方に向き直り、Mをこれ以上攻撃させまいと腰に提げていた剣を抜いた。


 ボスの職業技能ジョブスキルは剣士であり、手に持った剣で豹頭のモンスターと戦うつもりのようだ。


「馬鹿、逃げなさい」


「ふん、いつもなら自分の肉壁になれとか言うのにしおらしいじゃねえの」


「うっさい! 良いから逃げろ!」


「逃げねえよ」


「なんでよ!? 私よりも弱いんだから言うことを聞きなさいよ!」


 Mがそう叫ぶのに対してボスはふぅと息を吐き出してから口を開いた。


「俺は死んでも惚れた女を見捨てたりしねえ」


「どうしてよ!?」


「それが俺の極道だ」


「・・・馬鹿」


 自分よりも弱くとも命を懸けて自分を守ろうとするボスの覚悟を知り、Mは小さく馬鹿と呟くのが精一杯だった。


 そんな2人のやり取りを見て豹頭のモンスターは爪を元に戻した両手でわざとらしく大きな拍手をした。


「良いわね。素晴らしい。死地に立たされた男女の愛を感じる。貴方達のやり取りはもっと見ていたいわ」


「だったらこいつだけでも見逃してくれや」


「もう遅いわよ」


「は?」


「後ろを見れば言ってる意味がわかるんじゃないかしら?」


 豹頭のモンスターが意地悪そうな笑みを浮かべて言うものだから、目を逸らしたら殺されると思ってもボスはMを心配して後ろを向いてしまった。


 ボスが振り返ってみたものとは両手を首に当てて息絶えているMの姿だった。


「芽衣ぃぃぃぃぃ!」


 ボスはMの本名を口にした。


 Mの正体は元”ブルースカイ”の木津芽衣だった。


 ”ブルースカイ”を追放された彼女は父親とも連絡を絶ち、自らMと名乗って冒険者制度に馴染めない者達に声をかけて国外で一旗揚げる計画を立てていたのだ。


 ボスは芽衣と中学の同級生だったため、他の者がいる前では決して本名で呼ぶことはなかったが芽衣の正体を把握していた。


 命を懸けて守ろうとした芽衣が先に殺されてしまい、ボスは怒りの形相で豹頭のモンスターに突撃した。


 そんなボスの心臓を豹頭のモンスターが爪を伸ばして突き破り、ボスはあっけなく倒れた。


「愛し合う2人の男女を見るのも悪くないけれど、女を殺されて怒りと絶望の入り混じった男の顔も捨てがたいのよね」


 豹頭のモンスターは日本を捨てた連合軍を全滅させた。


 やることがなくなった豹頭のモンスターはどうしたものかと考えてからポンと手を打った。


「そうだわ。海に浮いた変な物を調べてみましょう。退屈を紛らわす何かが見つかるかもしれないし」


 豹頭のモンスターは翼を動かして空を飛び、そのまま船へと向かって行った。

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