第381話 誰だって完璧になんてできやしないさ

 翌日の金曜日、藍大は茂からの電話を受けていた。


「もしもし。管理職会議の結果報告か?」


『おう。昨日中に話せなくて悪かったな。引継ぎやらなんやらでドタバタしてて』


「引継ぎってことは昇進した?」


『ビジネスコーディネーション部長になった』


「それって元老害四天王のおばさんのポストだっけ?」


『それそれ。2代目ビジネスコーディネーション部長が本部長になって、俺がその後釜になった。誤解を恐れず言うならば、”楽園の守り人”係がビジネスコーディネーション部を乗っ取ったってことだ』


「茂も偉くなったもんだ」


『どっかの誰かさんが急激に力を持ったおかげというかなんというか』


 茂の声を聞いて藍大は茂が電話の向こうでジト目になっている姿を思い浮かべて苦笑した。


「俺は悪くないだろ」


『そりゃ悪くないさ。藍大のおかげで日本は諸外国と比べて冒険者の質が確実に良いし』


「そのせいで暴走する政治家とか小父さんとかいるけどな」


『耳が痛え。でも、今度の本部長は大丈夫だと思うぞ。ステークホルダーを大事にするのが信条で頭も固くない人だから。ついでに言えば、30代後半の女性だ』


「ふーん。俺達のことを考えない要求をしてこない人なら良いけど」


 藍大があまり興味なさそう口にするのは当然だろう。


 現場を知らない板垣総理に従順な潤みたいな本部長ならば、DMUとの協調路線を取り続ける必要もないのだから。


『それを実際に見て判断してほしい。藍大、明日の朝にシャングリラに新しい本部長と一緒に挨拶しに行って良いか? 勿論親父は連れて行かないから』


「会わずに嫌うのはおかしいもんな。良いぜ。1回だけ会おう。俺達にとって不利益を齎すと思ったら出禁にするけど」


『感謝する。俺からも本部長には馬鹿なことを言わないように釘を刺しとくよ。明日の午前9時半でどうだ?』


「わかった。じゃあまた明日」


『おう。また明日』


 電話を切った後、舞が藍大に声をかけた。


「藍大、芹江さんからだよね?」


「正解。茂が昨日の管理職会議でビジネスコーディネーション部長に昇進したってよ。んで、明日は新本部長が朝から挨拶に来る。まあDMUのトップとして色々と話したいんだろ」


「O・HA・NA・SHI?」


「違う、そうじゃない。殴ったり蹴ったりしないから」


「言葉にも暴力ってあると思うの」


「それはあるけど一旦置いといてくれ。さて、そろそろマルオが来る頃だ」


 藍大がそう言った瞬間、102号室のインターホンが鳴った。


 噂をすれば影が差すということで、来客は話に出たマルオだった。


「私が開けて来るね」


「ありがとう、サクラ」


 サクラはすぐにマルオを連れて戻って来た。


「逢魔さん、今日はよろしくお願いします!」


「はいよ。ちょっと出かけて来る。舞とサクラは留守番頼んだ」


「「は~い」」


「リルとブラドの準備は良いか?」


『ばっちりだよ』


「吾輩も一向に構わん」


 なお、外出ということで既にゲンは<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を発動済みである。


 藍大はリルとブラド、マルオを連れて外に出た。


 藍大達がリルの<転移無封クロノスムーブ>でやって来たのは川崎大師ダンジョンだった。


 マルオが今日、藍大と一緒に川崎ダンジョンに来たのは戦力強化のためだ。


 先月、遠征先で偶然ヤクザ同士の抗争を目撃して鎮圧したが、対人戦に慣れていなかったこともあって周辺に被害を出してしまった。


 それを反省してもっと強くならなければと思い、強くなるためのアドバイスを貰うべく藍大に時間を取ってもらった訳だ。


 藍大達は川崎大師ダンジョンのポーラの部屋まで移動した。


「ポーラ、元気だったか?」


「・・・久シ振リニ顔ヲ見セテクレタ。主様ハ全然会イニ来テクレナイナンテ酷イ」


「そう言うなよ。俺にはリルさんみたいに瞬間移動できる従魔もいないんだ」


『ワフン♪』


「よしよし、愛い奴め」


 マルオに褒められて胸を張るリルを見て、藍大はいつも頼りにしてるぞとリルの頭を撫でた。


「今日ハドンナ用事? ユックリデキル?」


「今日は戦力強化を目的に来たんだ。ポーラにもモンスター召喚で協力してもらいたくってね」


「主様ッテイツモソウナノネ。”ダンジョンマスター”ノコトヲ都合ノ良イ女ダト思ッテナイ?」


「そんなことないさ! ただ戦力を強化するならブラドさんにお願いするってこともできるんだ! でも、俺はポーラに会いたいからここまで来たんだ!」


「・・・今回ダケヨ」


 (ポーラ、骸骨だけど中身はチョロい女だな)


 マルオとポーラのやり取りから、藍大はポーラがマルオにとって都合の良い女になっていると思った。


 しかし、それを指摘すると面倒なことになりそうなので心の中に留めている。


 ポーラがチョロいのはさておき、ここからは真面目にマルオの戦力強化についての話し合いが始まった。


「まずは全体からだな。マルオは今、パーティーの中でどういう立ち位置だ?」


「従魔を使役する盾役タンクですね」


「晃は純粋な後衛だし、笛吹さんも笛で殴れるけど近接戦はあまりしないもんな」


「そうなんです。晃は二次覚醒でカードの中に入れて持ち運べる容量の制限がなくなりましたから、いろんなアイテムで戦闘を支援してくれます。成美は演奏できる曲が増えてバフやデバフをメインで担うのでこちらも支援に寄りがちです」


「なるほど。ローラやフェルミラ、パメラに攻撃を任せてマルオはテトラを着込んで守りに徹してる訳だ」


「はい。最近じゃローラやフェルミラ、パメラの武器を高性能な物に変えて強化してたんですが、それでも先月のヤクザの抗争で被害を出してしまったんです」


 完璧にやるって難しいですよねと口にするマルオに対し、藍大は首を横に振った。


「誰だって完璧になんてできやしないさ」


「そんなことないですって。逢魔さんは完全無欠最強無敵じゃないですか」


「それはない。俺は皆の力を借りてどうにか目立った失敗をせずにここまで来れたに過ぎない。大体、俺もマルオも従魔や周囲頼みで素の力は貧弱だろうが」


 いざとなったらサクラが<運命支配フェイトイズマイン>で助けてくれるけれど、藍大はそれを知られる訳にはいかないので言わなかった。


 サクラの力を含めたとしても、藍大は自分だけの力で全てどうにかして来たのではない。


 頼れる家族やクランメンバー、時にはDMUや日本のトップクランの力も借りている。


 能力値だけで見れば藍大は貧弱であり、それはマルオも同じである。


 転職の丸薬を使っていない純粋なテイマー系の職業技能ジョブスキルを持つ冒険者は総じてSTRやVITが低い。


「アハハ、貧弱貧弱ゥってことですね」


「自分で言ってて悲しくなるけどな。とりあえず、盾役タンクを増やしたら良いんじゃないか? 俺のパーティーは盾役タンクができるメンバーを複数入れてるし」


「ふむふむ。ポーラ、盾役タンクにピッタリなアンデッド型モンスターっている?」


「主様ノ保有戦力ヲ考エレバキョンシー系カ防御特化のスケルトン系ガ良イト思ウ」


「キョンシーって盾役タンクになるの? 勝手なイメージで悪いけど攻撃に向いてる気がする」


「避ケ盾役タンクトシテ使エル」


「そっか。ただ、融合できる可能性を考えるとスケルトン系が優秀なんだよなぁ」


 マルオはポーラの意見を聞いて悩んだ。


 キョンシー系が避け盾役タンクになってくれるのも悪くないが、今までの経験からしてスケルトン系は融合素材としてとても優秀だからだ。


 藍大は困っているマルオに自分の意見を伝えることにした。


「悩むんだったら両方召喚してもらえば良いんじゃないか? もしもテイムしないとしても、ポーラの暇潰しの相手にはなってくれるだろうし」


「・・・その手がありましたか。ポーラ、両方の系統からオススメの奴を召喚してくれ」


「ワカッタ」


 ポーラはマルオの頼みに頷いてそれぞれイチ押しのモンスターを呼び出した。


 消費したDPの量は馬鹿にならないが、久し振りに遊びに来てくれたマルオのために大盤振る舞いをしたのである。


 (ライカンキョンシーとスパルトイロイヤルガードか。珍しい)


 藍大は日本ではまだ発見報告の出ていないアンデッド型モンスターを見て感心した。


 ライカンキョンシーは狼男のキョンシーの見た目でC国でしか発見されておらず、立派な装備の竜牙兵であるスパルトイロイヤルガードはI国だけで目撃されている。


 どちらも珍しいモンスターであり、上手く使役できればマルオの力になることは間違いない。


「えっ、マジ?」


「どうしたんだマルオ?」


 藍大はマルオが何に驚いたのか気になって訊ねた。


「逢魔さん、2体とも融合できるみたいです。ライカンキョンシーはパメラとできて、スパルトイロイヤルガードはフェルミラとできます」


 ポーラのチョイスはセンスの光るものだった。

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