第378話 初手トンファーキック・・・だと・・・

 茂が管理職会議に出ている頃、藍大は舞とサクラ、リル、ゲン、エルを連れてシャングリラダンジョン地下11階に来ていた。


 今日までの間、隙を見て花梨のレベル上げを手伝っていたこともあり、藍大達が地下11階に来たのは久し振りである。


「今日はケルブシールドを使うんだよな?」


「うん。でも、硬度が足りないと思ったら藍大にアダマントシールドを出してもらうよ」


「了解」


 舞は今、アダマントシールドではなくケルブシールドを装備している。


 硬さという観点ではMPを注げば注ぐ程硬くなるアダマントシールドに敵うはずがないが、ケルブシールドはMPを消費して盾の目玉模様から<気絶眼スタンアイ>を発動できる。


 投げるのには向かないけれど、敵の隙を作るには重宝する盾である。


 通路を進む藍大達の前に黒い靄が猛スピードでジグザグしながら向かって来た。


 黒い靄の正体はキャスパリーグの群れである。


「珍味を寄越せぇぇぇ!」


『珍味食べる!』


 舞がミョルニルに雷光を纏わせて投擲し、リルは舞が仕留めきれなかったキャスパリーグに<風精霊砲シルフキャノン>で仕留めた。


 Lv95にもかかわらず、食いしん坊ペアの前にはただの収穫物と変わらない。


『エルがLv91になりました』


『エルがLv92になりました』


 物言わぬ死体となったキャスパリーグは藍大とサクラが協力して収納リュックに回収した。


「やったねリル君! 珍味ゲットだよ~!」


『うん! 今日のお昼が楽しみだね!』


「よしよし。ちゃんとキャスパリーグも使うから楽しみにしててくれ」


「『は~い!』」


 藍大の言葉に舞とリルが元気に返事した。


 キャスパリーグの群れを倒してその先を進めば、今度はリビングパラディンの軍隊が藍大達をこれ以上進ませまいと姿を現した。


『ボス、ここは私に戦わせて下さい』


「わかった。危なくなったら援護するから好きにやってみな」


『ありがとうございます』


 エルは藍大にお礼を言うと、<創魔武器マジックウエポン>でトンファーを創り出してリビングパラディンの軍隊に向かって飛んで行った。


 そして、トンファーを振りかぶったと思いきや先頭のリビングパラディンにライダーキックをお見舞いした。


「初手トンファーキック・・・だと・・・」


「武器を作った意味は~?」


「敵どころか味方も欺くなんて大した後輩ね」


『敵を欺くにはまず味方からだよ』


 エルの攻撃は意表を突くものであり、先頭にいたリビングパラディンは後ろのリビングパラディン達を巻き込む形で転ばされた。


『ここからが本番です』


 エルは<火炎鎧フレイムアーマー>を発動して倒れたリビングパラディン達をガンガン追撃する。


 大剣を両手に1本ずつ持っているせいで、どのリビングパラディンも立ち上がるのに時間がかかっていてエルが一方的にボコボコにしている。


 それでも後ろの方にいた個体のいくつかが起き上がり、エルに反撃を仕掛け始めた。


『立ち上がる許可を出してません!』


 エルは<衝撃咆哮インパクトロア>で立ち上がった何体かのリビングパラディンを吹き飛ばし、トンファーで殴りつけてHPを刈り取った。


 最後まで油断せず容赦なく仕留める姿はエルのプロ意識の高さを感じさせた。


『エルがLv93になりました』


『エルがLv94になりました』


 (雑魚モブのレベルが高いからエルでもすぐにレベルアップするなぁ)


 伊邪那美の声がエルのレベルアップを告げたため、藍大はぼんやりとそんなことを考えた。


 実際、Lv90以上のモンスターがレベルアップできるダンジョンなんてどこにでもあるはずない。


 シャングリラダンジョンだからこそここまで早くレベルアップできるのだ。


「エル、ナイスファイト」


『恐縮です』


 エルは藍大に褒められてキリッとした雰囲気で返答した。


 反応が硬いようにも思えるが、従魔の喜び方はそれぞれだしエルも褒められたこと自体は喜んでいる。


 ドライザーよりもエルの方が喜びの感情を表に出すのが苦手なのだ。


 藍大もそれをちゃんと理解しているからとやかく言ったりせず見守っている。


 リビングパラディンの大剣と鎧は騎士に人気だ。


 微調整をするだけでインゴットから作った大剣や鎧よりも質が良いと評判である。


 もっとも、それはあくまで量産品の大剣と鎧に限り、舞のラドンスケイルのようなオーダーメイドの鎧には劣るのだが。


 戦利品を回収して先に進むと、前回の探索では遭遇しなかった新しい雑魚モブモンスターが現れた。


 そのモンスターは頭に草を生やした茶色い小型地竜のようだが、よくよく見てみると体が根で構成されているようだった。


「マンドラゴンLv95。叫び声に気絶効果があったり状態異常系のアビリティを多く持ってる」


「じゃあ早く仕留めないとね」


 サクラは藍大の解説を聞いて速やかに<深淵支配アビスイズマイン>で深淵のレーザーを放った。


 そのレーザーはマンドラゴンの額を貫き、マンドラゴンはバタリと音を立てて倒れた。


 しかし、これで戦闘が終わらず通路の奥から後続のマンドラゴンがどんどんやって来た。


「アォォォォォン!」


 リルが先手必勝だと思って<聖咆哮ホーリーロア>を使用した。


 リルに先手を取られてしまい、マンドラゴン達はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。


「逃がさないよ」


 サクラが深淵の壁を創り出して退路を断った。


「藍大、マンドラゴンって食べれる?」


「薬膳料理に使える。薬の材料にもなるから回収した物は奈美さんと分けることになるぞ」


「食材置いてけゴラァ!」


 舞はマンドラゴンが料理の素材になると知り、ケルブシールドで次々にマンドラゴンを気絶させた。


『野菜は涼しい所で保管するんだ!』


 リルは間髪入れずに<天墜碧風ダウンバースト>でまとめて倒した。


『エルがLv95になりました』


『エルがLv96になりました』


「みんな、よくやってくれた。おかげで鮮度の良いマンドラゴンが回収できそうだ」


「お昼ご飯を楽しみにしてるね~」


『僕も!』


「どういたしまして」


 舞とリルはニコニコしながら昼食への期待を伝え、サクラは藍大に褒められて嬉しそうに応じた。


 家族サービスの時間を少し設けてから先に進み、藍大達はクエレブレが待機している部屋の扉を開けた。


 地下11階では特別に”掃除屋”にも部屋を与えられており、クエレブレは部屋という空間を実にうまく利用している。


 リルが<仙術ウィザードリィ>で扉を開けた途端、部屋の外にクエレブレの<猛毒霧ヴェノムミスト>が漏れ出した。


 クエレブレは猛毒の霧の中を<無音移動サイレントムーブ>で獲物に近づいて仕留める戦術らしい。


 ところが、その戦術は藍大達には効果がない。


「サクラ、毒の霧を消してくれ。リルは視界がクリアになった瞬間にクエレブレを攻撃」


「は~い」


『見つけた!』


 サクラが返事をしながら<浄化クリーン>で周辺と室内の空気を浄化した直後、リルは自分の姿を隠す霧がなくなって慌てているクエレブレに<蒼雷罰パニッシュメント>を発動した。


「ゲェ!?」


「エルも5回追撃」


『承知しました』


 エルはトンファーではなく槍を5本創り出し、痺れて動けなくなっているクエレブレに投げてHPを削る。


「舞!」


『任せろ!』


 舞は藍大がとどめを任せたと言葉にせずとも既にクエレブレと距離を詰めており、雷光を纏わせたミョルニルでクエレブレの頭部にフルスイングしてHPを削り切った。


『エルがLv97になりました』


『エルがLv98になりました』


「みんなグッジョブ! 肉は無事だ! 毒に汚染されてないぞ!」


 藍大はモンスター図鑑でクエレブレの死体を調べ、毒袋が破損していないことを告げてパーティー全員を労った。


「やった~! クエレブレのお肉だよ~!」


『ドラゴンのお肉!』


「楽しみ♪」


『安堵しました』


 食いしん坊ペアはクエレブレの肉も食卓に並ぶと喜んでおり、サクラも食いしん坊ペア程食欲に忠実ではないがご機嫌になっていた。


 エルはドライザー同様食事はとれないが、自分に与えられた役割を全うできたことにホッとしていた。


 藍大はクエレブレの死体を回収して魔石だけ取り出すと、エルにそれを差し出した。


「エルにあげる」


『よろしいのですか?』


「勿論だ。エルはダンジョンに来れる機会が少ないから、今日はエルのパワーアップを優先する」


『感謝いたします』


 エルは藍大から謹んで魔石を受け取ってそれを取り込んだ。


 その結果、エルから感じられる力が強まった。


『エルのアビリティ:<上級鎧化ハイアーマーアウト>がアビリティ:<超級鎧化エクストラアーマーアウト>に上書きされました』


「ゲンに並んだな」


『興味・・・ある・・・』


「ふむ。ちょっと試してみるか」


 ゲンがエルも自分と同じアビリティを会得したことで興味を示したが、それと同じくらい藍大も興味を持っていた。


 ゲンが<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を解除して早くやって見せてと態度に出したので、藍大はエルの方を振り返った。

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