第377話 私が本部長ですか?
DMU本部に戻った茂はすぐに会議室へと移動した。
会議室にはDMUの部長以上の管理職が揃っており、ついでに言えば本部長を辞任する意思を表明した潤の姿もあった。
茂は”楽園の守り人”係という特殊な立場のため、本来であればこの会議に参加できる役職ではなくとも参加することになっている。
「遅れてすみません」
「いえいえ。こちらこそ重要な仕事を任せてしまって申し訳ないです。芹江君、”楽園の守り人”の逢魔さんはどうでしたか?」
「大変お怒りでした。謝罪の動画を見れば謝罪を受け入れたと認識されるのが堪らないと見ていただけませんでした」
潤も茂も他に管理職がいる手前、お互いに他所向きな口調で話している。
潤はその報告に茂が行っても駄目だったかと肩を落とした。
「・・・そうでしたか。元はと言えば、私が板垣総理の認識の甘さを否定できなかったのが悪いのです。私がDMUを去った後も芹江君は引き続き”楽園の守り人”との関係修復に尽力して下さい」
「わかりました」
茂はなんでお前が命令するんだと潤にイラっと来たが、その気持ちはどうにか顔に出さずに返事をした。
潤は気がかりである”楽園の守り人”との関係修復のことを棚上げして会議の進行を始めた。
「さて、全員揃いましたので管理職会議を始めます。本日の議題は私の辞任に伴う後任の人選と組織の再編成についてです。私も辞任するから後は知らないなんて無責任なことを言うつもりは毛頭ありません。しっかりと引継ぎをしてからDMUを去ります。その点は安心して下さい」
そう言ってから潤は会議室にいる管理職の顔を見回した。
会議室に集まっているのは茂と潤を含めて9人だ。
ポストだけ並べると、本部長、メディア事業部長、ショップ統括部長、ビジネスコーディネーション部長、経理部長、冒険者支援部長、警備部長、IT運用部長、”楽園の守り人”係長である。
今は誰一人残っていない老害四天王が預かっていた部署以外にも3つの部署が存在し、それらは以下のような役割があった。
冒険者支援部は職人班や解析班を統括しており、茂が”楽園の守り人”係長になる前に在籍していた部署だ。
警備部は司や麗奈が以前に隊員として所属していた探索班、警察と協力して悪事を行った覚醒者を取り締まる対人班を統括している。
IT運用部はDMUのメンバーと外部の冒険者のITインフラ全般を担う部署であり、社内ヘルプデスクと掲示板運営デスクを内包している。
潤は8人が異議を申し立てなかったから話を先に進めた。
「私の後任についてですが、まずは皆さんの自薦他薦があれば聞きたいと思います。我こそはという方、あるいはあの人ならば良いという意見があれば挙手して下さい」
潤は全員を見回したが、誰も手を挙げることはなかった。
この場に老害四天王がいれば自ら名乗り出たかもしれないが、彼等は既にDMUのメンバーではない。
その後任も尖った人選をしていないため、お互いに様子を見て膠着状態に入ってしまった。
数分待ってみても動きがなかったので、潤は予め自分の後任に指名しようとしていた人物の名前を読み上げることに決めた。
「誰もいないようなので私が指名します。吉田ビジネスコーディネーション部長、貴女が次のDMU本部長になって下さい」
「私が本部長ですか?」
「貴女ですよ、吉田ビジネスコーディネーション部長。勿論、指名した理由もこれから説明します」
潤は吉田ビジネスコーディネーション部長を自分の後任にしようと決めた3つの理由を話し始めた。
1つ目は彼女の担当領域が本部長と親和性が高いことだ。
彼女がビジネスコーディネーション部長になる前にこの部の第二課長を務めていたが、第二課は無所属冒険者同士のコミュニティ形成、中小クラン同士の合併の支援を担当している。
本部長はステークホルダーを大切にしなければ務まらない。
吉田は第二課長時代からステークホルダーを大切にしており、馬鹿な真似をして炎上した結果辞職することになった池上元ビジネスコーディネーション部長と対立してもその姿勢を貫いた。
そんな吉田ならば、本部長になって担当するステークホルダーの領域が広がっても安心して任せられるというのが1つ目の理由だ。
2つ目は彼女が民間企業出身だったということである。
潤は公務員として省庁勤務をしていた過去があり、DMUのような柔軟な判断が必要とされる組織において政治的観点を重視して板垣総理の言うことをそのまま受け入れるだけということも少なくなかった。
加えて言えば、潤は50代前半で吉田は30代後半だ。
吉田の若くて自由な発想は潤がどうやっても得られないものでもある。
2年前の大地震から時代はどんどん変わっており、DMUもその変化に適合できるようにするためには吉田が先頭に立つ必要があると潤は考えたのだ。
3つ目は空いたビジネスコーディネーション部長のポストに”楽園の守り人”係長である茂を置くためだ。
”楽園の守り人”は今、日本にとって生命線とも呼べるクランになった。
その担当をしている茂の役職が係長のままであると、いくら本部長直轄でも外部への示しがつかない。
”楽園の守り人”の担当を肩書きからして明らかに重役がやっているというポーズを取らなければ、実情はどうあれDMUは
魔王様信者が老害四天王を3人も辞職に追いやったことを考えると、”楽園の守り人”を軽視しているように見えなくもない今の状態はどうにかしなければなるまい。
それに加えて板垣総理と潤が”楽園の守り人”の状況を考慮せずに勝手なことを言った負い目もあり、組織としてのDMUに対する藍大の評価は急降下している。
DMUのせいで日本の好景気が終わったら、後世の歴史家にDMUという組織が笑い者にされてしまう。
今までDMUのメンバーが一生懸命に働いて来たからこそ、自分達の子孫が愚か者の血を引くと馬鹿にされたくはないとその場にいる誰もが頷いた。
「以上が私の吉田ビジネスコーディネーション部長を本部長に指名した理由です。異議があればこの場で挙手をお願いします」
「「「「「「異議なし」」」」」」
指名した潤は当然のこととして、茂と吉田は何も言わなかったが、それ以外の6人が全員異議なしといったので吉田が潤の後を継いで本部長になることは賛成多数で可決となった。
それに伴い、茂もビジネスコーディネーション部長に昇進が決まった。
藍大も茂自身も予想していたことだが、やはり茂は昇進することになった。
20代前半で部長になるのは異例の人事だが、三次覚醒済の鑑定士であり”楽園の守り人”との関係性からも異論を述べる者はいないだろう。
というよりも、茂の責任範囲が広がって今まで以上に茂が胃の痛みに悩まされることを思うと同情を禁じ得ない。
茂が奈美謹製の胃薬の残りがどれだけあったか頭の中で数えていると、潤からバトンタッチされた吉田が席を立って挨拶した。
「改めて本部長を務めることになりました吉田志保です。至らない点も多くあると思いますが、本部長になったからには全力を尽くします。皆様にもお力添えいただく機会が多くあるかと思いますが、DMUのために私のことを助けて下さい。よろしくお願いいたします」
志保の挨拶が終われば次は茂の番である。
「新しくビジネスコーディネーション部長になりました芹江茂です。私は”楽園の守り人”やその他のトップクランとの交流はありますが、中小クランや無所属のクランとの接点はありません。第一課と第二課の職域は彼等に力を借り、私は”楽園の守り人”との関係修復に全力を尽くします。よろしくお願いいたします」
茂が頭を下げた途端、志保の挨拶の時に負けないくらい盛大な拍手が茂に向けられた。
その拍手の大きさだけこの会議室にいるメンバーが茂に期待しているのである。
この後、こまごまとした組織の再編成が行われて新生DMUの全体像と移行までのスケジュールを決めて会議はお開きとなった。
茂は管理職会議が終わると仕事部屋に戻り、すぐに胃薬を服用したとだけ記しておこう。
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