第376話 俺の心はちっとも痛まない。むしろ気分が良い

 7月1日の木曜日、茂が朝からシャングリラの102号室に訪れていた。


「昨日は本当にすまなかった」


「ほんそれ。いや、茂が悪いんじゃなくて板垣総理と小父さんが悪いんだけどさ」


「本当ならあの2人がここにきて土下座すべきだが、藍大があの2人にシャングリラに立ち入る権利は絶対に与えないって言ったから俺が代わりに来た。2人の謝罪ムービーあるけど見る?」


「いらない。脳の要領の無駄遣いになる。それに、ムービー見たら謝罪を受け入れたことになるじゃん。俺は許してない」


「藍大がマジでキレてるとは伝えとく。俺も心情的にはお前の味方だし」


 藍大は板垣総理と潤にキレていた。


 その理由は昨日のDMU本部への呼び出しである。


 DMU本部には板垣総理が来ており、またしても覚醒の丸薬を作って販売してほしいと頼んだのだ。


 4月にE国とI国ついでにCN国に10個ずつ売ってから、板垣総理はまたしても”楽園の守り人”に覚醒の丸薬を他の国から売ってくれと強くプッシュされた。


 その場での回答は保留したが、二次覚醒者不足の諸外国が一緒になって日本に希望したことで断るのも難しかった。


 もしも断ってしまえば、戦力差を考えずに戦争を仕掛けて来る可能性だって否定できないからだ。


 しかし、藍大は奈美が妊娠して産休に入ったことを理由にきっぱりと板垣総理の頼みを断った。


 政治的な都合を”楽園の守り人”に押し付けるなと言い切り、もう何も譲歩しないし力にはならないと言った。


 正直なところ、未亜達が余分に覚醒の丸薬の素材を持ち帰ったから奈美が作った覚醒の丸薬のストックはある。


 それでも、いつまでも頼めば動くと思うなという意思表示のために藍大は断った。


 政治的権力で脅そうものならこちらにも対抗する用意があると言い、板垣総理も潤もその場で平謝りしたがそれに目もくれず藍大は帰宅した。


 その対応には同席していたサクラとリル、ブラドも帰宅してからよく言ったと藍大を絶賛したぐらいだ。


 その翌日である今日、藍大と仲の良い茂が昨日の謝罪をするべく朝からシャングリラに来た訳である。


「それにしても、信者達の嗅覚と洞察力ってマジですごいよな」


「マジヤバい。藍大が不機嫌そうにDMU本部から出て来ただけでほとんど事実に辿り着いて拡散するとかどゆこと?」


「わかってると思うが、俺は信者達に何も言ってねえぞ」


「勿論そうだろうよ。だって信者達は勝手にお前を信仰してるんだから。記者とか諜報員としてやっていけんじゃねえのって思った。おかげで親父は昨日は報道陣に詰め寄られてたし、板垣総理も支持率落ちたらしいぜ」


 魔王様信者達だが、”迷宮の狩り人”の隣の家をオークションで落札して共同の集会所にした。


 拠点ができたことにより、信者達は以前よりも藍大達の住む川崎市に集まるようになった。


 ちなみに、月見商店街が信者達の落とす金で潤っているのだがそれはまた別の話だ。


 昨日のことに話を戻すと、魔王様信者がDMU本部から不機嫌そうに出て来た藍大達の姿を見た後、誰と話していたのか特定して事実の断片から真実を導き出した。


 掲示板への拡散は信者の十八番なので、あっという間に日本を揺るがすニュースとなって板垣総理も潤もその対応に追われている。


 DMU老害四天王の内3人をその立場から引き摺り下ろした信者に板垣総理と潤も苦しめられることになった。


 人の振り見て我が振り直せということである。


 余談だが、茂は信者達にかなり同情されている。


 上が馬鹿だと大変だよねとか、いつも板挟みお疲れ様ですなんて掲示板には書き込まれている程だ。


 同じDMUのメンバーよりも信者達の方が茂に理解があると言っても過言ではない。


「大変なのよっ。マスター、ニュースを見るのよっ」


『(@ ̄□ ̄@;)!!』


「どうしたんだゴルゴン? それにゼルも」


「本部長が辞任するんだからねっ」


「「マジ?」」


 藍大のノートPCでネットサーフィンしていたゴルゴンとゼルがとんでもない情報を持って来たので、藍大と茂の反応がシンクロした。


「ほらっ、これなのよっ」


「どれどれ?」


 藍大はゴルゴンからノートPCを受け取り、ゴルゴンとゼルが見つけた記事のページを見た。


「あっ、これマジだ」


「親父も諦めたか。ざまぁ」


「茂、そのリアクションで良いのか?」


「俺の心はちっとも痛まない。むしろ気分が良い」


「だけどさ、後任人事が大変なんじゃね?」


「しまった・・・」


 茂は息子だからと言って今まで散々無理難題を押し付けられてきたこともあり、潤が辞任すると知っても微塵も残念そうにしなかった。


 それどころか胸がスッとするぐらいの気分だった。


 ところが、藍大に指摘された点が自分にも大きな影響を与えることに気づいて茂が固まった。


 藍大はネットの記事だけでなくてニュースが流れていないかテレビの電源を入れた。


 すると、偶然にも昨日DMU本部で報道陣が潤にマイクが向けているシーンが流れていた。


『本部長、”楽園の守り人”の逢魔氏を怒らせた原因を教えて下さい』


『本部長、逢魔氏の厚意に甘えて今まで無茶な依頼をしていたというのは本当なんですか?』


『本部長、DMUが今まで散々迷惑をかけていたのにまだ”楽園の守り人”に迷惑をかけるんですか?』


『・・・』


 画面に映る潤は報道陣の質問に答えず、DMU本部を出て車に乗り込んだ。


 番組のナレーションがこの反応に対して今日の辞任会見に触れ、会見のシーンが流された。


『私、芹江潤は”楽園の守り人”の逢魔氏に迷惑をかけた一連の出来事の責任を取って辞任いたします』


 潤がそう言ってから深く頭を下げた直後、カメラのシャッター音が騒がしくなった。


 記者会見のシーンの途中で茂のスマホが鳴った。


 相手は茂がシャングリラに来ていることはわかっていたらしく、電話ではなくメールで連絡があった。


「藍大、すまんがDMUに戻るわ。これから急ぎで管理職会議だとよ。藍大が言ってた通り、後任人事の話があるみたいだ」


「頑張れ。俺の予想では今の立場よりも偉くなると思う」


「奇遇だな。俺もだ。でも、実力を評価されてっていうよりは俺とお前の関係性に期待してってことだから素直に喜べねえ」


「新生DMUが俺達に面倒事ばかり持ち込まないことを祈ってる」


「努力するが約束はできない。またな」


「おう」


 藍大は茂を見送ってからリビングに戻って来た。


 その時にはテレビ画面が記者会見のシーンが終わってスタジオが映っていた。


『次は消えた暴力団に関するニュースです』


 キャスターがそう言った直後に編集された映像が流された。


 その映像は日本のヤクザ現場の戦闘が起きた場所での取材やその近隣住民へのインタビュー、全国的に広がった抗争からしばらくして全く暴力団のいる痕跡がなくなったという内容だった。


 スタジオに戻ると、ヤクザに詳しい元警察のコメンテーターと冒険者関連のニュースがあると呼ばれる有馬白雪ホワイトスノウのクランマスターの姿があった。


『茨木組は長らく酒吞組の傘下にいたんですが、どういう訳か茨木組が勢力を大きくして酒吞組を潰したんです。現場の戦闘痕から冒険者の加担も考えられます』


『なるほど。有馬さんはいかがですか?』


『そうですね。先程の映像を見る限りでは、冒険者かどうかはともかく一次覚醒は済んでいる人が戦った痕が見受けられました。冒険者登録をしていない一次覚醒者同士ってここまで派手にやり合えるぐらい数がいたのかと驚かされています』


 白雪のコメントを聞いて今までおとなしくテレビを見ていたゴルゴンが口を開いた。


「わかったのよっ」


「何がわかったんだ?」


 藍大が訊ねるとゴルゴンは得意気に自分の推理を話し始めた。


「C国産の羽化の丸薬を仕入れた茨木組が構成員を一次覚醒させて戦ったのよっ」


「どうして羽化の丸薬を使ったと思った?」


「マスター、知らないなんて遅れてるわっ。ヤクザが外国の悪者と繋がってるのはよくある展開なんだからねっ」


「それはドラマの見過ぎなんじゃね? 仮にそうだったとして、一次覚醒した茨城組は何処へ消えたんだ?」


「決まってるのよっ。外国なのよっ。船に乗ってSK国に乗り込んだんだわっ」


「なんで外国に逃げるんだ? 日本にいれば良いと思うんだが」


「アタシ達がいる限り日本最強になれないから、混乱してる外国に行って自分達がてっぺん目指せるようにしたのよっ」


「サラッと自分達の自慢をするんだな」


「当然なのよっ。アタシ達に勝てると思ったら大間違いなんだからねっ」


 恐ろしいことに、ゴルゴンの推理は証拠も何もない当てずっぽうだがほとんど正解だった。


 しかしながら、ゴルゴンの推理が当たっているとはこの時ゴルゴン以外の誰も思いもしなかった。

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