第32章 大家さん、ひっぱりだこになる

第375話 アンタ馬鹿? 寝言は寝てから言いなさい

 2027年6月15日の火曜日の夜、日本のとある港町の倉庫の中でサングラスをかけたスーツの男がヘルメットを被った黒いライダースーツの女と密会していた。


「M、ありがとな。お前の紹介で例のブツを仕入れて組のモンには服用させた。これで100人の一般人が冒険者と同等の力を得られた」


「そう。やっぱり茨木組はC国製の薬に手を出したのね。若頭、命を削る覚悟はしたの?」


「当然だ。舐められたら負けで切った張ったの世界にいれば、命の危険なんざ新入りの靴磨きですらしてる。それにしてもあの薬はマジでやべえな。俺達が酒吞組を潰せるとは嬉しい誤算だったぜ」


 若頭と呼ばれたスーツの男が所属する茨木組と酒吞組はヤクザ、極道と呼ばれるアングラの住人だった。


 酒吞組は西日本のアングラを仕切っており、茨木組は1週間前までその傘下にいた。


 元々は酒呑組と茨木組は1つの組だったが、後継者争いで組の勢力が真っ二つになってどっちの候補者がボスを継ぐか戦った。


 その結果、三日三晩戦い続けて酒吞組の初代ボスが茨木組の初代ボスを追い詰め、茨木組は酒吞組の傘下に組み込まれることとなった。


 それ以来、表面上は茨木組がおとなしく酒吞組の傘下に入ったように振舞い、実際は隙あらば茨木組が酒吞組に下剋上するのを虎視眈々と狙っていた。


 武力は常に酒吞組の方が勝っており、茨木組は傘下の立場に耐える日々が続いていたが2年前に転機が訪れた。


 大地震によって世界が大きく変わったのである。


 大勢の人が亡くなり、ダンジョンが発生してその中にはモンスターが生息していた。


 人々の中には地震の後で発熱の症状が現れ、治ったと思ったら職業技能ジョブスキルに目覚めた者が全国的に確認された。


 冒険者制度が誕生して職業技能ジョブスキルに目覚めた者達は冒険者として登録され、ヤクザの世界もどれだけ職業技能ジョブスキルに目覚めた者を確保できたかで勢力図が変わった。


 しかし、残念なことに酒呑組と茨木組の力関係が覆ることはなかった。


 酒吞組の方が覚醒した人数が僅かに多かったからである。


 覚醒できなかった者が多くいた組は覚醒した者が多く所属する組の傘下に入り、ヤクザの世界でも組の大規模な再編も生じたけれど、これでも酒吞組の方が戦力的には上だった。


 どうしても茨木組は酒吞組の上に立てないのかと地団太を踏んでいた時、若頭はMと呼ばれた黒いライダースーツの女のことを思い出した。


 若頭とMは元々中学時代の同級生だった。


 Mは地震が起きた頃はアングラの世界に足を踏み入れておらず、真っ当な暮らしをしていた。


 覚醒して冒険者登録した後は、とあるクランに入って実力を発揮し1つのパーティーの指揮を任される程になった。


 Mは戦闘力と権力の両方を手にしたことで選民意識が強まり、次第にその振る舞いは目に余るようになってしまった。


 だが、ある日Mは虎を虎だと認識できずにその尻尾を踏んだ。


 それがきっかけでクランから追放されてMの転落人生が始まった。


 若頭は今ならMを上手いこと利用できるかもしれないと考え、Mと連絡を取った。


 Mは全てを失っており、人から求められたことが嬉しくなって若頭のことを助ける決断をした。


 昔知り合ったC国のDMU勤務者と若頭を繋ぎ、若頭はC国から一般人を冒険者に変える薬である羽化の丸薬を100個仕入れて茨木組の未覚醒者に服用させた。


 茨木組は羽化の丸薬によって急激に力を強め、先週酒吞組の縄張りに攻め込んで酒吞組を壊滅に追いやった。


 日本では久し振りに人同士の争いで死傷者多数となったため、ニュースでも報道された。


 ちなみに、DMUの鑑定士の鑑定によれば羽化の丸薬は寿命を10年削る。


 それゆえ、Mは若頭に命を削る覚悟をしたのかと訊いたのだ。


「茨木組の悲願を叶えられて良かったわね」


「おう。しかも、俺に都合の良いことに親父が流れ弾を喰らって死んじまったから、組の幹部会が満場一致で俺をボスに昇格さ」


「おめでとー。これからはボスって呼ばないとねー」


「棒読みとは酷いじゃねえか」


「別に。私はただ知り合いを紹介しただけだし、紹介料もちゃんともらったから」


「そりゃまあそうだろうけどよ。M、お前はこの先ノープランならば俺の力になってくれねえか?」


 Mは若頭改めボスに勧誘されて少しの間黙り込んだ。


 何故なら、Mはノープランという訳ではなかったからである。


 しかしながら、Mが思い描くプランには戦力が足りておらず実現するには時間も労力もかかる。


 そこでボスと茨木組を利用できないか考えた。


 紹介料はもらったものの、Mはボスに貸しを作った。


 このまま茨木組を自分の支配下に組み込めば、戦力を整える時間と労力を大幅にカットできる。


 暫し悩んだ後、Mはボスに探りを入れることにした。


「ボスの力に? 一体何を考えてるのかしら?」


「この国のてっぺんを狙う」


「は?」


「今は力ある者が正義と言える時代になった。そんな時代に生まれ合わせたのなら、天下の覇権を狙ってみるのが男ってもんだろ」


「・・・残念だけど、ボスと茨木組程度じゃ無理ね。”楽園の守り人”はおろか魔王様信者にも勝てないわ。覚醒の丸薬だって飲んでないんだし」


「確かに飲んじゃいねえが、日本のヤクザ全てを傘下に入れて物量で攻めれば勝ち筋はあるんじゃねえのか?」


 ボスの話を聞いてMは肩を竦めた。


「アンタ馬鹿? 寝言は寝てから言いなさい」


「そこまで言う程なのか?」


「決してそんなことはしないでしょうけど、東洋の魔王がその気になれば半日で日本を武力制圧できるわ。勿論、国民が徹底抗戦した前提でね。それぐらいの戦力を有してるの。茨木組にそれに勝る戦力を持ってるの?」


「・・・無理だな」


「でしょうね。日本一は諦めなさい」


「けどよ、折角手に入れた力を使わずに中途半端な日陰者として一生を終えろってのか?」


 ボスがそう訊いた瞬間、Mはヘルメットの中でニヤリと笑みを浮かべた。


 ボスが自分の駒になったも同然だと思ったからである。


「私に考えがあるわ。聞く気はある?」


「聞かせてくれ」


「ボス、アンタと茨木組は力で人の上に立ちたいのよね?」


「そうだな。俺達は学がある訳でもねえ。手っ取り早く暴力で人の上に立ちてえ」


「それを日本でやったらあっけなくやられて人生が終わる。だけど、外国ならばどうかしら?」


「国外? 俺達に日本を出ろって言うのか?」


 Mの口から予想外な話が出て来たため、ボスの目はサングラス越しでもわかるぐらい見開かれた。


「そうよ。一旗揚げるならば国を出るしかないわ。日本は冒険者登録した者なら二次覚醒してる。一次覚醒しただけの茨木組が数を揃えたところで質が悪けりゃ日本一なんて夢のまた夢。でもね、外国ならば話は別よ。二次覚醒してる者が少ない国ならば、アンタ達でも十分のし上がれるチャンスがあるわ」


「おぉ」


「私がボスの立場なら、旧SK国と旧NK国を乗っ取るわね。国としての機能が失われ、一部の生き残りが難民としてC国に移った。もしかしたら生き残りがいるかもしれないけど、力が全ての土地があるなら今の茨木組向きじゃないかしら?」


「確かに」


「C国も今は自国のことで手一杯だから、旧SK国と旧NK国をモンスターから奪い返して復興させようとする余裕はないわ。A国も同じね。つまり、今私達が乗り込んでモンスターさえ駆逐できれば、無法地帯の長になって国を興すことも夢じゃないの」


「良い。実に良い」


 Mの話を聞いてボスは少年のようにワクワクしていた。


 Mはボスが自分のプランに乗り気になって来たと感じ、茨木組も完全に巻き込めるように手札を切った。


「私は既に日本に未練がなく暴れたいと願う仲間に声をかけてるわ。出国できるように大型船も手配してる。茨木組も合流すれば、二次覚醒者10人と一次覚醒者100人のまとまった勢力になる。海を渡った先でモンスターを倒せば強くなれるし、日本で腐ってるよりも余程有意義だと思うけど一緒にどう?」


「・・・良いだろう。Mの話に乗る。ただし、1つだけ条件がある」


「条件?」


「出国は俺達が日本のヤクザの頂点になってからにしてくれ。俺達より弱い奴等に逃げたと思われるのは癪だ」


「はぁ・・・。しょうがないわね。とっとと日本の裏社会のてっぺんになりなさい。出国はそれからよ」


「感謝する。M、お前俺の女にならね?」


「私、自分よりも弱い男はタイプじゃないの。強くなってから出直しなさい。そうしたら考えてあげるわ」


 この2週間後、茨木組は日本のヤクザを潰すか傘下に組み込み終えてMの仲間達と共に旧SK国へと船で旅立った。

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