第366話 しげっち流行ってんの?

 帰宅して昼食を取った後、藍大は茂に電話をかけた。


『藍大か。今日はどうした?』


「衝撃の事実とちょっと衝撃の事実のどっちから聞きたい?」


『ちょっと衝撃の事実から頼む。体を徐々に慣らしたいから』


「水風呂に入る訳じゃねえんだぞ?」


『どっちもいきなりじゃ心臓に悪いだろうが』


「しげっちです」


『やかましい。それで、ちょっと衝撃の事実ってなんだよ?』


 藍大が自分の表現を謎かけだと思ってボケるものだから、茂は軽くツッコんでから話の続きを促した。


「リルとリュカの朝駆けに付き合ってたら山梨県で新しいダンジョンを見つけた」


『まだ発見されてないダンジョンがあったのか。というか朝駆けで山梨県まで行くんかい』


「リルもリュカもよく運動してよく食べるんだ」


『・・・納得した。そのダンジョンはどんなモンスターが現れた?』


「簡潔に言えば天使っぽい人形。無機型のモンスターだ。写真撮ったから今送る」


 藍大はスマホの画面を切り替えて茂に今日遭遇したモンスターの写真を連続して送る。


『はいはい、なるほどな。こりゃ確かに天使っぽい人形だわ。藍大、ドミニオンマトンの魔導書って持ち帰って来た?』


「当然」


『グッジョブ。これは魔術士の垂涎の的だろ。装備するだけでINTが1.25倍になるとか』


「それな。これは売れないぞ。許せ茂」


『次にそのダンジョン行く時にサクッとドミニオンマトンを狩ってくれよ。こっちでちゃんと調べてから職人班で量産できないか試したい』


「明日行く時に余裕があれば狩って来る。それまで待っててくれ」


『期待してる』


 魔術士の強化装備作成に繋がりそうな魔導書の存在を知り、茂は胃が痛くならない良いニュースを聞けてご機嫌だった。


 ところがそれだけで終わらないのがお約束である。


「次は衝撃の事実の方だ」


『かかって来い』


「俺の母方のばあちゃんと従姉をダンジョンがあった集落で見つけて保護した」


『完全に予想の斜め上を行きやがった!? なんでお前の母方のばあちゃんと従姉がなんでそんなとこで見つかるんだよ!?』


 茂もいくつか藍大の言い出しそうなことを予想していたけれど、その全てが外れてまさかの藍大の親族発見ともなれば驚かずにはいられない。


「元々伊邪那美様から母方の実家がその辺にあるって教わってたんだが、今日リルとリュカとその場所まで行って見つけたからだな。2人共一次覚醒してるから極秘裏に冒険者登録してもらって良いか?」


『マスコミに取り上げられたくはないか。バレたら絶対にニュースで報道されるだろうし。OK、引き受けた。後でシャングリラにお邪魔するからその時に冒険者登録の手続きをさせてくれ』


「助かる」


『その代わりにドミニオンマトンの魔導書の現物をじっくり見させてくれ』


「お安い御用だ」


『よっしゃ、ちょっぱやで仕事終えていくから待ってろ! またな!』


 茂はドミニオンマトンの魔導書を早く見たいらしく、気合を入れて仕事を片付けるために電話を切った。


 電話を切った後、藍大は地下神域にいた楠葉と花梨を地上に呼び戻した。


 2人は伊邪那美の話し相手になりながら藍大達の現状と自分達のこれからについて説明を受けていたのだ。


「伊邪那美様とはいっぱい話せましたか?」


「藍大さん、”伊邪那美様の神子”が私達に丁寧に喋る必要はありません。私達の方が言葉に気をつけなければならないのですから」


「そうですよ藍大さん。控えるべきは私でした」


 今朝会った時とは違い、楠葉も花梨も口調が丁寧になっていた。


 特に自分の方がお姉さんだから控えろとふざけて言った花梨は落ち着いた大人の女性のようだった。


「じゃあ家族同士なので堅苦しいのはなしってことで」


「藍大が許可してくれるならそうするさね」


「は~い」


 一瞬にして楠葉と花梨の口調が元通りになった。


「この後の予定だけど、2人には冒険者として登録してもらうことにした」


「私は伊邪那美様のお世話をするからダンジョンに行くつもりはないよ?」


「私はちょっと興味あるかも」


「身分を証明するのに便利なんだよ。2人共一次覚醒してるからな。免許証とか保険証とか持ってないでしょ?」


 冒険者という職業が誕生してランク制度まである今、冒険者登録をすれば立派な身分証明となる。


 それゆえ、藍大としては集落から出て来た楠葉と花梨が身分を証明できるように冒険者登録させるつもりである。


「生まれてこの方60年、一度たりとも病院に行ったことはないね。車にはずいぶん昔に乗せてもらったことがあるけど」


「私も病院に行ったことはないな~。車は子供の時に何回か乗せてもらったことあるよ」


「病院に行ったことないとか健康の極みだな。それはさておき、俺の幼馴染が冒険者とダンジョンを管理する組織で働いてるから冒険者登録してもらうんでよろしく」


「わかったさね」


「はいは~い」


 楠葉も花梨も身分証明を不要だと言わなかったので藍大はホッとした。


 2人は俗世を離れて暮らしていたから、今まで必要なかったしこれからも要らないと言うかもしれないと心配していたが、それは藍大の杞憂に終わった。


 実際のところ、伊邪那美から藍大達がこれまでどのように冒険者として活動して来たのか聞いたことにより、楠葉と花梨は藍大以上に頼れる者はいないと悟った。


 また、自分達が伊邪那美の声を聞けなくなってから藍大が伊邪那美のために頑張ってくれたことも知った。


 以上の経緯から藍大に迷惑をかけるのではなく、藍大の力となれるようにできる限り藍大の言うことを聞くことに決めたのだ。


 茂がシャングリラに来るまでの間、藍大は”楽園の守り人”のメンバーに楠葉と花梨を疎遠になっていた自分の家族だと紹介する時間に充てた。


 夕方になって茂がDMU本部での仕事を終えてシャングリラからやって来た。


 チャイムが鳴ってリュカがドアを開けて茂をリビングまで連れて来る。


 楠葉と花梨を見た茂は目を丸くした。


母娘おやこですか?」


「しげっち酷~い! 私はまだ25だよ!」


「おやおや、私もまだまだババアには見えないさね」


「しげっち流行はやってんの?」


 茂の反応に花梨が頬を膨らませて抗議する一方で、楠葉は自分が実年齢よりも若く見られたのだと思って胸を張った。


 茂は初対面の花梨にしげっちと呼ばれたため、藍大に続いて花梨にも同じ呼び方をされたからしげっちという呼び名が流行っているのかと一瞬錯覚してしまった。


「楠葉さんが俺のばあちゃんで花梨は俺の従姉。つまりは楠葉さんの孫だ。母娘じゃない」


「私は一向に構わないさね」


「私が構うよ!」


「失礼しました。自己紹介が遅くなりました。藍大の幼馴染でDMUの”楽園の守り人”係の芹江茂です。よろしくお願いします」


 茂は藍大の説明を聞いて2人に謝り、その後すぐに自己紹介を済ませた。


 それから楠葉と花梨の冒険者証をそれぞれに手渡した後、茂は藍大に質問した。


「藍大、楠葉さんと花梨さんを”楽園の守り人”に加えるのか?」


「加わってもらう。ただし、面倒事を避けるためにホームページで紹介とかはしない。茂もDMUで発表されないように注意しててくれ」


「了解。それで、俺が頼んでた魔導書は何処だ?」


「これだ。存分に鑑定したまえ」


「おぉ、これがそうか!」


 藍大は自分の用件が済むと茂が見たがっていたドミニオンマトンの魔導書を披露した。


 茂はようやく現物を見ることができて感動していた。


 しばらく食い入るように見ていたが、そこから視線を外したので藍大が声をかけた。


「どうだ? 満足した?」


「満足した! 良い物見せてもらった! 明日もよろしく頼む!」


「へいへい。職人班が量産化できると良いな」


「それな。魔法系アビリティを使うモンスターの素材と武器、魔石を使えばできそうな気がするけどやってみなきゃわからん」


「舞のミョルニルや司のヴォルカニックスピアみたいな属性武器ができたりして」


「それはそれでありだろ」


 属性武器は希少であり、日本で使用する者が片手に収まるぐらいである。


 それを作成できたならばINT強化の魔術書とは別の意味で成功と言えよう。


 茂が機嫌の良いまま帰っていくと、花梨がムスッとしたまま藍大に詰め寄った。


「私、ピチピチの25歳だよね!」


「そだね」


「花梨、怒ると顔に皺が増えるさね」


「ばあちゃんってば若く見られたからってムカつく~」


「まあまあ。今日は豪華な夕食にするから機嫌直してくれ」


「わ、私はそんな単純な女じゃないんだからね!」


 そう言ったものの、花梨は夕食であっけなく藍大の料理に陥落して機嫌が良くなっていた。


 藍大の料理の腕を褒めるべきなのか、花梨が単純なのか。


 いや、その両方なのだろう。

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