第358話 政略結婚なんて認めないんだからねっ

 翌日16日の火曜日、シャングリラの中庭には”レッドスター”の赤星兄妹と”ブルースカイ”のサブマスターである理人が来ていた。


 彼等がここに来たのは覚醒の丸薬Ⅱ型の購入のためだ。


 ”グリーンバレー”と白黒クランを除け者にしている訳ではなく、その3つのクランはDMU運輸での配送と口座振り込みで対応することになっている。


「逢魔さん、遂にⅡ型についても量産化できるようになってたんですね」


「ここ最近ですけどね。素材調達に難がありますから、数を限定して売ることになりますが」


「それは仕方のないことでしょう。買わせてもらう側からすれば、売ってもらえるだけありがたいですから。なあ、理人君」


「そうですね。ウチとしては過去のことは水に流して売っていただけるだけありがたいです。もっと下さいなんて口が裂けても言えませんよ」


 誠也が理人に話を振ると、彼は苦笑しながら以前は本当に申し訳なかったと口にした。


 ”楽園の守り人”が1級ポーションを販売した際、今は”ブルースカイ”を追放されて野良冒険者となった木津芽衣が藍大相手にやらかしてしまった。


 この一件は”ブルースカイ”とその後ろ盾である青空グループの評判を下げ、”楽園の守り人”に対して頭を上げられない原因だ。


 それゆえ、日本のダンジョン探索を区分して統括する話や覚醒の丸薬Ⅱ型の販売に呼んでもらえるだけ”ブルースカイ”は感謝している訳である。


 なお、理人は青空瀬奈の婿となって渡辺理人から青空理人へと苗字が変わっていた。


「それにしても、理人君もついに瀬奈さんの婿になったか」


「あはは・・・。その、なんというか、はい・・・」


 理人は照れ臭さと困惑が滲み出た苦笑を浮かべた。


 これは理人が青空グループの経営陣から公私共に瀬奈のブレーキ役になれるのは理人だけだとひたすら頭を下げられたことを思い出したからだろう。


 実際、理人は実戦でも事務でもそつなくこなす優秀な人材だった。


 もしもそうでなかったとしたら、ツンツンが行き過ぎる瀬奈の率いる”ブルースカイ”でサブマスターにはなれなかったに違いない。


「理人君はしっかりしてるから真奈にどうかと思ってたんですけどね」


「そんなこと考えてたんですか兄さん?」


「そりゃそうだろう。色んな意味でお前は嫁の貰い手がないんだから」


「あぁ、なるほど」


「理人さん!?」


 誠也にこんな扱いをされるのはいつものこととして、理人にまで納得されたら流石に真奈も焦る。


「すみません、瀬奈が覚醒の丸薬Ⅱ型を待ち侘びてますので私はこれで失礼します。逢魔さん、代金は既に指定口座に入金済みですのでお確かめ下さい。それでは」


 (理人さん、逃げたな)


 早口で言って頭を下げた理人はシャングリラから去って行った。


 藍大が理人は逃げたと思っても無理もないことである。


 というよりも藍大も誠也と理人に同感だったりする。


 何故なら、真奈という日本トップクラスのモフラー冒険者を嫁に貰える男性に心当たりがないからだ。


 モフモフ愛が強いだけならば、同じモフラーと結婚すれば良いと思うかもしれない。


 だが、真奈は”レッドスター”のサブマスターで地位も実力も才能もある。


 並のモフラーでは全く釣り合わないのだ。


 そういう事情から誠也は真奈の結婚相手探しに苦戦している。


「私のことばかり言いますけど、兄さんはどうなんですか?」


「私はこの前華にプロポーズしてOKを貰ったぞ。やっとかって怒られたが」


「ようやく華の気持ちを理解したんですね。華もあれで頑固ですから、自分から告白することはないでしょうし兄さんはさっさと告白しろよと何度も思いましたが」


「そうは言っても付き合いが長いと異性としてなかなか見れないもんだぞ?」


「それはまあそうですね。私も豪と結婚したいとは思いませんし」


 (豪さん、ドンマイ)


 藍大は赤星兄妹を聞いて豪に心の中で合掌してから口を開いた。


「誠也さん、婚約されたんですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます。そうだ逢魔さん、真奈を嫁に加えてみませんか?」


「え゛?」


『それは駄目だよ!』


「そうよ! 反対よ!」


 誠也がとんでもない発言をすると、遠くに隠れていたリルとリュカが必死な形相で駆けつけて反対した。


「リル君とリュカちゃんだ~。遂にくっついたんだね。おめでとう!」


『・・・ありがとう』


「ありがと」


 リルもリュカも礼儀正しい従魔なので、真奈天敵を警戒しつつもお礼を言うのは忘れない。


 藍大は驚き過ぎて変な声が出てしまったが、リルとリュカが現れたことで落ち着きを取り戻した。


「誠也さん、冗談を言うなんて珍しいですね」


「冗談ではありませんよ。思い付きで言ってみたのは否定しませんが、よくよく考えてみれば逢魔さん程真奈の相手に相応しい人はいません。従魔に理解があって才能もあり、”レッドスター”を超える”楽園の守り人”のクランマスターなんですから」


「いやいやいやいや、私にはもう5人も嫁がいますからね?」


「あと1人くらい大丈夫ですよ」


「何がなんでも押し付ける気ですか!?」


「そうですね」


 それで良いのか、誠也。


 残念ながら誠也にツッコめる者はいなかった。


『ご主人、絶対駄目! 僕達の平穏のために天敵を迎え入れちゃ駄目だよ!』


「そうだよご主人! 折角リルと一緒になれたのにあの女がいたら気が休まらないわ!」


 リルとリュカは藍大に頼むからこの話は断ってくれと詰め寄った。


 天敵と同居なんて耐えられないのでそれはもう必死である。


 (あれ、舞達はどうしたんだ? ここで反対しないなんて珍しい)


 藍大はリルとリュカを落ち着かせながら、舞達奥さんズの様子を伺った。


 舞達はお互いに目で会話して結論を出たらしい。


「誠也さん、押し付けは良くない」


「真奈さんからの告白じゃない時点で検討の余地なし」


「政略結婚なんて認めないんだからねっ」


「愛のない結婚は何も生まないです」


『ダメッ・:*三( ε:)`д゚)・;"』


「そうですよ兄さん。私のことを考えてるようで考えてない押し付けは止めて下さい。私の結婚相手は私が決めます」


 奥さんズが誠也に駄目ときっぱり断ると、真奈も自分のことを”レッドスター”の地位を安定させるための道具にするなと抗議した。


 無論、真奈としても藍大は北村ゼミの後輩というだけでなく、調教士として活動する上で頼りになるその道の先輩だから好意的に感じる相手だ。


 そうだとしても、真奈はまだ従魔を増やして自分のモフモフ王国を作ることが楽しいし、結婚することまで頭が回っていない。


 そのような状況で誠也が自分を藍大に押し付けられれば文句を言いたくなるのも当然だろう。


「多勢に無勢ですね。それに話を強引に進め過ぎたようです。失礼しました。今の話はなかったことにして下さい」


『金輪際なくてOKだよ!』


「お帰りはあっち!」


「ツンツンするリル君とリュカちゃんも良いね!」


 リルとリュカは終始警戒を解かず、真奈のリアクションに対して藍大の後ろに隠れてやり過ごした。


 赤星兄妹がシャングリラから帰っていくと、やっとリルもリュカも体の力を抜くことができた。


『ご主人、疲れちゃった。撫でて~』


「私も~」


「よしよし。リルもリュカもよく頑張ったな。偉いぞ」


「『クゥ~ン♪』」


 藍大に頭を撫でられてリルとリュカはリラックスした表情になった。


 そこで舞とサクラから藍大に質問が飛んだ。


「藍大、真奈さんのことどう思ってる?」


「主は6人目の嫁が欲しい?」


「いや、真奈さんを異性として見るにはインパクトが強過ぎてその次元じゃない。これ以上嫁も要らない。ここで外部から嫁を貰い受けたら他所からも送り込まれるかもしれないじゃん」


「うんうん、それなら良かったよ」


「主が欲求不満なら私がいくらでも相手するから安心して」


「私だっていつでも受け止めるよ!」


「サクラも舞もそんなことしなくて大丈夫だから」


「・・・残念」


「そっかぁ」


 (なんで残念がるんだよ)


 舞もサクラもそれぞれ優月と蘭を産んで1年も経っていないのに、既に次の子供のことを考えていた。


 これには藍大も苦笑せざるを得ない。


 それでも今夜は舞とサクラのガス抜きが必要だろうと心のメモ帳に記した。


「さあ、”レッドスター”と”ブルースカイ”に覚醒の丸薬Ⅱ型も売ったことだし昼食にするぞ」


「ご飯!」


『そうだね! お昼ご飯だね!』


 藍大の発言を聞いて舞とリルがすぐに思考を切り替え、その他のメンバーについてもそれに続くように思考を切り替えて102号室へと戻って行った。


 ご飯というワードは藍大にとって話題を変える切り札なのは間違いない。

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