第344話 そこにモフモフがいるからさ

 1月5日の火曜日、藍大はサクラとリル、ゲン、ブラドを連れて道場ダンジョン前にやって来た。


 サクラは久し振りに藍大に同行しているが、舞に蘭を預けて来たからこそここにいる。


 産休期間は藍大と外出できなかったため、舞がサクラに今日の外出の機会を譲ってあげたのだ。


 実際、サクラは今とても嬉しそうに藍大の腕を抱き締めている。


「ご機嫌だな、サクラ」


「うん♪ 主とこうやってダンジョンに来るのは久し振りだもん♪」


 そこに待ち合わせしていたリーアムと何故か真奈が一緒にやって来た。


 自分の天敵2人が揃ってしまったため、リルは藍大の陰に隠れてプルプルと震えた。


『こ、これは悪夢だよ。そうに違いない』


「よしよし、大丈夫だ。リルは強い子負けない子」


「クゥ~ン」


 リルは藍大に頭を撫でられて精神的ストレスが和らいだ。


「リル君~! あけおめ~!」


「リル君、あけましておめでとう! おめでたいからモフらせてくれない?」


『あけましておめでとう。絶対に嫌だ』


 リルは真奈とリーアムを天敵だと思っていても、律儀に挨拶だけは返す。


 挨拶をされたら挨拶をする。


 これは基本動作であると思っているからだ。


「リーアム、リル君に嫌われるから余計なこと言うのは止めて」


「OK。我慢するよ。これ以上距離を取られるのは悲しいからね」


『大丈夫。僕と2人の心の距離は出会った時からずっと離れたままだから』


「なん・・・ですって・・・」


「絶望した! リル君と仲良くなれてない事実に絶望した!」


 リルの口からとんでもない発言が飛び出したことにより、真奈もリーアムも膝から崩れ落ちた。


 藍大はそんな2人に気にせず声をかけた。


「それで、なんで真奈さんがここにいるんですか? 待ち合わせしてたのはリーアム君だけだったはずなんですが」


「大晦日から昨日までリーアム君は家に泊まってたんですよ。1人で年越しってさみしいでしょうし、親友の弟である前に同志ですから放っておけませんでした」


「つまり、5日間の内にリーアム君から今日の話を聞き出し、新年早々リルに会えると思って同行した訳ですね」


「Exactly」


『ガルフはどうしたの? 僕のことばっか気にしてたらガルフが拗ねるよ?』


 どうにか真奈とリーアムの興味を自分から逸らせないかと考え、リルはガルフのことを思い出した。


 こういう時こそ真奈担当のガルフに頑張ってもらわなければ意味がない。


 それゆえ、リルはガルフはどうしたんだと訊ねた。


 しかし、真奈は問題ないと笑って応じる。


「大丈夫です。【召喚サモン:ガルフ】」


 召喚されたガルフはフェンリルに進化していた。


 だが、それに注目するよりも前にぐったりしていることに目が行ってしまうのは仕方のないことだろう。


『ガ、ガルフ!? 大丈夫なの!?』


「ワ、ワフ」


『・・・大変だったね。君はよく頑張ったよ』


「クゥ~ン!」


 リルとガルフが言葉を交わし、ガルフは理解者は貴方だけだとリルに泣きつく。


 (どうしよう。通訳なくても何言ってんのか大体わかっちゃったよ)


 ガルフはリルのように人語を話せなかったけれど、藍大にはリルの言葉からしてなんとなくガルフが言いたいことを理解できてしまった。


『ご主人、ガルフはこの5日間立派に務めを果たしたんだって』


「だと思った。メルメとロックはどうしたんだ?」


『メルメはモフられ過ぎてダウンしたって。ロックはガルフやメルメ程モフモフじゃないから比較的マシだったけど、モフラれること自体に慣れてなくてすぐにバテたってさ』


「そっか。大変だったんだな」


『そうみたい』


「ガルフとやらの目は吾輩が騎士の奥方にぬいぐるみ扱いされた時と同じであるなぁ」


「ブラド、気をしっかり持つんだ。最近はそんなに抱き着かれてないだろ? 思い出しちゃ駄目だ」


「・・・すまない主君。もう大丈夫だ」


 ブラドがガルフの目を見て遠い目をしたものだから、藍大はブラドの頭を撫でて精神的ストレスを緩和させた。


 出会っただけでここまでの被害を出すとは向付後狼さんは流石である。


 とりあえず、道場ダンジョン前に事情を知らない冒険者達が集まって来てしまったので藍大達は道場ダンジョン8階へと移動した。


「邪魔」


「ウィア!?」


「解体は吾輩に任せるのだ」


 ボス部屋にはワイバーンがいたのだが、サクラが<深淵支配アビスイズマイン>で深淵の刃を創り出して瞬殺した。


 その死体はブラドが<解体デモリッション>でスムーズに解体され、藍大が収納袋にそれらをしまって部屋の中には藍大達しかいなくなった。


「あっさりとワイバーンが片付きましたね。見つけてから倒して回収するまで1分もかかってないじゃないですか」


「Fantastic! 美人なお姉さんも最高だぜ!」


 以前、小学生は最高だぜと言っていたリーアムだが、サクラも全然ありみたいで守備範囲が広い。


 サクラは美人なお姉さんと呼ばれて気分を良くしていた。


 蘭を産んでから2週間も経っていないとは思えないプロポーションであり、やはり”色欲の女王”は別次元の存在なのだと再確認できる。


「主、2人目もどんとこいだよ」


「・・・そういうのは外では言わないようにしような。それはそれとして、掃除してくれてありがとう」


「は~い。どういたしまして」


 他人の目がある場所でそういう話をしていると、非リアの口から呪詛が放たれるので藍大は慎重だった。


 邪魔者がいなくなったところで、藍大が咳払いして全員の気持ちを切り替えさせた。


「さて、今日はリーアム君の保有戦力について確認する。それによってはCN国に帰還するってことも聞いてるよな?」


「はい。僕とその仲間達が強いと東洋の魔王に認められれば、僕は覚醒の丸薬を買ってCN国に帰ると聞いてます」


「よろしい。では、早速実力試しを始めよう。リーアム君、先に仲間を呼び出せ」


「わかりました。【召喚サモン:ソード】【召喚サモン:ニンジャ】【召喚サモン:タンク】【召喚サモン:ヒーラー】【召喚サモン:メイジ】【召喚サモン:モンク】」


 既に見知った4体に加え、リーアムは日本の留学生活中に新たに2体のモンスターをテイムしていた。


 それがメイジとモンクと呼ばれた従魔であり、それぞれサンダーキャットとバトルエイプだった。


 サンダーキャットは雷属性の魔法系アビリティを使える猫のモンスターだ。


 残念ながら電気鼠は存在しないらしい。


 バトルエイプは肉弾戦を得意とする猿であり、遮蔽物が多いところでは死角から奇襲を仕掛ける特徴がある。


「準備は整ったみたいだな。ブラド、頼んだ」


「うむ」


 ブラドが頷いてボス部屋に召喚したのはアシュラLv80である。


 藍大のパーティーにとっては最早取るに足らないモンスターだが、元々は道場ダンジョンの”ダンジョンマスター”だったアシュラを倒せるぐらいならば、リーアムを強いと認定しても問題ない。


 リーアムのパーティー以外は壁際に移動していたため、召喚されたアシュラは対峙するリーアムに問いかける。


「人は何故欲を持つか」


「逆に訊かせてくれよ。欲の定義って何?」


 (質問を質問で返した?)


 アシュラの質問に対し、リーアムは答えるために材料が足らないとアシュラに質問を返した。


「欲とは生物が生きる限り切っても切れぬものだ」


「なるほど。モフラーにとってのモフ欲のことだね、わかったよ」


「ならば貴様にもわかるように問おう。モフラーは何故モフるか」


『良い質問だね。それは僕もすごい気になる』


「リル、静かに」


『あっ、ごめんねご主人』


 アシュラがリーアムに合わせた質問を投げかけると、リルもそれは気になると思わず口を挟んだ。


 藍大はリルに静かにするように伝え、謝ったリルの頭を優しく撫でる。


 そんな藍大達のやり取りは置いといて、リーアムは何を今更と笑って答える。


「そこにモフモフがいるからさ」


「その通り。だから死ね」


 何がその通りなのかわからないが、リーアムが答え終わった時には既にアシュラが一瞬で距離を詰め、リーアムに殴りかかっていた。


「グォォォッ!」


「Thank you!」


 リーアムを守るべくタンクが間に割って入り、アシュラの拳を掴んで攻撃を防いだ。


 リーアムがタンクにお礼を言っている間にニンジャとモンクが左右からアシュラに攻撃を仕掛け、アシュラの左右の顔とそれに連動するそれぞれの腕が攻撃を防ぐ。


「ニャ!」


 タンク達にアシュラが気を取られている内に、メイジが<紫雷光線サンダーレーザー>を放つ。


「フン!」


 アシュラは咄嗟に<闘気鎧オーラアーマー>を発動して後ろに飛び、メイジの<紫雷光線サンダーレーザー>のダメージを軽減させた。


 これで勝負が決まるなんてことはなく、リーアムの実力試しはここからが本番を迎える。

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