第341話 藍大君、君は政治家になれるよ

 今まで覚醒の丸薬は国外に売らない方針だったにもかかわらず、急にその方針をひっくり返す発言を聞けば藍大が首を傾げた。


「どうしていきなり覚醒の丸薬を国外に売ろうとするんですか?」


「戦争に参加しない中立国とはいえ、いざ攻め込まれたら国を守る戦力があるべきだろう? 中立国だからって攻め込まれないとは限らないんだから」


「それはそうですが、なんで日本が他の中立国に覚醒の丸薬を売らなければいけないんですか? そもそも、売ると決めたのはそちらですけど、作るのも素材を調達するのも”楽園の守り人”の協力がないとできないことですよね? その辺はどうお考えですか?」


「耳が痛い話だが、これも日本が不必要に恨まれないようにするためだ。協力してくれないか?」


「簡単に言ってくれますけど、日本国内の冒険者に覚醒の丸薬を売るにあたってどれだけ私達が大変だったか理解してますか? そちらは作ってくれ、売ってくれと言えば良いだけですから簡単ですよ。ですが、生産者私達のことを考えない勝手な考えは止めていただきたいですね」


 藍大は強気な姿勢で発言した。


 こればかりは言いなりになってなるものかと覚悟を決めている。


 以前覚醒の丸薬を普及させた時、奈美以外は素材となるモンスターを狩るだけだから比較的マシだったが、奈美はひたすら覚醒の丸薬を作るだけなので精神的に辛そうだった。


 別に薬品を作ること自体が嫌なのではなく、同じ物ばかり作り続けるのが飽きるという意味で辛そうだったのだ。


 ”楽園の守り人”が覚醒の丸薬の素材調達と作成だけに時間を割くことになれば、もっと稼げるのにその機会を失うことになる。


 奈美だけでなく、自分達の機会損失のことも考えれば頼まれたからやりますでは済まない。


 ぶっちゃけてしまえば藍大達に大したメリットがないのだ。


 これには板垣総理も後ろに立つ潤もすぐに言葉を返せなかった。


 ちなみに、茂の心情は藍大寄りだった。


 DMUに所属してるとはいえ、政治色に染まっていない茂は藍大達から送られてくる珍しい素材の鑑定や新発見の情報を考察するのが好きだ。


 覚醒の丸薬作りで”楽園の守り人”を拘束するのは勿体ないと思うからこそ、藍大の味方という訳である。


 沈黙を破ったのは潤だった。


 冒険者の統括を専門としているのはDMUなので、藍大の協力を得るための次善策を先に思いつくのは潤の方が速い。


「では、こういうのはどうだろう? ブラド君の力で道場ダンジョンか多摩センターダンジョンに覚醒の丸薬の素材となるモンスターを出現させてほしい。そこで出現したモンスターをダンジョンで討伐した冒険者から買い取り、DMUの職人班で薬士の者に覚醒の丸薬を作ってもらう。これなら藍大君達に負担はかからないだろう?」


「ブラド、どう思う?」


 藍大は話をブラドに振った。


 これは”アークダンジョンマスター”のブラドが答えた方が良い話だからである。


 オークインとシージャイアント、マッドクラウンをどのレベルでダンジョンに出現させられるのか。


 この点について藍大が答えられることはないのでブラドが答える必要がある。


「日本の冒険者の強さ次第だろう。オークインとシージャイアント、マッドクラウンは最低でもLv60からのモンスターだ。それらを主君達のようにガンガン狩れる冒険者がいるのか? 主君達のようにテキパキ倒さねば物量に押し潰されてやられるぞ」


「最低Lv60か・・・。それを安定的に狩るとなれば、少なくとも”リア充を目指し隊”ぐらいの戦力は必要だね。いや、彼等でも連日連戦なんてことは無理か。白黒クランにお願いするとなれば、順調に進んでいる日本のダンジョン内の間引きに水を差すことになるし・・・」


 ブラドの回答を聞き、潤はどうしたものかと考えをまとめ切れずにブツブツと言葉を口にする。


 それを聞いて藍大はムッとした。


「やはり連日連戦しなければならない程の量を取引しようとしてたんですね。私達に確認もなく勝手過ぎませんか?」


「いや、それは・・・」


 潤は余計なことを口にしてしまったと自分の迂闊さを後悔した。


 潤のミスで自分達の勝手な判断はバレてしまったため、板垣総理は深く頭を下げた。


「すまない。CN国の窮状を訴えられ、私が迂闊な口約束をしてしまったのが悪かったんだ。芹江君は悪くない」


「板垣総理、CN国が日本に応援を要請したんですか?」


「その通りだ。南北戦争でC国が北のR国に協力を求めてR国が快諾した。それに伴い、A国も中立を宣言したCN国にその宣言を曲げて協力してほしいと圧力をかけてるんだ。CN国は国内のダンジョンを抑え込むのでやっとであり、同じ中立国の日本に助けを求めて来た訳だ」


「それならA国に抗議するのが先ではないですか? どうして覚醒の丸薬をCN国に売ることになるんです?」


「既に抗議はしたが、A国がこちらの話を聞かないからだ。それでも、戦争に関わらないのならば口を挟むなと言ってあちらが交渉の席に座らないんだよ。だから、CN国の戦力を強化してA国に歯向かえるだけの力を用意させようとしたんだ。そうすれば、CN国と争って無駄な損害を被りたくないA国はCN国に協力を要請しなくなる」


 藍大の指摘は自分も考えて実行したことだったため、板垣総理は自分の用意した次善策が覚醒の丸薬のCN国への販売だったと弁明した。


 藍大はそこまで聞くと、自分もなんでもかんでも反対すると話が進まないので落としどころを探るべく気になった点を質問する。


「別にCN国の冒険者に行き渡るぐらい用意しなければ良いんじゃないですか?」


「どういうことかね?」


「私が言いたいのは冒険者が連日連戦しなければならない理由はないということです。A国に対抗するためにCN国の冒険者を二次覚醒させるとして、CN国の冒険者に行き渡るぐらい覚醒の丸薬を用意するのは2つの点から現実的ではないです」


「詳しく話してくれ」


「わかりました。1つ目ですが、南北戦争に冒険者を派遣しているA国にCN国をボコボコに傷めつけて言うことを聞かせられる程の戦力が残ってるんでしょうか? 少なくとも、CN国がこの機に乗じてA国に攻め入るなんて考えてないでしょうから、CN国を脅すだけの戦力が残ってないと思います」


「・・・そうか。私もCN国もA国の冒険者の戦力を過剰に見積もってたか。芹江君はA国が国内に待機させる戦力についてどう思うかね?」


 話を振られた潤は少し考えてから口を開いた。


「おそらくですが、A国のCN国への脅しとも呼べる協力要請はハッタリも含んだものかと思います。藍大君の言う通り、今はC国に負けないように戦力をガンガン送り込んでますからCN国をビビらせるぐらいの見せかけの戦力だけの可能性があります」


「ふむ。藍大君、2つ目の点について教えてくれ」


「はい。2つ目はCN国を贔屓したと他の国からも買い付けが殺到します。それに対処できますか?」


「・・・無理だろうな。”楽園の守り人”に頼ること前提で物を考え過ぎてたのは反省しよう。藍大君ならばどうするべきだと思う?」


 (下手すりゃCN国への対応が俺の発言で決まるぞ、おい)


 板垣総理の反応から、自分の考えをそのまま採用しかねないと思って藍大は必死に頭を回転させる。


 自分に責任を擦り付けられては堪らないから、妥当なことを言いつつ責任を持つのは板垣総理だと釘を刺さねばならない。


「リーアム=ディオンの戦力が強化されているならば、帰国させてはどうでしょうか。聞いた話では彼は日本の各地のダンジョンで従魔を増やしてるとのことです。従魔の強化が十分ならば、彼が帰国するだけで状況は大きく変わります。その際に少しだけ覚醒の丸薬をお土産に持たせれば、CN国は彼が早期帰国となっても文句は言わないでしょう。あくまで参考意見として聞いていただきたいですが」


「藍大君、君は政治家になれるよ。各国の留学生はそもそもが日本での成長と覚醒の丸薬を入手することだった。そのどちらも叶うならば、送り出した国が文句を言うことはあるまい。彼経由で覚醒の丸薬を少量でも買って帰ったら彼はCN国の英雄だ。それと、用意してもらう覚醒の丸薬の代金として君達の機会損失分を上乗せすると約束しよう」


 (リーアムは早く帰らなきゃいけないから残念がると思うけどな)


 藍大の提案はリーアムの気持ちを考慮していない。


 日本の文化が好きで着々とモフモフな従魔を集めているリーアムならば、留学できる時間が長い程嬉しいだろう。


 その点を考慮していないことは藍大も重々承知しているので、これが100点満点の回答ではないと思っている。


 しかし、100点満点の答えなんてテストでもなければ存在しないのだ。


 CN国は二次覚醒したリーアムを呼び戻し、日本産の覚醒の丸薬を少量でも買える。


 板垣総理は自分の発言に対する責任を最低限担保できる。


 そして、”楽園の守り人”は覚醒の丸薬作りに多くの時間を割かなくて済むし、収入面でのマイナスはなくなった。


 結局、藍大の意見が通ってしまい、年明けにリーアムの強化度合いを藍大が確認して帰国させてもA国と張り合えるレベルならばこのまま話を進めることになった。

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