第340話 ブラドさんマジかっけえ
蘭が生まれた3日後の28日の月曜日、藍大とリル、ゲン、ブラドはDMU本部に朝から来ていた。
リルとゲンが同行するのはいつものことだが、ブラドが同行するのはブラドの駆け引きの経験が必要になると判断してのことだ。
舞やサクラは優月と蘭の面倒を見ており、仲良し元幼女トリオもそれを手伝いながら子育てについて学んでいる。
ミオとフィアは孤児院の子供達と一緒に遊ぶ約束をしており不在である。
「藍大、蘭ちゃんが生まれたばかりなのに悪いな」
「それな。そう思うなら呼ばないでほしい」
「すまん」
「いや、俺こそ悪い。別に茂のせいって訳じゃないんだから」
「そう言ってもらえると少しだけ気分が楽になる」
藍大達は茂に迎えられて建物の中にはいた。
ゲンはいつも通り藍大の服に憑依しているから、藍大と一緒に移動する従魔はリルとブラドだけだ。
茂に案内された先は最近恒例となった応接室であり、そのドアをノックして名乗る。
「失礼します。”楽園の守り人”係の芹江です。”楽園の守り人”の逢魔さんとリルさん、ブラドさんをお連れしました」
「入ってくれ」
(板垣総理、今日もいるんですね)
藍大も3回目となればやっぱりいたかと思えるぐらいには心が落ち着いていた。
応接室の中に入ってみれば、板垣総理とその後ろに潤がいた。
「久し振りだね。藍大君、リル君。それとはじめまして、ブラド君」
「お久し振りです、板垣総理」
『久し振り~』
「うむ。吾輩がブラドである。よろしく頼む」
(ブラドはどっしり構えてんなぁ。見た目はぬいぐるみなのに)
ブラドは初めて板垣総理と会うのだが、全く動じることなくいつも通りだった。
その点はリルも同じだけれど、リルとブラドではマイペースの方向性が違う。
リルは愛らしさで相手を自分のペースに巻き込む。
それに対してブラドは常に自分が堂々と振舞い、相手のペースに関係なく自分のペースで突き進む。
なお、ブラドのペースを乱す舞という例外はいるけれども今はそれを置いておこう。
「まずは藍大君、蘭ちゃんが無事に生まれたことをお祝いさせてくれ。おめでとう」
「ありがとうございます。板垣総理もご存じだったんですね」
「当然だ。君とサクラさんの間に生まれる子供については、今後のことを見据えて他国からも色々訊かれるからね。最低限のことは知ってるし、注目しないはずがない」
「もしも私の家族に手を出そうとするのなら、どうなっても良いように覚悟しろと言っといて下さい」
『優月と蘭に何かあったら赦さないからね』
「主君の家族に少しでも妙なことをした場合、その国の首都を死の都にしてやるぞ」
「・・・わかった。馬鹿なことを言い出す奴がいたら死ぬ気で説得しよう」
間違っても藍大を敵に回してはいけないし、日本を見捨てられるのは阻止したいので板垣総理は藍大達の言葉を重く受け止めた。
普段は友好的なリルが”風聖獣”に相応しい態度を取ると、そのギャップに事の重大さを思い知らされる。
ブラドは<
ブラドを相手に国防戦をしたいと思う者は皆無である。
何よりもそんなリルやブラドだけでなく、その他にも強力な従魔や人類最強の舞を率いる藍大が怒ったらそれはもう大変だ。
藍大というストッパーが機能しなくなり、従魔達が蹂躙を始めることになるのだから。
板垣総理と潤は額から冷や汗を流していた。
与し易いとまでは言わないが、政治に関わる者として板垣総理も潤もどこか藍大を言うことを聞いてくれる強力な助っ人のように考えていた。
勿論、藍大を利用するだけ利用してやろうという気はこれっぽっちもないが、日本のスタンピードを抑止する依頼を受けてもらっているから自分達の言うことを聞いてくれると思っていたのかもしれない。
自分達の思考があと少しで日本を危機に陥れるかもしれないことに気づき、板垣総理と潤は今一度それぞれの気を引き締めた。
最大多数の最大幸福のため、”楽園の守り人”を蔑ろにするような選択をしたら日本は終わると考えるべきなのだ。
板垣総理が次に何を話すべきかと考えていると、ブラドが沈黙を破るべく口を開いた。
「それで、今日の用件はなんなのだ? 知っての通り主君も吾輩達も家族が増えて忙しいぞ。お見合いしてる時間はないから本題に入るが良い」
(ブラドさんマジかっけえ)
この場の主導権はブラドが握り、そんなブラドを見て藍大は感心した。
家ではただの食いしん坊だけれども、ブラドは5つのダンジョンを統治する”アークダンジョンマスター”である。
駆け引きという点では藍大よりもブラドの方が脅威と言えよう。
「そうだね。すまなかった。藍大君、南北戦争を受けて各国の留学生が日本の冒険者に引き抜きを仕掛けようとしてるのは知ってるかい?」
「知りません。そんなことになってたんですか?」
「藍大君の母校のC大に留学した2名はその例外だから、知らないのも無理もないか。実は、他の大学で本国の指示を受けて引き抜きをしている留学生がポツポツ現れ、理由をでっち上げて国に強制送還させてるんだ」
「では、精神面の不調による帰国や自国のスタンピードに呼び戻されたってニュースに流れてるのは勧誘が原因なんですか?」
「その通りだ。自国に来てくれたら要職に就けるとか、国一番の美人と結婚できるとかそんな勧誘をしてるらしい」
「留学生にそんな誘われ方で乗る冒険者なんていないと思いますが」
藍大は板垣総理に対して暗に根拠を提示するように言った。
藍大は今、三原色クランと白黒クランを中心に日本のダンジョンの間引きを指揮している。
実際は伊邪那美のおかげでスタンピードが起こらないようになっているものの、危険だったり放置されているダンジョンを潰して日本の冒険者が一体となってダンジョンを攻略する流れを形成した。
この状況下で留学生から優遇される根拠もない勧誘に引っかかる冒険者がいるのかと疑問に思うのは当然だろう。
そんな藍大の疑問に応じるため、板垣総理は潤に用意させていた資料をテーブルの上に乗せた。
「藍大君、これを見てほしい。これが私の話の根拠だよ」
藍大はその資料を手に取ってすぐに目を通した。
資料には国外に出ようとする冒険者を引き留めた事例やその集計等が記されていた。
藍大が資料を読んでいて気になったのは日本のDMUが勧誘した留学生の国のDMUにそんな事実があるのかと質問した結果について書かれた部分だった。
どの国もそんな事実は存在しないと回答しており、留学生を嘘つき呼ばわりしていた。
つまり、日本の冒険者の勧誘に失敗した留学生を切り捨てたのである。
「これに引っかかる日本の冒険者も酷いですが、留学生を切り捨てる国も酷いものですね」
「まったくだよ。勧誘を行った国には厳重に抗議しておいた。留学生を切り捨てれば良いと思ってることにムカついたから、そんな軽率なことをする学生冒険者を派遣するとはどういうことだってね。今回は穏便に済ますが次は国際的に晒すって言っといた」
「ここに乗ってる国々に貸しができた訳ですか」
「そうなる。無論、狙って作った貸しではないがな。それはそれとして、留学生の口車に乗った日本の冒険者が厄介だ。これらの冒険者はいずれも国内トップクランのアンチだったり、目立ちたがりの英雄願望持ちだった」
「”楽園の守り人”が日本国民全員から愛されるとは思ってませんし、他のトップクランもそうでしょう。無名の冒険者でも二次覚醒してるから勧誘されたってことですから、覚醒の丸薬を販売しない方が良かったですかね?」
「いや、それは違う。日本の冒険者の死亡者数がガクッと減ったのは覚醒の丸薬が流通してからだ。藍大君達の行いは褒められこそすれど咎められるものではない」
ここまで話を静かに聞いていたが、ブラドが欠伸をしてから口を挟んだ。
「背景の説明はもう良いのだ。吾輩達にその話をした理由はなんであるか? 吾輩、そろそろ飽きて来たぞ」
(確かにそうだけどブラドはマジでストレートに言うなぁ)
藍大もそう思っていたけれど、ブラドと比べればそこまでその気持ちは強くない。
ブラドの発言を受けて板垣総理はすまないと言って話を続けた。
「藍大君達を今日呼んだのは、覚醒の丸薬を国外に売る手伝いをしてほしいからだ。南北戦争に関わらない中立国に試験的に売るつもりなのだが、協力してもらえないか?」
板垣総理の用件とは、”楽園の守り人”がひたすら覚醒の丸薬作りのために動くことを強いるものだった。
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