第334話 オラワクワクすっぞ!
時間は少し遡ってお昼過ぎ、大分県の福沢諭吉旧居近くにある中津ダンジョンに”迷宮の狩り人”のメンバーは来ていた。
そこには先乗りしていた”グリーンバレー”の緑谷麗華が待っていた。
「笛吹さん、丸山君、山上君、こっちよ」
「「「緑谷さん、こんにちは」」」
麗華がここに来ていた理由の1つは、成美達に中津ダンジョンの攻略を引き継ぐためである。
今日ここに来るまでは電話やSNSでやり取りしていたが、成美達が中津ダンジョンに入る前に一度顔を合わせておきたかったのだ。
「こんにちは。こっちのおとなしそうなのが麗奈の彼氏なのよね?」
「はい。妹さんとお付き合いさせていただいてます。山上晃と申します」
「硬っ! もうちょっとラフでも良いのよ? でも、ふぅん、君が麗奈の好みなんだ・・・」
出会って早々麗華は晃に話しかけた。
麗奈が結婚を前提に晃と付き合うことになった際、仲は良くないが一応姉にもという気持ちで晃と付き合うことになったとサラッと伝えたのだ。
麗奈は麗華に異論も質問も受け付けないと一方的に言って電話で言ったこともあり、麗華にとって”迷宮の狩り人”が中津ダンジョンの探索に来るチャンスを逃す訳にはいかなかった。
晃を見に来ることが麗華の今ここにいる2つ目の理由だった訳である。
麗華にじろじろと見られているのは気になったが、晃も麗華の顔を見て麗奈と似ているなとぼんやりそんな感想を抱いていた。
「うん、君ならなんとなくだけど大丈夫そうね。お酒は強いの?」
「麗奈さんと飲む時は僕が麗奈さんを介抱するぐらいには強いです」
「・・・いつも妹がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ麗奈さんにはよくしてもらってます。冒険者の先輩としてちょくちょく相談にも乗って下さいますし、酔っぱらった麗奈さんも可愛いから全然問題ありません」
麗奈の酒癖が悪いと知っているため、麗華は晃に並々ならぬ迷惑をかけているだろうと悟って頭を下げた。
それと同時に心の中で麗奈に絶対に晃を逃すんじゃないぞとエールを送った。
麗奈の容姿は整っているが、DMUの隊員時代の飲み会でやらかした時についた二つ名が予想以上に広まっていたため男性から距離を取られていた。
そんな麗奈を好きになってくれた晃を逃してしまえば、おそらく麗奈と付き合える者がいないだろう。
晃の素性について麗華は今日会うまでにがっつり調べていたが、今日会って話をしてみて晃ならば麗奈を安心して任せられると判断した。
だからこそ、麗華は麗奈に心の中でエールを送ったのだ。
「おっと、プライベートな話はここまでにしておきましょうか。今日から”迷宮の狩り人”の3人に挑んでもらうダンジョンについて、最終確認を始めましょう」
麗華は頭を切り替えてキリッとした表情になると、中津ダンジョンに挑むにあたっての注意事項を伝えた。
成美達はわからない所を遠慮なく質問し、麗華からできるだけ多くの情報をかき集めた。
麗華は伝えるべき情報を全て伝えて帰る前、晃を手招きして近くに呼んだ。
「晃君、麗奈のことで相談したいことがあったら私に連絡してね」
「麗華さん、ありがとうございます」
「お義姉さんって呼んでもらっても構わないわ。じゃあね」
晃と連絡先を交換すると、麗華は次の用事があるので中津ダンジョンから車で去って行った。
「晃ってば良いな~。あんな美人と連絡先を交換できるなんて」
「僕は麗奈さん一筋だから。というか、麗華さんは人妻だよ?」
「人妻でも美人なら連絡先を交換したいと思う俺は穢れてるだろうか?」
「アンデッドハーレムを築くって言ってる時点で十分業が深いから、今更なんじゃないかと思う」
「ほら、くだらないこと喋ってないで行くわよー」
「ほ~い」
「わかった」
成美に声をかけられたため、マルオも晃も彼女の後ろから中津ダンジョンへと入った。
中津ダンジョンは九州において不人気なダンジョンである。
何が不人気の理由なのかと訊かれれば、それは出て来るモンスターとその内装が問題だ。
「うわぁ、本当に墓地なのね」
「確かに僕達向きだよ」
「オラワクワクすっぞ!」
「楽しそうで何よりだわ」
「だね」
中津ダンジョンはアンデッド型モンスターしか出て来ないことが有名であり、アンデッド型モンスターは倒しても成果物が他のモンスターと比べて少ない。
それゆえ、死霊術士であるマルオ以外にとっては探索するメリットよりもコストが勝り、探索が後回しにされていたのだ。
”迷宮の狩り人”にダンジョンの探索依頼が出たのだって、マルオが死霊術士だからに他ならない。
肝心のマルオは新たな従魔が見つかるかもしれないので、ダンジョンに入ってから彼のテンションが急上昇している。
マルオは早速ローラとテトラ、フェルミラを召喚した。
マルオが彼女達を今まで召喚しなかったのは、公共交通機関や店の利用時に従魔がいると不便だからだ。
月見商店街ならば従魔がいても何も問題ないが、月見商店街の受け入れ基準とその他の場所の受け入れ基準は全く異なる。
日本は東洋の魔王のお膝元と同じ基準じゃないのは仕方のないことと言えよう。
それはさておき、マルオがテトラを<
ゾンビとその派生種の集団であり、死体の腐った臭いが成美達の眉間に皺を寄せさせた。
「ここで笛吹きたくない。呼吸するのしんどいわ」
「マルオ、出番だよ。こういう時こそアンデッド愛が試されるんだ」
「ちょっと待て! 俺だってテイムするアンデッドは選ぶぞ!?」
相手をしたくないから自分に押し付けようという気持ちが前面に出ている2人に対し、マルオは異議を申し立てた。
マルオだって雌ならどんなアンデッド型モンスターでもテイムするという訳ではないのだ。
「フェルミラ、頼む」
マルオに頼まれたフェルミラは<
臭いゾンビに接近して戦えとローラに命じるのは酷だから、遠距離から攻撃できるフェルミラの出番だった。
ゾンビとその派生種は生き物に反応しているらしく、次々と現れてもテトラを装備しているマルオを無視して成美と晃の方へと寄っていく。
「マルオ、敵がこっち来てる!
「数が多い。一旦爆破する」
晃は自分達に寄って来るゾンビとその派生種が多いから、トランプから爆弾を取り出して投げつける。
ゾンビ達の体は脆く、爆弾が豪快な音と共に爆散した。
魔石だけトングで回収すると、成美達は酷い臭いがする場所から離れた。
その後も行く先々にゾンビ達が現れ、一通り倒し終えたところでローラが口を開いた。
「マスター、何かが私達の後を尾行してる」
「マジ?」
「マジ。ほら、あそこ」
ローラが指差した方向から大剣と化した包丁を握るゾンビがゆっくりと自分達に向かって近づいて来るのが見えた。
そのゾンビは解体も請け負う肉屋がバイオレンスなゾンビになったと説明されたら頷ける見た目だった。
マルオは素早くアンデッド図鑑を取り出し、敵の正体について調べ始めた。
-----------------------------------------
名前:なし 種族:ゾンビイーター
性別:雄 Lv:60
-----------------------------------------
HP:1,200(+500)/1,200(+500)
MP:1,500(+500)/1,500(+500)
STR:1,700(+500)
VIT:1,200(+500)
DEX:800(+500)
AGI:500(+500)
INT:0
LUK:700(+500)
-----------------------------------------
称号:掃除屋
同族喰らい
アビリティ:<
<
装備:肉切り包丁
備考:腹八分
-----------------------------------------
「嘘だろ!? こいつ俺達が捨ててったゾンビを喰ってパワーアップしてる!」
「そんなゾンビがいるの!?」
「いる! ゾンビイーターLv60! ただし、食事効果で出会った当初のポーラ並みに強くなってる!」
「出し惜しみなしよ! 演奏するから速攻で片付けるわよ!」
「「了解!」」
成美が臭いを我慢して演奏したことにより、マルオと晃の能力値が一時的に向上する。
「ヴォォォォォッ!」
「テトラ、アシストよろしく!」
マルオは自分が装備しているテトラに動いてもらい、駆け寄って来たゾンビイーターの前に立って
「ローラ、今のうちにやれ! フェルミラはローラが敵を吹き飛ばしたら追撃!」
「アハッ、斬り刻んであげる!」
マルオに気を取られているゾンビイーターの側面から、ローラが容赦なく両手にそれぞれ持った剣で<
ローラの攻撃で手痛いダメージを受けると同時に横に吹き飛ばされた後、フェルミラが暗黒の槍を飛ばしてゾンビイーターの眉間を貫通させる。
「駄目押しだよ」
晃も上昇したSTRを利用して爆弾を投げつけ、ゾンビイーターにぶつかった爆弾が派手に爆発して戦闘が終わった。
「晃の馬鹿! 臭いわよ!」
「晃、選ぶ爆弾ミスったろ・・・」
「ごめん、確実に倒したかったから」
「「うっ」」
晃が所有する爆弾は威力を3段階に分けてある。
一番強い威力の爆弾をチョイスしたせいで、ゾンビイーターの体が爆散して腐敗臭があちこちからするようになった。
これには成美とマルオも晃に抗議するが、晃の言い分も頷けるので何も言えなくなった。
結果的にオーバーキルだった訳だが、成美達は今の自分達なら”ダンジョンマスター”並みの敵が出現しても十分やれると知って自信を付けた。
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