第333話 息子をストレス性胃炎で苦しめたいんだな? そうなんだな?

 藍大達が富士山ダンジョンに向かった日の午後、茂はDMU本部の自分の仕事部屋で藍大の電話を受けていた。


「もう2階までクリアしたのかよ」


『おう。リルがお腹空いたって言ったから今日の探索は切り上げたけどな』


「今日の昼飯はなんだったんだ?」


『トライコーンのメンチカツだ』


「また美味そうな物を・・・」


『食べ尽くされたから現物はないが、写真だけなら送れるぞ?』


「送って来たらその写真を千春に見せるぞ?」


『その後レア食材置いてけと化した千春さんがシャングリラに来るんですね、わかります』


 DMU職人班の調理チームで扱う食材では物足りないらしく、千春のレア食材への渇望は強まるばかりだ。


 休みに茂と一緒に藍大の家を訪問して料理を作る機会を設けなければ、千春は自分だけでもシャングリラに足を運んでしまう勢いである。


 レア食材を扱っている時の千春はとても良い笑顔であり、楽しそうな千春を見るのは茂にとっても目の保養になるので今週末もシャングリラに行きたいところだ。


「千春のことはさておき、藍大達の探索ペースは相変わらず速いよな」


『1階のループマップがエグいんだよ。ありゃリルがいなきゃ俺達も迷った』


「ループマップなぁ・・・。日本にも存在するとは面倒な話だ」


『伊邪那美様に言われて俺達が潰すから、どうせ近い内なくなるぞ』


「それはそれでちょっと待ってくれと言いたい気もするが、大義の前では我慢せざるを得ないか」


 三次覚醒した鑑定士の茂としては、ループマップなんて貴重な研究テーマをちらつかされれば気にならないはずがない。


 しかし、日本全国でスタンピードが起きない状態を維持できるようになるならば、自分の興味で望むべき状態になるのを延期させる訳にはいかないだろう。


『ところで、神棚と神鏡の素材は届いたか?』


「ああ。ばっちりだ。職人班が藍大からの依頼と聞いて狂喜乱舞してたぞ。使える素材も滅多に手に入らないから余程嬉しかったらしい」


『ハハハ。完成度の高い神棚と神鏡を期待できそうだ』


「それは期待しててくれ。多分数日の内に届けられるはずだ」


『助かる。それじゃまたな』


「おう」


 電話での報告会は終わり、茂は藍大との通話を切った。


 今聞いた内容を報告書にまとめていると、茂の部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「峰岸だ。入るぞ」


 峰岸と名乗った者は、入って良いか訊ねるのではなく入ると宣言して茂の部屋のドアを開けた。


 その人物が部屋の中に足を踏み入れた時には、茂も報告書のデータを保存して画面を閉じてある機械のスイッチを入れた。


「峰岸経理部長。勝手に室内に入るのは止めていただけませんか?」


「ノックして入ると宣言しただろう。まさか、疚しいことをしていたとでも?」


 外見を重視して歳の割に引き締まった体のロマンスグレーが不敵な笑みを浮かべる。


 この男こそがDMUの老害四天王最後の1人である峰岸経理部長である。


 経理部が全部署の経費精算を任されていることもあり、そのトップである自分がDMUの活動に相応しくないと判断した者には経費申請を通さないと宣言している。


 そんな峰岸にとって、本部長直下で活動内容も秘匿事項の多い”楽園の守り人”係の存在は不愉快なのだ。


 自分が知らないことがあることを許せないと言う感じなのだろう。


「疚しいことをしているのなら、本部長がこの係をとっくに潰してるでしょうね。そうでない訳ですから、疚しくないと言うことになりませんか?」


「フン、ああ言えばこう言うな。この若造が」


「その若造が貴方をモンスターに成り代わられていないと証明したことも忘れてませんか?」


「くっ、本当に不愉快な若造だな。本部長の七光りが」


「事実を突き付けられただけで言い返せなくなり、やっと捻り出せた言葉がそれとは大したものですね。それで、今日はどんな用件ですか?」


「どうもこうもあるか! 貴様の経費申請は無駄遣いが過ぎる! こんなものを許容できるか!」


 峰岸はそう言って茂が申請した経費精算のデータを印刷した書類を取り出し、それを茂のデスクの上に叩きつけた。


 茂の申請する経費は交通費と会議費が主だ。


 交通費はシャングリラへの移動に使うものであり、会議費は毎回手ぶらでシャングリラに行く訳にはいかないから時々買っていくお菓子である。


「無駄遣いをしているつもりはありませんね。一体どこが問題なんですか?」


「会議費は百歩譲るとして交通費! 貴様、何故タクシーばかり使う!?」


「急ぎじゃなければタクシーは使っていません。そちらの資料にもある通り、電車で移動している時もあるでしょう?」


「タクシーを使う頻度が多過ぎるのだ! タクシーの利用頻度が部長格と同等だぞ!? 偶には”楽園の守り人”をこちらに来させるなりして経費削減に協力しろ!」


 峰岸が唾の飛ぶ勢いで言うものだから、茂は不快だったもののどうにかそれが顔に出ないように我慢して冷静に言い返す。


「峰岸経理部長、貴方は日本で唯一のSランクパーティーにDMUの経費削減のために足を運ばせろとそう言うんですね?」


「当たり前だ! 冒険者がこの国のために動くのは当然の義務だ! 何故こちらがヘコヘコせねばならないのだ!」


「わかりました。では、今の会話は全て録音してましたので、それを逢魔さんに聞いてもらいましょう。DMUとの関係が悪化した場合、その責任は貴方にあります。日本経済にも少なくない影響が出ますけど構いませんよね?」


 茂が隠し持っていたボイスレコーダーを見せると、峰岸の顔が真っ赤になった。


「そ、それは幼馴染の貴様がどうにかするべき問題だ! 私にその責任を押し付けるな! そんなことよりそれを寄越せ! 寄越さないなら実力行使も厭わんぞ!」


 茂は短く息を吐くと、デスクの上に置いてあるボタンを押した。


 その直後に緊急事態を告げるアラートが鳴り響く。


「な、何をした貴様!?」


「これは本部長室にもあるボタンですね。すぐにこの音を聞きつけて本部に待機している隊員がこっちに来るでしょう。力づくで奪い取ったとして、彼等から逃げ切れると思いますか?」


「クソッ!」


 峰岸は自分が窮地に立たされたと知り、茂の部屋から逃げ出そうとドアを開けた。


 しかし、そこには既に本部に待機する隊員が2人おり、丁度茂の部屋のドアを開けようとしていたところだった。


「退け!」


「捕まえて下さい!」


「「了解です!」」


 隊員達は峰岸の抵抗を気にも留めずにあっさりと拘束した。


「お疲れ様です。おかげで助かりました」


「いえいえ。芹江さんが無事じゃないとこちらも困りますので。この後はどうしましょうか?」


「本部長室に連れて行きます。この人を連行してもらえますか」


「「はい、喜んで!」」


 隊員達は峰岸がやらかしたと知って喜んでいた。


 ダンジョンに挑む隊員達も、峰岸に何度か申請を差し戻されて憤慨することも少なくなかったからだ。


 経費削減を大義名分として、隊員達の申請に辛口判断をしていた峰岸は隊員達からの人望がなかったのである。


 その後、茂は隊員達と観念して萎れている峰岸を連れて本部長室に向かった。


 本部長は茂の録音した会話のやり取りと隊員達の証言を受け、峰岸を閑職に異動させると決断した。


 その閑職に就いた峰岸がほとぼりの冷めた頃に辞職することは決定路線であり、これにてDMUの老害四天王は終わりを迎えることになった。


 沙汰が決まって峰岸が隊員達に部屋から連れ出されると、本部長室の中には茂と潤だけになった。


「いやぁ、やっと老害四天王を滅ぼすことができたね」


「今回は外部に被害が出る前に事が済んで良かった」


「あのボタン、茂の部屋に設置しといて良かっただろ?」


「まあな。本来の用途は不審者に対するセキュリティだと思うが役に立ったよ」


「さて、最後の四天王を排除した後始末をしなきゃね。後任を誰にしたものか」


「候補者はいないのか?」


 老害四天王がいなくなったことにホッとしているはずなのに、潤が困った表情をしているので茂は訊ねた。


「いやね、経理部長って恨みを買いやすいんだ。峰岸元経理部長は必要以上に買ってたけどね。そんなポジションに就きたいって人はいないんじゃないかなって」


「なるほど。その辺の人事は俺には関係ないから勝手にやってくれ」


「じゃあ茂に”楽園の守り人”係と兼任してもらおうかな?」


「息子をストレス性胃炎で苦しめたいんだな? そうなんだな?」


「ごめんごめん、冗談だよ。お疲れ様。仕事に戻って良いよ」


「そうさせてもらう」


 茂は潤がとんでもないことを言ったので、据わった目つきで言い返した。


 これには潤も冗談が過ぎたと瞬時に察して謝った。


 何はともあれ、DMUは今度こそ外部に迷惑をかけることなく最後の老害四天王を掃除することに成功したのだった。

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