第328話 伊邪那美様、お餅あるの!?

 藍大が首を傾げると、伊邪那美は頼み事の詳細について話し始めた。


「藍大にお願いしたいことが2つあるのじゃ。この2つの頼み事が履行されれば、妾の力で日本国内のダンジョンでスタンピードを抑え込むことができようぞ」


「何それすごい。神かよって神だったわ」


「そうじゃろ? 妾の力を取り戻すための頼み事なのじゃ。妾に力が戻ったのなら、藍大も国内のスタンピードに駆り出されることもないのじゃ」


「それはありがたい。何をすれば良いんだ?」


 藍大は優月が生まれてサクラが妊娠中の今、スタンピードが起きた際にDMUから鎮圧要請を出されるのは勘弁してほしかった。


 実力的には何も問題ないのだが、スタンピードは現地に出向いてから帰宅できるようになるまで時間がかかる。


 家族の時間を長く取りたい藍大にとって、スタンピードは起きないに越したことがないのである。


 これはあくまで個人的な理由であり、日本がピンチになるのを阻止できるなら阻止したいと考えている。


 スタンピードマジックだなんだと騒ぐ者がいるかもしれないが、そのために犠牲になる人がいて良いはずないだろう。


 そう考えるのは当然であり、藍大は伊邪那美に何をすれば良いか訊ねた。


「1つ目のお願いはシャングリラ102号室に妾を祀る神棚を作ることじゃ」


「伊邪那美様用の神棚を作れば良いんだな。どんな素材で作ってほしいってリクエストはあるのか?」


「神鏡はヒヒイロカネで作ってほしいのじゃ。それだけで普通の神棚に比べて当社比1.5倍の速度で妾の力が回復される」


「当社比ってどこと比べてんだよ? つーか神様って会社じゃねえだろうに」


 藍大が伊邪那美にジト目を向けると、伊邪那美は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「長い間妾はぼっちだったからボケを拾ってもらえるのは嬉しいのじゃ」


「・・・これからはできる限り拾えるように努力するけど、ボケ倒さないでくれよ?」


「知ってるのじゃ! これがツンデレってやつなのじゃ!」


「おいこら駄女神。おとなしくしろ」


 伊邪那美に寂しい思いをさせるのはいかがなものかと思って気を遣ってみたら、思いの外伊邪那美のノリがウザかったので藍大はイラっとした。


『ご主人、僕をモフって落ち着いて。これが伊邪那美様のペースだよ』


「すまん。ありがとな、リル」


 藍大はリルに感謝してモフり、苛立った気持ちを落ち着かせた。


「落ち着いたかのう?」


「リルのおかげでな。俺の反応で楽しむんじゃねえよ。それで、神棚自体は木製ならなんでも良いのか?」


「バトルトレントで作ってくれると嬉しいのじゃ。あれが藍大の手持ちで上質かつ加工可能な木材じゃろ?」


「そうだな。ユグドラシルはどれも調理器具だから神棚の素材には使えない。バトルトレントが手持ちでは最上質だ」


「では、それで頼むのじゃ」


「わかった。DMUの職人班に作ってもらっても構わないよな?」


 今更になってではあるが、藍大は神棚を自作しなければ認められないなんてことがないか不安になって訊ねた。


「問題ないぞよ。じゃろう?」


「そう言ってもらえて助かった」


『伊邪那美様、お餅あるの!?』


「・・・”風聖獣”は愛らしいのう」


 伊邪那美は餅という言葉に反応するリルを見て微笑んだ。


「だろ? 俺の自慢の従魔だ」


「クゥ~ン♪」


 藍大に自慢の従魔と言われながら頭を撫でられたため、この場に餅がなくともリルは嬉しそうに鳴いた。


「あっ、そうだ。神棚に供える物は何が良いんだ? お供え物で回復速度が変わるなら知っておきたい」


「それなら藍大の手作りの料理をお裾分けしてくれれば良いぞ。お供え物こそ真心の込められた物であった方が回復速度が上がるのじゃ」


『わかった! 伊邪那美様はご主人の料理を食べてみたいんでしょ?』


「そうじゃなぁ。”風聖獣”がそこまで気に入った料理を食べたくないと言えば嘘になるのう」


 (伊邪那美様がリルのペースに流されてる。リルすげえ・・・)


 リルが伊邪那美の言いたいことを理解したと言わんばかりに口を挟むと、伊邪那美は優しい目をしてリルの頭を撫でた。


 神すら自分のペースに巻き込んでしまうリルが一番すごいのかもしれない。


 そう思っても仕方のないことである。


 しかし、このままリルのペースのまま話していると話が脱線してしまうと判断し、藍大は伊邪那美に声をかける。


「伊邪那美様、1つ目の頼み事については了解した。2つ目の頼み事ってのはなんだ? 俺に神楽を奉納するのは無理があるぞ?」


「藍大の神楽は見てみたい気もするが、2つ目の頼み事はそれではないぞよ。次の頼み事は富士山ダンジョンを潰してもらうことじゃ。潰してくれさえすれば、”ダンジョンマスター”をテイムして連れ出してもらっても構わんぞよ」


「あそこかぁ・・・」


 富士山ダンジョンとは富士山五合目に出現したダンジョンのことだ。


 おそらく1フロア当たりの面積が最も広いのは富士山ダンジョンである。


 そう判定される理由としては、富士山ダンジョンが発見されてから一度もボスモンスターと遭遇した冒険者がいないからだ。


 藍大が面倒臭そうに反応したのもそれが原因だった。


「富士山ダンジョンは妾の力を取り戻す妨げになっておるのでな、なんとかしてこの国から排除してほしいのじゃ」


「2つの願いを叶えれば、伊邪那美様が日本のダンジョンでスタンピードが起こらないようにしてくれるんだな?」


「その通りじゃ。神棚だけでもできないことはないのじゃが、時間がかかってしまうのじゃ」


「それってどれぐらいかかるんだ?」


 伊邪那美の答えを聞かずとも両方の頼み事に着手するつもりではあるが、参考がてら藍大は神棚の方の頼み事をやり遂げた場合について質問してみた。


「短くとも50年はかかるのじゃ」


「俺が爺さんになってるじゃんか。そんなに待てないな」


「そうであろう? 妾的には50年ぐらい問題ないのじゃが、藍大達はそうもいかないであろう?」


「まったくだ。50年後には孫とのんびり遊んでいたい」


「藍大よ、其方の年齢でその考えはちと年寄り臭いぞよ」


 藍大の反応が想像以上に実年齢に不釣り合いなものだったので伊邪那美は苦笑した。


「俺の考え方は置いとくとして、伊邪那美様は富士山ダンジョンについて何か掴んでる情報はあるか?」


「そうじゃのう・・・、富士山ダンジョンから感じる力から察するに、”ダンジョンマスター”はルシファーやラードーン並みだと思うのじゃ」


「富士山ダンジョン最強がそれぐらいならば、楽勝とはいかなくてもやってやれないこともなさそうだ」


「他の冒険者パーティーが聞いたら誰もが首を横に振るぞよ。まあ、藍大達にできない頼みは妾とてしないので案ずるでないぞ」


 伊邪那美は藍大に不安を抱かせぬように補足した。


 彼女にとって藍大は自身と話ができる貴重なであるから、藍大を死に追いやるような不可能な頼み事なんてしない。


 今までずっと見守って来たので、今の藍大達ならばきっとできると判断して頼んだのだ。


 伊邪那美はそれを勘違いさせたくなくて念押しした訳である。


「わかった。起きたら神棚の発注依頼をかけて富士山ダンジョンに挑んでみる。ここで伊邪那美とした話って現実世界で起きても覚えていられるのか? それと、舞達に話しても大丈夫か?」


「起きても覚えていられるはずじゃ。話しても構わんが、むやみやたらに話さぬ方が良いと思うぞよ。藍大の気が触れたと思われてしまうのでな」


「あぁ・・・、なるほど。話すのは家族と茂だけに留めとくわ」


「それが良かろう。鑑定士の幼馴染ならば、藍大の家族以外に話しても問題あるまい。富士山ダンジョンを潰してしまえば、鑑定士に藍大の称号を証明してもらって言うのもありじゃが、間違いなく面倒事になるぞよ」


「それな。しょうがない。伊邪那美様のことは適当に誤魔化して富士山ダンジョンを潰したら日本でスタンピードが起きなくなったって伝えとく」


 話がまとまった頃には藍大とリルの目覚めの時間に近づいて来たらしい。


 藍大の中で起きねばという気持ちが自然と強まる。


「妾の声はテレパシーで藍大に伝えられる。安心して目覚めるのじゃ」


「そうする。それじゃ、またな」


『またね~』


「うむ」


 そのやり取りを最後に藍大とリルの意識が精神世界から現実世界へと浮上した。

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