第28章 大家さん、声の主と邂逅する

第327話 順応性を高めよ。あるがままを受け入れるのじゃ

 時は流れて10月1日木曜日の未明、藍大はリルと共に真っ白な空間にいた。


「あれ、ここはどこだ? うちのベッドで寝てたはずじゃ・・・」


『ご主人と一緒に寝てたはずなのにね~』


 日付が変わる前、リルが甘えたい気分で藍大のベッドに潜り込んでいたのを藍大は知らなかった。


「そうだったっけ?」


『うん。なんとなくご主人と一緒に寝たくてベッドにお邪魔したの』


「愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルを愛らしく思ってその頭を優しく撫でた。


 (触った感触がある。夢にしてはリアルだが・・・)


 そう考えていた時、リルがピクッと反応して警戒態勢を取った。


『ご主人、何か来る!』


 次の瞬間、藍大とリルの目の前には巫女服を着た女子高生が現れた。


 その女子高生の顔に見覚えがあった藍大は驚きを隠せなかった。


「えっ、母さん? つーかなんで若返ってるの?」


「妾は其方の母ではないぞよ。其方の母親の学生時代の姿を借りてるだけじゃ」


「んん? どゆこと?」


 藍大とリルの前に現れたのは若い頃の藍大の母親の姿をしている何者からしい。


 もっとも、藍大の母親が藍大を揶揄おうと他人の振りをしているという可能性もあるが。


『妾の名は伊邪那美。”風聖獣”を通じてこの空間に其方を呼び出したのは妾じゃ。とはいえ、見知らぬ者が急に目の前に現れては警戒されるであろう? それゆえ、素質のあった其方の母の姿を借りたのじゃ』


「待って。ちょっと待って。お願いだから待って」


 いきなりとんでもない情報がホイホイ出て来るものだから、藍大は手を前に出して待ってくれと頼んだ。


 確かにすぐに受け入れるには色々と無理があるので、3回も待ってと繰り返すのも仕方のないことだろう。


「順応性を高めよ。あるがままを受け入れるのじゃ」


「そのネタを知ってるなんてマジで伊邪那美か? ビッグネームの神様がアニメを見るとは思えないんだが」


「逆じゃよ。神だから知ってるとも考えられるであろ?」


「それはまあ否定できないけど。OK、わかった。ひとまず伊邪那美だと認めるとして、なんで母さんの姿なんだ?」


「其方の母が由緒正しき巫女の血族だからじゃ。其方の父と出会って駆け落ちしたから母方の祖父母と其方があったことはないであろ?」


「・・・駆け落ちしたってのは聞いたことがあったけど、巫女の血族ってなんだよ」


 伊邪那美(仮)の言い分はまるっきり的外れではなかった。


 藍大の父方の祖父母は藍大が幼稚園に通い始めた頃には亡くなっており、幼稚園の友達には祖父母がいるのになんで自分にはいないのかと気になったことがあった。


 その時は藍大に難しい話がわからないだろうと彼の両親が誤魔化したが、中学生になった藍大が母親の両親に会ったことがないのは何故かと訊けば、藍大の父と駆け落ちしたからだと答えたのだ。


 とはいえ、母親が駆け落ちして両親と絶縁状態にあることはわかってもどんな家で生まれ育ったのかは知らなかった。


 ここに来て母親の家族について知ることになり、藍大は反応に困った。


「順応性を高めよ。あるがままを受け入れるのじゃ」


「そのネタ被せなくて良いから。というか、母さんが巫女の家系ってことは俺にもその血が流れてる訳だよな?」


「その通りじゃ。だからこそ、其方には妾の声が届いて他の者にはないアドバンテージを得られるようになったんじゃぞ」


「・・・声ってまさか?」


 藍大が真実に辿り着いたのだろうと判断し、伊邪那美(仮)は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


『おめでとうございます。逢魔藍大が声の正体を伊邪那美と認識できたことにより、逢魔藍大は称号”伊邪那美の神子”を獲得しました』


「どこかで聞いたことのある声だと思ったら同じ声じゃん。システムメッセージは貴女の仕業だったんだな」


「その通りじゃ」


 システムメッセージを操って自分が伊邪那美であることを証明されれば、藍大も疑う気は完全になくなった。


 何故なら、システムメッセージはこれまで一度も間違ったことがないのだから。


 システムメッセージで知った内容は茂に何度も鑑定してもらっているので、それが伝える事実に嘘の情報はないと判断できるのだ。


 無論、伊邪那美がシステムメッセージの内容を自由に操作できる可能性もあるけれど、そこまで疑っていたら話が先に進まないので藍大は相手が伊邪那美であることを信じることにした。


「伊邪那美様、”伊邪那美の神子”の効果を教えてくれないか?」


「なんじゃ急に様付けしおって」


「いや、今までは伊邪那美(仮)ぐらいに思ってたんだ。でも、本物だとわかれば様付けぐらいするさ」


「ふむ。敬われるのは良い気分じゃな。あぁ、敬語は要らぬぞ。妾の声が届く者によそよそしくされるのは寂しいのでな」


「伊邪那美様はこの空間にずっと1柱なのか?」


「そうじゃよ。かつては色んな神がおったのじゃが、日本人が困った時だけ神に祈るようになり、外国の文化を取り入れてからは神々の力が弱まる一方じゃった。1柱、また1柱と消えていき、妾がこの国最後の神になってしまったのじゃ。藍大に妾の声が届いたのは僥倖だったのう」


 若い頃の姿とはいえ、自分の母親の姿で寂しそうにされるのは心がざわついたから藍大は伊邪那美に近寄って優しく抱きしめた。


「よしよし、もう寂しくないからな」


「其方、妾を子供扱いするでないぞ。妾は神じゃぞ? ん?」


「あっ、ごめん。学生時代の母さんの見た目だからつい年下な気がして」


「・・・まあ良い。妾が人との関わりに飢えてたのも事実じゃしな。もちっと強く抱き締めてほしいのじゃ」


「甘えん坊かよ」


 神としてそれで良いのかと思わなくもなかったが、ずっと独りなのは悲しいことだと思って藍大は伊邪那美のリクエストに応えた。


『ご主人~、僕にも構ってよ~』


「ごめんな。良い子にしてたもんな。よしよし」


 これまでおとなしく藍大の隣で待機していたリルだったけれど、藍大が舞達にするように伊邪那美にハグするのを見て自分もハグしてほしいとリクエストした。


 藍大もリルを放置していたことに気づき、お詫びの意味も込めてそのリクエストに応じた。


 それから仕切り直し、藍大は改めて伊邪那美に訊ねた。


「伊邪那美様、改めて訊くけど”伊邪那美の神子”の効果って何?」


「説明が遅れてすまんかったのう。その称号の効果は妾とテレパシーで話せること、藍大が得意とする生産技能の1つが向上することじゃな。つまり、藍大の料理がワンランク上になるのじゃ」


『ご主人の料理がもっと美味しくなるの!? やった~!』


「”風聖獣”はご機嫌じゃな。そんなに嬉しいのかえ?」


『勿論だよ! ご主人の料理が更に美味しくなるんでしょ? これを喜ばずに何を喜ぶの?』


「これほどまでに澄んだ瞳で美味しい料理を求めるとは、藍大の料理が本当に好きなんじゃなぁ」


『そうだよ! 僕、ご主人の料理大好き!』


「・・・現実世界に戻ったら美味い料理作ってやるからな」


『ありがと~!』


 リルに自分の料理が好きと言われ、藍大は元の世界に戻ったら美味しい料理をリルに作ってやろうと決めた。


 リルは嬉しそうに藍大に頬擦りしている。


 藍大はそんなリルを撫でてから、まだ残っていた疑問を解決するために伊邪那美に質問を続けた。


「伊邪那美様、称号のことは感謝する。ところで、リルを通じて俺をこの空間に呼び出したって最初に言ってたよな? あれはどういうことなんだ?」


「藍大は聖獣を冠する称号の持ち主が4体従えておるじゃろう? そのいずれかが藍大と一緒に眠る時を待っておったのじゃ。弱体化した妾の力だけでは藍大をここに呼び出せぬから、聖獣の力を借りて藍大を呼び出したのじゃ。”風聖獣”が偶然藍大のベッドに潜り込んだおかげで、妾はようやく藍大をここに呼び出せたのじゃ」


「リル達にはそんな力があったのか」


『ドヤァ』


「よしよし。伊邪那美様、今更だけどここは何処なんだ? 今までここは精神世界だと思ってたんだがその認識で合ってる?」


 ドヤ顔で褒めてアピールをするをリルを撫でつつ、藍大は伊邪那美に質問をぶつける。


「藍大の認識であっておる。ここは藍大の精神世界じゃ。現実世界で意識を失っておる時しかここには来れぬ。弱体化した妾の存在を維持するため、妾は藍大の体に取り憑いた。藍大に少しでも役立つ職業技能ジョブスキルを覚醒させようと細工をしたのじゃが、そのせいで他の冒険者よりも覚醒が遅くなったのじゃ。すまんかったのじゃ」


「それはもう良いんだ。従魔士になれたおかげで今の俺があるんだからな。感謝こそすれど恨んだりする訳がない」


「そう言ってもらえると助かるのじゃ。さて、藍大の質問にある程度答えたんじゃし、今度は妾から頼み事をしても良いかのう?」


「頼み事?」


 伊邪那美は藍大を呼び出した目的を果たすために本題に入った。

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