第323話 モフってますが何か?

 司達がシャングリラダンジョン地下8階を突破したと報告を受けた後、藍大は午後から来客の予定があったのでそれを待っていた。


『うっ、来ちゃったか』


 リルが覚悟を決めた表情で何かを察知した直後にインターホンが鳴った。


「逢魔さ~ん、こ~んにちは~!」


 (リルの天敵センサー侮り難し!)


 玄関のドアの向こうから真奈の声が聞こえ、藍大はリルの察知能力の高さを改めて思い知った。


 ドアを開けて真奈を迎え入れると、リルはピッタリと藍大の背後に隠れた。


 残念ながら頭隠して尻隠さずみたいになっているが、そこは触れないのが優しさだろう。


「リル君、こんにちは!」


『・・・こんにちは』


 真奈が天敵だとしても、挨拶をされたら挨拶を返すべきだと思ってリルは言葉を返す。


 リルは礼儀正しいフェンリルだった。


「真奈さん、お茶でも飲みます?」


「大丈夫です! それよりも逢魔さん、早く出かけましょう! 新たなモフモフが私を待ってるんです!」


 (相変わらずブレねえなこの人・・・)


 藍大は今日、真奈にダンジョン探索に付き合ってほしいと頼まれていた。


 そのダンジョンにはお目当ての獣型モンスターがいるらしく、どうせテイムするなら藍大プロの目線でもチェックしてほしいとのことだった。


 誠也にも関東圏のダンジョン探索の統括を手伝ってもらっている手前、藍大もこの話は断れない。


 というよりも、”レッドスター”の戦力増強になって真奈のお目付け役として藍大がいる機会は一石二鳥だから、誠也からも真奈に付き合ってほしいと頼まれている。


 そういった事情から藍大は真奈のダンジョン探索に付き合うことになった。


 本当は藍大と舞、リルが真奈に同行する予定だったのだが、舞が優月と一緒にお昼寝してしまったのでメロを代わりに連れて行くことにした。


 ゴルゴンは録画したドラマに夢中になっており、ゼルは掲示板での情報収集に夢中だから暇を持て余していたメロが同行したいと申し出てくれたのだ。


 藍大達がシャングリラの外に出ると、真奈は決め顔でガルフを呼び出した。


「【召喚サモン:ガルフ】」


 藍大達の目の前にハティに進化したガルフが現れた。


「オン!」


『ガルフ、お疲れ様』


「クゥ~ン」


 リルからの労いの言葉にガルフはわかってくれるのは貴方だけですと鳴いた。


 それだけリルのお疲れ様という言葉には重みがあったのである。


「ガルフの声に哀愁を感じるです」


「きっとモフラーのモフモフで疲れてるんだろ」


「いやぁ、ガルフを見るとついモフりたくなっちゃうんですよね~」


「・・・頑張るですよ、ガルフ」


「ガルフ、仲間が増えればモフられる回数が減るんじゃないか?」


「オン!」


 メロは強く生きろとエールを送り、藍大はガルフに実現可能性が高い対応策を提示した。


 ガルフは藍大の案に希望を抱き、しょんぼりしていた気分を奮い立たせた。


 その手があったと言わんばかりに尻尾をブンブン振るっている。


 それから藍大とメロはリルの背中に乗り、真奈はガルフの背中に乗って目的地のダンジョンへと向かった。


 藍大達が向かった先とは町田ダンジョンである。


 大地震以降、東京都なのに神奈川県だと誤解されるあの町田にダンジョンが発見された。


 しかも、そのダンジョンは東京と神奈川の境界線上にある建物がダンジョン化したというのだから面白い。


 町田ダンジョンは獣型と鳥型、植物型のモンスターが出現することで知られている。


 そこに今日の目当てのモンスターがいる。


 町田ダンジョン前には冒険者達が屯っており、藍大と真奈が一緒にいることでざわついていた。


「おい、なんで東洋の魔王が向付後狼さんと一緒にいるんだ? 不倫か?」


「滅多なこと言うんじゃねえよ馬鹿野郎! ここは町田ダンジョンだぞ? 東洋の魔王が向付後狼さんのテイムの監督をするために決まってんだろ」


「あの、ちょっと良いですか? 魔王様に対して不適切な発言が聞こえて来たので、向こうでゆっくりとお話しを聞かせて下さい」


「信者!?」


 余計なことを言った冒険者1人が魔王様信者らしき冒険者に連行されていった。


 藍大が否定する前に誤解が解かれたのは良いことなのだろうが、自分がいる所に信者が湧いていることに藍大の顔が引き攣るのは仕方のないことだと言える。


「まったく、マスターが不倫する訳がないです。プンプンです」


「当然だろ。メロが信じてくれて嬉しいぞ」


「えへへです~♪」


 自分の代わりに怒ってくれたメロの頭を撫でると、メロは嬉しそうに藍大に甘えた。


 メロが落ち着いた後、藍大達は真奈の案内で町田ダンジョンの3階にやって来た。


 3階の内装は森のようになっており、真奈はこの場所なら呼び出しても問題ないと判断して2体目の従魔を召喚した。


「【召喚サモン:メルメ】」


 藍大達の目の前にメルメと呼ばれる泡塗れの羊が現れた。


 (Lv50のソープシープの雌。バブルシープの進化先か)


 藍大はすぐさまモンスター図鑑でメルメの種族名を調べた。


「真奈さん、無事にバブルシープをテイムして進化させたんですね」


「はい! この子も可愛いでしょ? 綺麗好きでいつも泡を纏ってるんです」


 藍大は真奈からの説明を受け、メルメと目を合わせてみた。


「メ~」


 メルメの鳴き声には別に綺麗好きって訳じゃないというニュアンスが感じられた。


「真奈さん、もしかしてメルメも隙あらばモフってません?」


「モフってますが何か?」


「・・・メルメ、強く生きろよ」


「メェ・・・」


 そんなぁと言わんばかりに鳴くメルメに同情したが、藍大は特に何をするつもりもない。


 こればっかりは主従の問題だからである。


 真奈が虐待しているなら話は別だが、スキンシップが過剰ぐらいなら藍大がどうこう言う話ではないのだ。


 それはさておき、目当てのモンスター探しを始めた。


 最近の真奈の戦闘スタイルからして、ガルフが騎獣兼アタッカーでメルメが支援の役割を担っているから次は盾役タンクが欲しいところだ。


 ここで真奈が目を付けたのはシールドディアーと呼ばれる鹿の見た目のモンスターであり、それが町田ダンジョンの3階に目撃された。


 町田ダンジョンの中でもシールドディアーの数は少ないようで、真奈としては他の冒険者達に狩られる前に見つけたいと考えている。


 ところが、物欲センサーとはこういう時に限って発動してしまう。


 シールドディアーが出て来ないのだ。


 インセクトイーターやハンターイーグル、ウォーエイプは頻繁に現れるものの、狙っているシールドディアーが見つからない。


「ぐぬぬ。これがモフ欲センサーというやつですか」


「そのセンサーは知りませんねぇ」


 真奈の口から初めて聞く単語が出て来たので藍大はリルの方を見た。


 なんとなくだが、天敵センサーを持つリルならば真奈が言っていることを理解できるのではないかと思ったのだ。


『ご主人、シールドディアーは天敵を恐れて隠れてるよ』


「シールドディアーにもそういうセンサーがあるのか?」


『なんかこう、ゾワッとする気配を感じたんだと思う』


 (真奈さん半端ねえな。会う前から警戒されてるじゃん)

 

 シールドディアーの危機回避能力を褒めるべきなのか、それとも真奈の溢れ出るモフ欲に戦慄すべきなのか。


 考えるだけ無駄である。


 手出しせずに同行するだけにしようと考えていたけれど、このまま探索に時間をかけるのもどうかと思って藍大はリルに訊ねてみた。


「リルの力でシールドディアーの場所がわからないか?」


『わかるよ。案内しようか?』


「是非とも頼む」


『は~い』


「真奈さん、行きますよ」


「どこへですか?」


「シールドディアーの所にです。リルに案内してもらいます」


「流石はリル君!」


 シールドディアーが見つからなくてしょんぼりしていた真奈だったが、リルの案内でシールドディアーに辿り着けると聞いてその表情が笑顔になった。


 天敵真奈が元気になって抱き着いて来ようとするのではないかと警戒し、リルは藍大の陰に隠れるのはお約束だ。


 その後、リルの案内でシールドディアーを見つけ出すまで時間はほとんどかからなかった。


「フィヨォォォン!?」


 シールドディアーはどうしてここがわかったんだと慌てていた。


 シールドディアーの見た目は角が大きいだけでそれ以外は普通の鹿である。


 しかし、その角が金属質で硬くて物理的な攻撃を弾くことからシールドを冠する訳だ。


「真奈さん、ここから先は手出ししませんよ」


「わかってます。ガルフ、メルメ、テイムするよ!」


「オン!」


「メェ!」


 ガルフとメルメの返事からは早くシールドディアーも巻き添えにしてやるという思いが滲み出ていた。


 見つけてしまえばこっちのものという感じで、シールドディアーはあっさりと真奈にテイムされた。


 テイムされたシールドディアーは雄だったのでロックと名付けられた。


 ロックは召喚されてすぐに真奈の餌食になり、ガルフとメルメに同情的な視線を向けられたのは言うまでもない。


 とりあえず、探索目的は無事に達成できたので藍大達は町田ダンジョンから脱出して解散した。

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