第320話 なんちゃってオーディンな司に言われたくないわ

 翌日の土曜日、”楽園の守り人”のメンバー全員が朝から101号室に集まっていた。


 その中心にいるのは奈美であり、彼女の目の下には化粧で誤魔化せない隈ができていた。


「やりました! 遂に皆さんの分の覚醒の丸薬Ⅱ型を完成させました!」


「奈美、お疲れ様。今日はゆっくり休もうね」


「おめでとう! 流石はゴッドハンド!」


「よっ、日本一!」


「Sランクなんてレベルじゃねえ! SSランクに上げてくれ!」


 二次覚醒組は奈美に駆け寄って感謝と称賛の言葉をかけた。


 奈美は藍大が持ち帰った覚醒の丸薬を飲み、二次覚醒組の中では一足先に三次覚醒者になった。


 薬士の奈美が三次覚醒して会得した新たな能力とは薬効上昇である。


 覚醒の丸薬や2級以上のポーション等一部の薬品は対象外だが、3級以下のポーションや睡眠薬、爆薬等の薬効が上昇する。


 例えば、三次覚醒した奈美が5級ポーションを調合した場合、その際の回復量は5級のそれを上回る。


 5級ポーションの素材で作った5級ポーションの回復量が便宜上4.5級とも呼べるぐらいという訳だ。


 地味かもしれないが馬鹿にできない能力であることは間違いない。


 二次覚醒組が落ち着いた頃合いで藍大と舞、サクラが声をかける。


「奈美さんおめでとう。よく頑張ってくれた」


「奈美ちゃんおめでとう! やっぱりすごいね~!」


「おめでとう。今日はたっぷり司に甘えるべし」


「ありがとうございます。サクラさん、わかりました。教わった通り頑張ります」


「ファイト」


「えっ、何を教え込んだの?」


 不穏な空気を感じ取って司がサクラに質問すれば、サクラはニッコリと笑って答える。


「それは今日自分の体で確かめて」


「・・・奈美、徹夜したんだからちゃんと寝なきゃ駄目だからね?」


「うん。昼の内にたっぷり寝とくね。逢魔さん、今日の事務は明日に回しても良いですか?」


「OK!」


「藍大!?」


 奈美が何かサクラに仕込まれたのは間違いないと悟り、司は奈美を気遣いつつそれを不発に終わらせようとしたが藍大の許可でそうもいかなくなった。


 これには司も思わず叫んで抗議してしまった。


「司、こういう時は覚悟を決めるのが男だろ」


経験者藍大が言うと重みが違うよ・・・」


 藍大が遠い目をしてそう言うものだから、司はかつて藍大が舞とサクラに寝かさない発言をされて滅茶苦茶頑張った話を思い出した。


 これでは自分が覚悟を決めるしかないと結論付けるまでそう時間はかからなかった。


 司の覚悟はさておき、二次覚醒組全員が覚醒の丸薬Ⅱ型を飲むことにした。


 現在、司パーティーと未亜パーティーは合同で地下8階まで辿り着いているが、雑魚モブモンスターが厄介で苦戦している。


 三次覚醒を遂げることにより、どうにか”掃除屋”のスレイプニルとフロアボスのジズと戦えるようになりたいところだ。


 二次覚醒組は1つずつ覚醒の丸薬Ⅱ型を手に取ってそれを一息で飲み込んだ。


 その後すぐに丸薬が司達の口の中で瞬時に溶けてなくなり、彼等の頭の中に新たにできるようになったことが浮かび上がった。


「すごい、こんなことまでできるようになるんだ・・・」


「何これすごい。拳闘士ってそんなことまでできちゃうの?」


「あかん、弓士ってなんやの?」


「俺が・・・、俺こそが魔術士だ!」


「みんな何ができるようになったんだ?」


「えっ、藍大? ここはツッコミを入れる所だろ?」


「なんでやねん。はい。司から新しい能力について教えてくれ」


「軽い! 藍大軽いぞ!」


「健太、静かに」


 ツッコんでくれと頼む健太が煩かったため、パンドラが<停止ストップ>で健太の動きを止める。


 今日もパンドラは安定の保護者だった。


 健太が静かになったのを確認すると、司から順番に新しい能力を発表し始めた。


「僕の槍士は投げた槍をMP消費によって手元に呼び戻せるようになったよ」


「マジか。司が使えば槍がグングニルになっちゃうのか」


「グングニルは必中だけど、僕の投擲は三次覚醒したからって必中になる訳じゃない。練習あるのみだね」


「それでも十分すごいと思うけどな」


「うん。ヴォルカニックスピアを投げ放題って普通に脅威だと思う」


 今の司は藍大が倒したベリアルのヴォルカニックスピアを使っているため、火属性の武器を気兼ねなく投擲できるようになったのはありがたかった。


 また、これまではMPを持て余すことの方が多かったので、これから先はMPを有効活用できると言える。


 司の発表が終わったら次は麗奈の番である。


「私の番ね。拳闘士の三次覚醒は自分のMPを気に変換して手に集め、そのまま放てるんだって」


「かめ〇め波?」


「いやいや、波〇拳やろ」


「麗奈も漫画やゲームの世界の住人になったかー」


「なんちゃってオーディンな司に言われたくないわ」


 司と麗奈以外のメンバーからすればどっちもどっちだろう。


 司と麗奈の言い合いは適当な所で藍大が止め、今度は未亜の番となった。


「ウチのターンやな。ウチは物質の矢も魔力矢の方も問わず、放った矢を同じサイズで分裂させられるようになったで。矢分身っちゅうところやろか」


「未亜は1回の射出で多段ヒットさせられるようになったと?」


「せやで。これは練習し甲斐があるで」


「未亜ちゃんが修行したらとすごいことになりそうだね~」


「うっ、純真な目で黒歴史を突くとは舞もやるようになったやん・・・」


「えっ? 何が?」


「信じられるか? これ、天然やねん」


 藍大の質問に笑顔で答えた未亜だったが、舞に去年1人修行に出ると飛び出した時のことを言われたと思って未亜の顔が引き攣った。


 しかし、舞に悪気は一切なかった上に未亜の修行のことも忘れていたため、完全に未亜の自爆である。


 次は先程時間を止められた健太の番だ。


 パンドラの<停止ストップ>が解除された後、健太はパンドラにおとなしくしろと目線で語られて静かにしていた。


 ボケをスルーされた悲しみをリセットし、健太は三次覚醒で新たにできるようになったことを説明し始めた。


「俺は三次覚醒で岩の刃を創り出して操作できるようになった。岩の硬度と大きさは籠めるMPの量に依存するっぽいぞ」


「複数の属性魔法が使えるといかにも魔術士っぽいじゃん」


「そ れ な」


「おい、顔芸止めろや」


「ボケたって良いじゃないか。人間だもの」


「せやな。勝手にボケるんだからスルーしたってOKやな」


「みあえも~ん、もうちょっとボケに付き合ってよ~」


「全く仕方ないな健太君は」


 ダミ声で応じてあげるあたり、言い合うことが多くとも未亜と健太はなんだかんだ仲が良い。


 健太が未亜と話している間、奈美は余った瓶を藍大に渡した。


「逢魔さん、これを芹江さんに渡してもらっても良いですか? 午前中に来てくれる約束になってて、代金の500万円は既に口座に振り込んでもらってます」


「わかった。引き受けるよ」


「お願いします」


 奈美は1つだけ残していた覚醒の丸薬Ⅱ型を藍大に預けると、眠そうに欠伸をしていた。


 その後、司達はシャングリラダンジョンに潜ると言って101号室を出た。


 奈美が自室に帰ったのを見届けると、藍大は茂の到着を102号室で待つことにした。


 茂がシャングリラにやって来たのはそれから10分後だった。


 インターホンの音が聞こえると、リルが元気に迎えに行った。


『僕が行く!』


 リルはドアを開けて茂を連れて戻って来た。


『ご主人、連れて来たよ~』


「よしよし。ありがとな」


「クゥ~ン♪」


 リルは今日も今日とて愛らしい。


「藍大、おはよう! 覚醒の丸薬Ⅱ型は!?」


「Be, cool. 落ち着こうぜ茂。丸薬は逃げない」


「すまん、ちょっとテンション上がってた」


「ちょっと?」


「・・・かなり上がってた」


「よろしい。さて、これが例のブツだ。合法だぞ」


「おい」


 自分を落ち着かせたのにお前はボケるのかと言いたそうな茂だったが、そのツッコミよりも覚醒の丸薬Ⅱ型を鑑定することを優先した。


 奈美から事前にビデオ通話で見せてもらっていたが、それでも実際に生で見たいと思うのは自然なことである。


 覚醒の丸薬Ⅱ型であることを確かめると、藍大に使って良いか目で訊ねる。


 藍大が頷くのを見て茂は丸薬を飲んだ。


「茂、どうだ?」


「すげえぞ藍大。三次覚醒で嘘がわかるようになった」


「それは嘘を言った場合に真実までわかるのか? それとも嘘であることだけがわかるのか?」


「後者だ。だが、これで俺は親父に騙されることはなくなった」


「真っ先に思いつくのそこかよ」


「藍大、最近は親父が俺のことを便利な労働力扱いするんだ。俺は”楽園の守り人”に直接関係ない仕事を大した手当も貰えないのにやりたくない」


「予想外に正論だった。小父さんも手段を選ばないなぁ」


 茂の愚痴に正当性を感じ、藍大はここにはいない潤に何をやっているんだと苦笑した。


 茂は藍大と覚醒の丸薬Ⅱ型の今後の供給について話をした後、DMU本部へと帰った。

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