第319話 マジで!? この人が俺理論の人なの!?

 昼食のラードーンステーキに舌鼓を打ち、奈美に覚醒の丸薬II型の素材を渡した後、藍大は膝の上に小さくなったリルを載せてノートパソコンの前に座っていた。


 行きつけの掲示板を巡回するためでもなく、”楽園の守り人”専用の掲示板に書き込むためでもない。


 今から藍大が行うのはWeb会議である。


 それも三原色クランと白黒クランの代表者だけを集めた日本のトップ冒険者クランの会議なのだ。


 関係が回復し切っていない”ブルースカイ”やまだ顔を合わせたことのない”ブラックリバー”の代表者とも話すならば、気楽に会話という訳にもいかないと想定してリラックスできるようにリルに膝の上に座ってもらっている。


『ご主人、いつでも僕のことを撫でて良いからね。溜め込むのは良くないよ』


「ありがとな、リル。本当に気が利く従魔だよ」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルの頭を撫でて落ち着いた。


 リルも藍大に頭を撫でられて嬉しそうにしている。


 会議開始の時間になり、藍大はオフにしていたカメラとマイクをオンにした。


「定刻となりましたので会議を始めます」


 藍大はパソコンの画面に向かって声をかける。


 それに応じるように参加者のカメラとマイクがオンに切れ変わる。


 ”レッドスター”からは赤星誠也。


 ”ブルースカイ”からは青空瀬奈。


 ”グリーンバレー”からは緑谷大輝。


 ”ホワイトスノウ”からは有馬白雪。


 ”ブラックリバー”からは黒川重治くろかわしげはる


 以上5名の顔が藍大のパソコンの画面に映った。


「皆さんお揃いでホッとしました。初めましての方もおりますので、簡単に自己紹介からさせてもらいます。私は”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大です。よろしくお願いします」


『次は私が挨拶しましょう。”レッドスター”のクランマスター、赤星誠也です。よろしくお願いします』


 藍大の次に口を開いたのは誠也だった。


 彼はどうやらクランの格付け順に自己紹介をする流れにしたいらしい。


 その後に続くのは誠也の意図を読んだ大輝だった。


『僕は”グリーンバレー”のクランマスターの緑谷大輝。よろしくね』


『”ブルースカイ”のクランマスター、青空瀬奈です。よろしくお願いします』


『”ホワイトスノウ”のクランマスターをやらせてもらってる有馬白雪です。よろしくお願いします』


『”ブラックリバー”のクランマスター、黒川重治です。今日はよろしくお願いします』


 重治が自己紹介した時、大輝が不思議そうに首を傾げながら口を開いた。


『重治、今日は随分とおとなしいね。俺理論モードはどうしたの?』


『ちょっ、緑谷先輩!? ここで言うことじゃないでしょうが!』


 (マジで!? この人が俺理論の人なの!?)


 大輝の突然の暴露に重治は動揺を隠し切れなかった。


 まさかこんな所で大輝にそのネタを暴露されると思わなかったからだ。


 そのやり取りを見て白雪が質問する。


『あの~、黒川さんって掲示板で時々現れる俺理論の人なんですか? それに先輩って緑谷さんと黒川さんは先輩後輩なんですか?』


 (流石は女優。怖いもの知らずだな。いや、女優関係ねえわ)


 藍大もセルフツッコミしてしまうぐらいには動揺しているらしい。


『そうだよ。重治は大学のサークルの後輩。文系なのに理系の僕よりも理系みたいに理論立てて話す奴なんだ』


『そうなんですね~。俺理論さん、掲示板ではいつもお世話になってます』


『・・・緑谷さん、アイスブレイクならもっと他にあるでしょう。なんで俺のことをイジるんですか』


『ごめん、借りて来た猫みたいにしてた重治に違和感があり過ぎてつい』


『オホン。雑談のためにこの時間を設けたのではないはずですが』


『悪かったね青空さん。うっかり脱線しちゃったよ。逢魔さん、すみませんでした』


 瀬奈ツンドラクイーンの前でこれ以上おふざけすると場が荒れると判断し、大輝は瀬奈と藍大に謝った。


「いえいえ。誰なんだろうって思ってた俺理論さんの正体を教えてもらえて良かったです。さて、今日皆さんにお集まりいただいたのはDMU本部長からの依頼を共同で受けてもらえないか相談するためです」


『本部長直々の依頼ですか。”楽園の守り人”だけで受けないだなんてどんな内容でしょうか?』


 質問したのは誠也だった。


 その質問は藍大以外の全員が思っていたことだった。


 ただ指定されたダンジョンを潰すか”ダンジョンマスター”をテイムするだけならば、”楽園の守り人”だけで事足りる。


 もっと言えば藍大のパーティーだけで済んでしまう話だ。


 それが自分達にも相談したいと言われれば、どんな難題を潤から押し付けられたのかと身構えないはずがない。


「そこまで身構えないで下さい。Sランクでも倒せないようなモンスターを相手にするって訳じゃありませんから」


『・・・そうでしたか。それを聞いてひとまずホッとしましたが、逆にどんな依頼を出されたのか全くわからなくなりました』


『確かにそうですね。私も余程強い”ダンジョンマスター”でも現れたのかと思ってました』


 誠也のコメントに瀬奈も頷く。


 藍大は苦笑しながら話を続けた。


「誤解を招いたようで失礼しました。実は、本部長から国内のダンジョンでスタンピードにならないように指揮を執れって言われたんです。ですが、私は少人数クランでマイペースにダンジョン探索をしてたに過ぎません。大勢に対して指揮を執った経験はないんですよ。ですから、皆さんの力を借りられないかと思いまして」


『マイペース・・・。マイペースで三原色クランを上回るんですねぇ。流石です、逢魔さん』


『俺達がどんなに効率化したとしても、”楽園の守り人”程スムーズにダンジョン探索はできないんですが・・・』


 白黒クランの代表2人は藍大の話を聞いて遠い目をした。


 それとは対照的に三原色クランの代表3人はなるほどと頷いた。


『確かに逢魔さんに指揮を執れと言う依頼は難しいでしょうね。”楽園の守り人”の人数ならばまだしも、日本全国を相手に指揮を執れと言うのは難しい話です』


『会社においても同じです。優れた平社員が優れた管理職になれるかは別物ですからね』


『そうだね。あっ、でも、魔王様信者を巻き込めばどうにかなる気もする』


『・・・否定できませんね』


『私も否定できません。というか、私のクランは信者の巧みな連携で炎上しましたし』


 (青空さんそういうのやめて!? そのブラックジョークは拾えないから!)


 藍大は声を大きくしてツッコミたい衝動に駆られたが、この場でそんなことをする訳にはいかないのでリルを撫でた。


 リルが気持ち良さそうにしているのを見て藍大は心を落ち着かせた。


 凍った場で最初に口を開いたのは大輝だった。


『ま、まあ、僕から言ったのにあれだけど、信者は多分”楽園の守り人”のクランハウス付近に多くいるから全国を網羅するのは無理だよね。現実を見て考えようか。そうだよな、重治?』


『そ、そうですね。俺も信者に指示を出すだけでは無理があると思います。ここは地方単位で統括するエリアの割り振りをしてはどうでしょうか?』


 重治は大輝に話を振られると、同意するだけでなく自分から意見も提示した。


 俺理論の人は掲示板以外でも頼りになる男のようだ。


 藍大も乗るしかねえっしょこのビッグウェーブにと思ったため、重治の意見を採用することにした。


「黒川さんのアイディアを採用したいです。南から沖縄と九州、四国の指揮を緑谷さん、中国と関西を青空さん、中部を有馬さん、関東を赤星さん、東北、北海道を黒川さんにお願いできますか? 勿論、皆さんのクランの縄張りのダンジョンはそれぞれにお任せします。私は皆さんからの報告を貰い、戦力が手薄な所に”楽園の守り人”と”迷宮の狩り人”から人員を派遣したり本部長との窓口になります」


『僕はOKだよ』


『”ブルースカイ”も問題ありません』


『私も中部地方でロケとかあるんで大丈夫です』


『”レッドスター”も構いません』


『俺も大丈夫です。東北や北海道にも遠征してますから』


「ありがとうございます。国外では戦争になっておりますが、昨日の板垣総理の会見でもあった通り日本は国内の平定を最優先する方針です。ここに集まった6つのクランが連名で掲示板に国内のダンジョンの対応を指揮するとなれば、表立って反対する冒険者はいないでしょう。楽な道のりではないですが、これからよろしくお願いします」


 藍大が頭を下げると、他の会議参加者達もそれに倣って頭を下げた。


 会議は無事に終わってオンラインのミーティングルームを閉じれば、リルが尻尾を振って藍大に声をかけた。


『ご主人、お疲れ様! キリッとしててカッコ良かったよ!』


「俺の方こそありがとな。リルのおかげでリラックスできたぞ」


『ワフン♪』


「愛い奴め」


 この後、藍大はドヤ顔のリルを滅茶苦茶構い倒した。

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