第316話 守りたい、この笑顔

 板垣総理との会談を終えて自宅に戻ると、藍大は優月のいるリビングに一直線だった。


「ただいま。優月は良い子にしてたか?」


「すごい良い子なのよっ」


「一緒に絵本を読んでたです」


『 ^^) _旦~~』


 今は元幼女トリオと一緒に絵本を読んでいたらしく、ゴルゴンが抱っこしてメロが絵本を手に持っていた。


 ゼルは声が出せないから一緒に話を聞いているだけだが、藍大が疲れているようだったのでお疲れ様と労っている。


 優月は藍大を見つけて両手を伸ばした。


「パパ」


「おぉ、優月が俺を呼んでくれた」


 優月の成長は早い。


 生後3ヶ月の時点でパパとママ、ワンワン、んまーの4つも喋れるようになった。


 パパは藍大でママは舞、ワンワンはリル、んまーは離乳食を食べて喋ったコメントだ。


 サクラやゴルゴン、メロ、ゼルはいかにして自分達をサクラママ、ゴルゴンママ、メロママ、ゼルママと呼んでもらうか悩んでいる最中である。


 ゴルゴンから藍大が抱っこを交代すると、優月はニッコリと笑う。


「パパ」


「パパだぞ~。優月が呼んでくれただけで疲れが吹き飛ぶな~」


 藍大が抱っこして癒されているところに舞とリルもやって来た。


「ママ」


「ママだよ~。藍大代わって~」


「わかった。はい」


「は~い。優月~、ママも今日は難しい話ばっかりで疲れちゃったよ~」


 藍大にとっても国際政治は難しいのだから、学のない自分にとってはもっと難しく感じたというのが舞の言い分である。


 優月を抱っこして舞も癒されている。


 優月は舞に抱っこされながらリル視線を送った。


「ワンワン!」


『優月~、ワンワンだよ~』


 それで良いのかリルよ。


 いや、生後3ヶ月の赤ちゃんにフェンリルと犬の違いを理解しろという方が無理な話だ。


 ところで、藍大や舞よりもリルを呼ぶ時のテンションが高いのは良いのだろうか。


 リルのモフモフには勝てないから仕方ない。


 藍大はリルに向かってキャッキャと笑う優月を見て和んだ。


 (守りたい、この笑顔)


 板垣総理に呼び出された話を考えれば、今後自分達に面倒事が次々に振られて来ないとも限らない。


 シャングリラにいる限り、優月もサクラのお腹の中にいる子供も安全ではあるが何かにつけて呼び出されるのは面倒である。


 優月の無邪気な笑顔を見て、この笑顔を守れるようにしなければと藍大は決意した。


 嫌なことや面倒事は早々に片づけたい性格なので、今後の方針を決めると藍大は最初にやるべきことを口にした。


「よし、ご飯作るか」


 食事である。


 腹が減っては戦ができぬという諺がある通り、何か始めるにしても空腹では何事も始められない。


 時間も正午に近づいて来たので、藍大は早速昼食を作ることにした。


 今日は昼から豪華な食事を作る訳ではなく、昨日の残り物も上手く使っての昼食である。


 優月は早熟で離乳食中期~後期といった頃合いなので、少しずつではあるが形のある物も柔らかくすれば食べられる。


 しかも、優月は舞の血を継いでいることもあってよく食べるのだ。


 食べた分だけ早く育っている感じもするから、藍大としては無理のない範囲でいっぱい食べてもらおうと考えている。


 藍大達の昼食は昨日のカレーをドリアにアレンジしたものであり、優月の昼食は特製のポテトサラダだ。


 昼食が完成した後、藍大はいただきますの号令をかけてから隣の専用の椅子に座らせた優月にポテトサラダを食べさせてあげる。


「優月、あ~んして」


「あ~」


「良い子だ。いっぱいモグモグしてから食べるんだぞ~」


「・・・んま~」


 優月は藍大に言われた通り、よく噛んでからポテトサラダを飲み込んだ。


 そして、目を光らせてその感想を述べる。


「喜んでもらえて良かった」


「うんうん。優月は私と一緒で味がわかる子なんだよ」


「食べてる時の顔は舞そっくり」


「確かにそうねっ」


「わかるです」


『それな( ´-ω-)σ』


 舞のコメントに対し、残りの奥さんズが優月を観察して気づいたことを述べた。


 藍大もその意見には同感だったりする。


 昼食が終わって食器の片付けも済ませた後、藍大はリルと一緒に101号室へと移動した。


 リルについて来てもらったのは、藍大が101号室のドアを開けるとシャングリラダンジョンに繋がってしまうから<仙術ウィザードリィ>でドアを開けてもらうためだ。


 大家なのに自分のアパートに開けられない部屋があるのは今更だからツッコんではいけない。


「あれ、逢魔さん? どうしたんですか? 今日はダンジョンに潜ってないって聞きましたけど」


「奈美さんに相談があって来たんだ。覚醒の丸薬Ⅱ型の件だよ」


「その件でしたか。じっくり話しましょう」


 奈美の表情が真剣なものに変わった。


 奈美としても量産できないまま放置するのは気がかりだったらしい。


 藍大も椅子に座り、リルも小さくなってから定位置の藍大の膝の上に座る。


 その間に奈美がコーヒーと摘まめるお菓子を用意して話す準備を整えていた。


「ありがとう、奈美さん」


「いえいえ。長い話になるかもしれませんからね。それだけ覚醒の丸薬Ⅱ型の作成は難航してますから」


 覚醒の丸薬Ⅱ型を見つけてから約3ヶ月が経ったが、奈美は覚醒の丸薬の量産化に苦戦していた。


 それは素材が足りないことと作成難易度の高さが原因だった。


 覚醒の丸薬Ⅱ型には4つの素材が必要となる。


 1つ目はトライコーンの真っ直ぐな角


 2つ目はネメアズライオンの血。


 3つ目はガルムの牙。


 4つ目はワイバーンの毒。


 1つ目と2つ目の素材は粉末状にして使い、3つ目と4つ目の素材はそのまま使う。


 毒と聞けば体に悪そうだと思うのが当然だが、トライコーンの角がワイバーンの毒を中和して無害にしてくれるから問題ない。


 ワイバーンの毒はホワイトバジリスクの毒に手を加えることで代用できるが、その他3つの素材は代用する素材も手に入れるには難易度が高い。


 トライコーンとネメアズライオンの素材はそれぞれ地下9階と地下10階で手に入るが、それらのフロアに挑めるのは藍大達だけなので大量生産は難しいだろう。


 ガルムについてはまだシャングリラダンジョンに存在しないけれど、”アークダンジョンマスター”のブラドの力を借りればすぐに呼び出せる。


 ただし、ガルムもネメアズライオン並みに強いため、こちらも藍大達でなければ手に入れるのは困難だ。


 仮に全ての素材が手に入ったとしても、覚醒の丸薬Ⅱ型は覚醒の丸薬よりも作るのが難しい。


 奈美ですら絶対に作れるとは確約できず、用意してもらった素材を全て駄目にしてしまう可能性も大いにあった。


 それは当然のことで、二次覚醒から更なる力を得るのに簡単に事が進むはずがなかろう。


「今のところ、覚醒の丸薬Ⅱ型の素材は3つ揃ってる。量もそこそこあるよな?」


「あります。必要な分は手を付けずにキープしてましたから」


「明日、ガルムの牙を集めて来るから奈美さんには覚醒の丸薬Ⅱ型を作ってもらいたい」


「集めて来ていただけるのは嬉しいんですけど、今の私でも調合の成功確率は五分五分ですよ?」


「それなんだけどさ、今ある覚醒の丸薬Ⅱ型を奈美さんが先に飲めば成功確率は上がるんじゃないか?」


「・・・良いんですか?」


 奈美の言葉には自分が他のメンバーよりも先に覚醒の丸薬Ⅱ型を飲んで良いものなのかと悩む気持ちが表れていた。


 藍大に言われるまでもなく、奈美も自分が三次覚醒すれば調合の成功確率を上げられると思っていた。


 しかしながら、非戦闘員の自分の三次覚醒を優先して良いのかと悩んで身動きが取れなくなっていたのだ。


「別に良いよ。失敗しても死ぬ訳じゃないし。奈美さんってあれだろ。ゲームでエリクサーが勿体なくて最後の最後まで使えないタイプ」


「アハハ。そうなんですよね。どうにも使うのは勿体ないと思っちゃってラスボス戦でも使えないんです」


「ゲームはゲームで現実は現実。覚醒の丸薬Ⅱ型は確かに希少だけど、作れる可能性があるのは奈美さんだけなんだ。奈美さんもSランクの薬士なら、最善を尽くすのがプロってもんじゃないか?」


「・・・そうですね。私もそれはわかってたんですが、クランマスターの逢魔さんに背中を押してもらいたかったみたいです。司は何度も私の背中を押してくれたんですが、逢魔さんが多摩センターダンジョンで手に入れてくれた物を何も苦労してない私が使って良いのかなって思うと覚悟ができませんでした」


 藍大は奈美の心の内を聞いて申し訳なく思った。


「そっか。それは奈美さんにも司にも悪いことをしたな。もっと早く気づいて上げられれば良かった」


「いえ、これは私が臆病だったせいなので逢魔さんのせいじゃありません。逢魔さん、覚醒の丸薬Ⅱ型を私に使わせて下さい。三次覚醒して私が司やみんなの分を作ります」


 奈美の迷いは消えたらしく、自分に覚醒の丸薬Ⅱ型を使わせてほしいと口にしたその顔には決意が見えた。


「勿論OKだ。明日は素材が揃うのを楽しみに待っててくれ」


「はい! ありがとうございます!」


 話がまとまった後、リルがお菓子を強請ったので少しだけ与えてから藍大達は102号室へと帰った。

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